15 - 夏祭りの前夜に( 1 )
六時間にも及ぶ帰省の旅は、やはり長い。バスを降りた僕は道端に立ち、両手を背中に当てて凝り固まった腰を伸ばしながら、心の中で思わず愚痴をこぼした。
住宅街のせいか、道行く人はまばらだ。遠くの山々と、見慣れた周囲の景色を眺め、僕は口を開けて深く息を吸い込むと、心地よく、そして安心した気持ちが胸に込み上げてきた。
僕と一緒にバスを降りた藤原さんは、今、僕の隣でキョロキョロと辺りを見回している。今日の彼女は白いロングドレスを着て、頭にはベージュのつば広帽子をかぶっている。その清らかで美しい姿は、人混みの中でもひときわ目を引き、伊香保に着くまでの道中でも、しばしば道行く人の注目の的となっていた。
「ここの景色、すごくいいね。それに、空気も美味しい」
そう言って、彼女は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
彼女の言う通り、この小さな町は山の斜面に作られているため、道が曲がりくねって起伏に富んでいると同時に、遠くの緑豊かな山林を容易に望むことができる。青い空と白い雲に映え、まるで町の中のどこかで、アニメのような物語が繰り広げられているかのような美しさだ。ここには大都市の喧騒や急進的な雰囲気はなく、その代わりにあるのは、静かで、ゆっくりとした時間の流れ。そのどれもが、僕が理想とする住環境の好みに合致していた。
「藤原さんは、ここに来るのは初めて?」
「ううん、すごく小さい頃、大人と一緒に来た記憶があるけど。でも、もうずいぶん久しぶりかな」
「なるほど」
藤原さんは、好奇心旺盛に周りを眺め、やがて遠くの山々と空を見上げた。
「写真、撮ってくれるかな、浅村さん?」
「もちろん」
僕は彼女からスマホを受け取った。藤原さんと、彼女の白いドレスが持つ清純な美しさを最大限に引き出すには、背景には青い空だけを入れるのが最良の選択だろうと考えた。だから、僕は数歩下がり、下から見上げるようなアングルを選んだ。藤原さんも、僕の意図を察してくれたようで、とても協力的だった。カメラに向かって、可愛らしくも優雅さを失わないポーズを、阿吽の呼吸でとってくれる。
「いくよ。3、2、1——」
その瞬間、僕は地面に片膝をつき、スマホのレンズを藤原さんに向け、フレームに余計なものが何も入っていないことを確認すると、すぐにシャッターを切った。
シャッターを切り、立ち上がろうとした、その時。背後から、聞き覚えのある声がした。
「あらまあ、浅村の坊主と、うちの花ちゃんは、本当に仲がいいのねえ。もうプロポーズしちゃうくらいに。帰り道に、こんな幸せな場面に出くわすなんて、縁起がいいわ」
「本当ねえ。浅村くん、ちゃんと花ちゃんと仲良くしてるみたいで、安心したわ。頑張るのよ、浅村くん!」
笑い声と共に、僕は膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がり、背後を振り返った。
「おばさん、こんにちは。母さんは、横から茶々を入れないでくれよ!」
「まあ、お母さんに挨拶もなしかい。ひどいわね、ぷんぷん」
郵便局から出てきた母さんと藤原さんのおばさんを見て、僕は挨拶を交わした後、スマホを藤原さんに返した。
「わあ、すごく綺麗。ありがとう、浅村さん!」
「喜んでもらえて、よかったよ」
相手の笑顔を見ていると、どういうわけか、僕の口元にも、ふと笑みが浮かんだ。
「浅村さんとこの奥さん、こりゃあ、本格的に、うちの子との祝言の準備を始めないといけませんなあ〜」
「本当、本当。もうすっかり恋人同士って感じじゃないの。あとはウェディングドレスだけねえ〜」
僕は、からかってくる二人に、呆れたような視線を送った。もう、反論する気力もない。しかし、隣の藤原さんは、その言葉を聞いて、その場に固まってしまい、太陽の熱い日差しに照らされて、耳元が、はっきりと赤く染まっていた。