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12/22

11 - 消えない灯火( 1 )

「よし、撮影終わり」


「本当によかった。藤原さん、お疲れ様」


僕はカメラを三脚から外し、藤原さんに手渡した。


「この前の僕たちの動画、大成功だったね。これも君のおかげだよ。でも、今回は一昨日みたいに、あんなに遅くまで徹夜しないでくれよ」


藤原さんはカメラを受け取り、力強く頷いた。


「わかってる、浅村さん。この前の教訓があるから、今回は気楽にやるって決めたの。動画の編集は、明日に回すことにする」


「うん、いい判断だ。今は、思いっきり休むといい」


「うん、わかった。これから、思いっきり休むね」


藤原さんを見送った後、家の中は再び静けさを取り戻した。





「え?もう夏祭りの準備の時期か」


僕はソファに寝そべり、退屈しながらスマホをいじっていると、思いがけず母さんからの投稿が目に飛び込んできた。


SNSに母さんがアップロードした写真には、向かいの山々を映す榛名湖はるなこや、歴史を感じさせる石段街、そして湖畔で花火の箱を運びながら、こちらに振り向いてピースサインをする父さんの姿が写っている。


懐かしいな。


背景に写る見慣れた街並みと湖面を眺めていると、過去の記憶が温かい気持ちと共によみがえってきた。


伊香保温泉郷いかほおんせんごうの夏祭りは、伊香保ハワイアンフェスティバルと榛名湖花火大会の二部構成で、ハワイアンフェスティバルがメインイベントだ。夏祭りには決まった開始日はないが、例年は七月の終わりから始まり、その時から温泉郷は賑わいと音楽、そして踊りが主役となる。そして、八月一日の夜に行われる榛名湖花火大会が、フィナーレとして夏祭り全体を締めくくるのだ。規模がそれほど大きいわけではないが、その祭りの雰囲気は、僕の心の中では何物にも代えがたい。


母さんの話によると、今年の夏祭りは七月二十九日、つまり二日後の日曜日に始まると決まったらしい。だから、僕が起きてすぐにかかってきた電話で、母さんは「あと二日で始まるからね」と何度も念を押し、祭りが正式に始まる前日には必ず着くようにと、僕が日時を間違えて見逃すことを心配していた。


スマホをテーブルに置き、僕は目を閉じて、思いっきり伸びをした。


僕の家からだと、新幹線だけで約三時間、それに地方鉄道とバスを乗り継ぐと、実家に着くまでにはおそらく五時間はかかるだろう。往復の道のりは遠く、神経を使う。考えるだけで疲れるほどだ。


でも、幸いなことに、家に帰るのに荷物はほとんどいらないから、準備に時間をかける必要もなく、道中も楽だ。


僕はスマホの電源を切り、ここ数日早起きが続いていたせいで、藤原さんとの撮影が終わって一息ついた途端、どっと疲れを感じた。頻繁なあくびのせいで、目には涙が溢れ、目尻からこぼれ落ちていく。


「はぁ——眠い」


僕は濡れた目尻を拭い、部屋で自習しようと思ったが、頭はもう明らかに鈍くなっていた。


やっぱり少し休もう。無理しても頭が冴えるわけじゃない。ちょうど昼時だし、この昼寝でしっかり休んでおこう。


そう決めると、僕はスマホで一時間後に鳴るようにアラームを設定し、ソファに横になって深まる眠気を感じていた。




「ん…」


どれくらい経っただろうか。僕はソファから目を覚ました。


汗が肌に張り付く感触と、口の中の渇きによる灼熱感がはっきりしてくるにつれて、意識も徐々に回復してきた。


おかしいな。時間はそれほど経っていない気がするのに、体は異常なほど軽い。それに、アラームも予定通りには鳴らなかった。なんだか、背中が少しひんやりするような…


そこまで考えて、何かがおかしいと突然気づいた僕は、はっと目を開けた。自分がソファの横の床に寝ているのが見え、目に飛び込んできたのは、とっくに暗闇に沈んだ部屋だった。


本当に寝過ごしてしまったと気づいた僕は、上半身を支え起こし、乾いた目をこすりながら、テーブルの上のスマホを目の前にかざした。


ロック画面には、午後七時三十二分と表示されている。僕がスマホを置いてから、もう七時間が過ぎていた。


僕、丸々七時間も寝たのか?


