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12 - 消えない灯火( 2 )

記憶の中の夏祭りは、とても賑やかだった。昼間は大人たちが楽しそうに集まって踊り、夜は一堂に会して晩餐を楽しんだ。


子供の頃の僕は、花火大会の前夜は興奮して眠れなかった。空で、どんなに跳んでも手が届かない絢爛な花火に、驚きの笑い声を上げた。父さん母さんより先に石段街の頂上に着いて、頂上で体全体を使って、喜びの「大」の字を両親に見せた。


でも、大人になってから気づいた。実は、花火なんて、空に200メートルほど昇ってから爆発するただの紙の玉で、空に咲く色とりどりの模様も、ただの燃える化学薬品に過ぎない、と。あの遥かな365段の石段を登るのがどんどん辛くなるにつれて、昔のような驚きも、次第に消えていった。


時は早く過ぎる。どんなに大人になりたくない子供も、次第に勉強の重要性を理解していく。この恐ろしい社会では、学歴がなければ人に使われるだけで、永遠に頭を下げ続けるただのサラリーマンになるしかない。


中学生から高校生になり、今のこの一秒一秒が自分の未来に関わっていると意識し始めたその時から、僕はもう、のんびりしてはいられないと感じた。ただ、ひたすら努力するしかなかった。両親の期待を裏切りたくない。平凡な一生を送りたくない。


中学二年の夏休みだったのを覚えている。僕は同じように夏祭りのために実家に帰っていた。その夜、花火大会はまだ始まっていなかった。両親はそばで商店のイベントに参加していて、僕は退屈しのぎに一人で榛名湖のほとりを歩いていた。


前の曲が終わり、イヤホンから、聴いたことのない曲が流れ始めた。静かな前奏が始まり、すぐに、歌い手の独特な声が聞こえてきた。時に震え、時にヒステリックに。彼女の口から歌われる歌詞は、一つとして、僕の心の世界と共鳴しないものはなかった。感情が込められたこの作品に、僕は衝撃を受けた。


僕が深くその世界に没入していると、音楽はいつの間にか終わっていた。その場に立ち尽くしていた僕は、我に返り、この未知の歌い手に、途端に大きな興味を抱いた。


もっと聴きたい。


僕は彼女の歌を、一曲、また一曲と聴き続けた。両親が、ぼうっとしている僕を呼び覚ました時、僕は自分がもう、彼女に深く惹きつけられていることに気づいた。


彼女の声は、まるで感情的なテーマの音楽のために生まれてきたかのようだ。清らかで、純粋で、一切の不純物がない。何の偽りもない。歌への集中、没入、感情の伝染力はあまりに強く、深い。僕の脳は、彼女の音楽に酔いしれ、体は無意識にその場に釘付けになり、動くことができなかった。


その夜、彼女の歌声と共に、花火は例年通り空に咲き、色とりどりの光が僕の顔に降り注いだ。それは、以前のどんな時よりも、美しかった。




それからの日々、僕は次第に彼女のリスナーから、視聴者へと変わっていった。彼女本人についても、どんどん詳しくなっていった。


彼女の配信内容も、他のバーチャルシンガーとは違っていた。次から次へと企画があるわけではなく、むしろ、日常を共有したり、気楽で面白い話題を話したりする、雑談がメインだった。彼女は他のバーチャルシンガーとは違う。人気取りのために番組的な効果を狙ったりはしない。彼女は自分自身であることを選び、自分が愛する音楽の道で、一つ一つ実績を積み上げていった。次第に、彼女の名声はどんどん大きくなり、様々なステージで彼女の姿を見かけるほどになった。


そんなに努力している彼女を見て、僕が心を動かされないわけがない。


次第に、僕が勉強で困難にぶつかり、諦めそうになるたびに、〇〇の笑顔を思い出すだけで、僕は再び奮い立つことができた。「〇〇のためだと思えば」、どんなに困難で恐ろしいことでも、たとえ死でさえも、立ち向かう勇気が湧いてくるようだった。毎晩、彼女の歌を聴きながら街を散歩するだけで、どんなに辛い一日だったとしても、僕は瞬時に元気になった。


やっぱり、滑稽だよな、こんな僕。


でも、幸い、努力は報われた。成績は、僕の期待通りに、着実に上がっていった。成績が良くなるにつれて、僕は少し自信が持てるようになった気がする。クラスメートとの付き合いにも、ためらいや遠慮がなくなり、互いに打ち解けていくうちに、僕はもしかしたら、クラスの陽キャのような存在になっていたかもしれない。中学の時のように、クラスメートともうまくやれず、勉強もできない、落ちこぼれに成り下がることはなかった。


この全ての功績は、僕一人だけのものではない。だから、僕は彼女に、深く感謝している。


大学の合格発表の日、僕はスマホの合格通知を見つめ、面接の欄の「コミュニケーション表現」で引かれた大量の点数と、他の項目で軒並み平均以上の点数を見て、珍しく、心からの微笑みを浮かべた。


最終的に、僕は、まあまあの成績で、近所の有名な公立大学に合格した。




これが、今までずっと続いてきた、僕と〇〇との関係だ。


〇〇の出現が、僕を救った。


〇〇の出現が、僕に前進する力をくれた。


〇〇の出現が、僕の精神に拠り所を与えてくれた。


〇〇の出現が、僕に生き続ける動力を与えてくれた。


たとえ、僕たちが一生会うことがなくても。たとえ、一生、彼女に直接何も伝えられなくても。ただ、僕の期待を裏切らないように、そして、「彼女が僕にかける」期待を裏切らないように。ただ、僕が、良心に恥じることなく、少しの後悔もなく、彼女の歌を聴けるように。ただ、僕が、彼女の歌を聴く時に、かつての目標を達成できなかったことで、昔の自分が努力しなかったことを悲しんだりしないように。ただ、僕が、彼女の歌を聴く時に、一切の後悔なく、誇りに満ちた顔で彼女に向き合えるなら、それで、僕は満足だった。


彼女の出現は、荒波の中を漂う僕に、安心できる港を与えてくれた。


彼女の存在が、僕の努力に動力を与え、彼女の存在が、僕が怠けそうになる時に、不安と罪悪感を抱かせる。


彼女は、僕よりも、この世界で生きる資格がある。もし、僕と彼女のどちらか一人が生き残るという選択を迫られたら、僕は、考えるまでもなく、彼女を選ぶだろう。


僕の人生に、彼女は不可欠だ。


たとえ、彼女がいなくなったとしても、僕は、彼女のために、ずっと努力し続ける。





最後のあの日の光景を思い出し、目の奥が熱くなっていることに気づいた僕は、慌てて身を起こし、両手で顔を覆おうとした。しかし、涙は僕の動きよりも早く、目尻から、地面に滴り落ちた。


おかしいな。彼女がいなくなったあの日、僕は、少しも悲しみを感じなかったのに。なのに、今、これは、どうしてだ。


目の奥が、まるで眼球が溶けてしまいそうなほど、酸っぱく痛む。僕は、ただ目を固く閉じ、嗚咽を漏らしたい衝動を、必死で抑え込んだ。


三年前のあの日から、ずっと。僕は、いつか朝起きた時、僕が彼女を、僕の人生の軌道を変え、そして、跡形もなく消えてしまった彼女を、完全に忘れてしまう日が来ることを、恐れていた。その時、僕に、まだ努力し続ける動力は、残っているだろうか。


もし、燃えている蝋燭が、突然消えてしまったら、僕は、まだ周りの景色をはっきりと見ることができるだろうか。


何も望まない。だけど、せめて誰か教えてくれないか。彼女が今、幸せかどうかだけでも。


震える肩が、ゆっくりと落ち着いてきた後、僕は涙を拭い、感情も少しだけ、正常に戻ってきた。


僕、一体何してるんだ…。こんなに脆い姿を、こんな場所で、見せなければならないなんて。くそっ。


「あ、浅村さん?」


声は、背後から聞こえた。高い方の階段に、いつの間にか現れた藤原さんが立っていた。


「浅村さん、どうしたの?何かあったの?」


街灯に照らされて、彼女の顔には、明らかに戸惑いの表情が浮かんでいる。そして、僕の方へ、歩いてきた。


ああ、見られてしまったか。

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