冗談だろ。これじゃあ、夜眠れないじゃないか。


今日の夜更かしのせいで、明日はきっと気力が湧かないだろうと思うと、僕は途端に焦燥感に駆られたが、どうすることもできなかった。


僕は再び床に倒れ込み、天井を見つめて、深いため息をついた。


月の光が窓から差し込み、天井に一つの皎潔な光を反射している。カーテンが風に揺れ、宙を舞い、窓の外からは蝉の声が聞こえてくる。


家の中は奇妙なほど静かだ。商業エリアからかすかに聞こえる喧騒を除けば、他に物音一つない。スマホには誰からのメッセージもなく、家には僕以外の声はない。


僕はソファの前に立ち、窓の外の夜闇を見つめていると、ふと、言いようのない圧迫感を覚えた。


もしかしたら僕の未来は、この夜のような五十数年を、ただ繰り返すだけなのかもしれない。


シャワーを浴びたら、散歩にでも行こう。僕は振り返って、浴室へ向かった。





夜の微風が、腕の肌を優しく撫でる。人の体温に近いその感触は、それほど刺激的ではなく、まるで地上を歩く人々を慰めているかのようだ。


僕は桜ノ宮公園の近くを歩いていた。イヤホンからは聞き慣れた曲が流れ、目的もなく遊歩道を前に進んでいく。


一昨日は、大阪天神祭の本宮だった。日本で最も盛大な祭りの一つで、そのクライマックスが、まさにこの公園で繰り広げられた。なぜだか、天神祭が終わった翌日だというのに、まだ多くの家族連れが子供を連れてやって来て、川辺で線香花火のような静かな花火を楽しんでいる。


こうして、この景色を眺めているのも悪くない。そう思い、僕は脇の階段を下り、そばのベンチに腰掛けた。ここからは、旧淀川きゅうよどがわのほぼ全体を見渡せる上、川沿いの遊歩道ほど人も多くなく、とても静かだ。


僕はベンチの背もたれに寄りかかり、片手で頭を支え、もう片方の手は適当に膝の上に置き、桜と空を映す旧淀川を見つめていた。


ビル群の明かりが川面に映り、さざ波と共に揺れている。残念ながら、七月は桜の季節ではない。さもなければ、目の前の景色はもっと美しかっただろう。


木々の隙間から、僕はすぐそこの湖畔の遊歩道に目をやった。二人の大人が、眩しい光を放つ線香花火を持つ二人の子供を見つめている。おそらく、歩き始めたばかりなのだろう、数歩も進まないうちに、地面にぺたんと座り込んでしまう。夕暮れでよくは見えないが、彼らの顔にはきっと、幸せな笑みが浮かんでいるのだろう。


いいな。何の悩みもない年頃だ。


僕は彼らから視線を外し、真っ暗な空を見上げた。


昔の夏祭りは、一体どんなだったか、まだ思い出せるだろうか。





「ふふん〜」


イヤホンからは心安らぐクラシック音楽が流れ、私はメロディーに合わせて鼻歌を歌いながら、帰り道を歩いていた。


浅村さんが言ってくれたように、今日の私は一日ゆっくり休んだ。昼間は散歩に出かけ、さっきは近所に住む友達と夕食を済ませた。少し眠気も出てきて、私は心地よい音楽に浸りながら家路についていた。


前方に公園があったかな?ああ、桜ノ宮公園だ。数日前の花火大会は、ここで開かれたって聞いたな。


ついでに、少し寄って行こう。

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