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10 - 徹夜明けの藤原 ( 3 )

苦しい。


私は鏡の前に立ち、両手を洗面台についている。どうやっても、この体のだるさは取れない。


鼻は詰まっているし、喉も少し痛い。これって、風邪をひいたのかな。


今日、こんなに辛くなるってわかってたなら、あんなに遅くまで徹夜なんてするんじゃなかった。


でも、あの時の私は、こうなることを予期していたとしても、それでも早く任務を終わらせて、みんなと、そして浅村さんと、この喜びを分かち合いたいと、逸る気持ちを抑えられなかった。


出会ってまだ数日しか経っていないのに、彼はどうしてか、私の正体に気づいた。


もし彼が真相を知ってしまったら、私たちの関係はきっと、予想もつかない方向へ進んでいく。でも、浅村さんなら、変なことはしないはずだ。だけど、彼の私に対する見方は、絶対に今とは違ってくるだろう。


それに、私は彼の前でアイドルの仮面を被りたくない。彼が、目の前の人間が「あの子」だからといって、別の態度になるのも嫌だ。そんなのは、嫌。


私たちの関係、進むのが早すぎる気がする。私の気のせいなのかな。それとも、友達って、こういうものなの?わからない。


あぁ、まだ眠い。でも、今の私、ベッドに横になっても、すぐに眠れそうにない。


苦しい。誰かと話がしたい。たとえ返事がなくても、そばにいてくれるだけで、少しは楽になる気がする。


だから、浅村さんが帰ろうとしているのに気づいた時、私は思わず、彼を引き留めてしまった。


彼、私のこと、変な人だって思うかな。恥ずかしい。


こんな私、浅村さんみたいな人に出会う価値なんて、あるのかな。


そんなに優しくしないでよ、浅村さん。


そんなに、私のこと、心配しないで。


そんなに優しくされたら…





まるで、人が変わったみたいだ。


僕はソファに座り、不安に右足を揺らしている。


藤原さんに、こんな一面があったなんて。珍しいな。でも、彼女の声、少し鼻声だった気がする。もしかして、風邪でもひいたのか?


僕は顎に手を当て、不安に辺りを見回した。


エアコンが、ひゅうひゅうと室内に冷たい風を送り込んでいる。カーテンが眩しい日差しを遮り、他の場所は薄暗がりの中にある。ただ、洗面所だけが、明かりが灯っていた。


僕たちの関係、少し進むのが早すぎるんじゃないか。僕は、廊下の床に映るその明かりに視線を留めた。


きっかり五日間。まるで、五ヶ月を過ごしたかのように長い。


何も特別なことはしていないのに、なぜか、もうずっと昔からの友達のように感じる。本当に、不思議だ。


藤原さんには、なんだか魔力のようなものがあって、もっと彼女のことを知りたいと、思わずにはいられない。


もしかしたら、僕たちは将来、とても良い友達になれるかもしれない。でも、今の僕は、僕たちの関係を、一体どんな状況へと推し進めているんだろう?


目が少し暗闇に慣れてきて、視界が少しはっきりしてきた。


藤原さんの家は、とても綺麗に片付いている。たくさんのぬいぐるみや可愛い小物が、ソファの上や他の場所に置かれている。床には埃一つない。玄関の傘立てに、色々な種類の傘が無造作に突っ込まれているのを除けば、他の場所は僕の家よりもずっと綺麗だ。


あ、彼女、出てきた。





食卓で、箸が磁器の碗に当たる音がする。


藤原さんは食卓の前に座り、片手で味噌汁の碗を支えながら、箸で中身をかき混ぜている。


まだ昼間なのに、周りは異常に静かだ。階下から騒がしい音は聞こえてこない。周りには、藤原さんが食事をする時に立てる音だけが響いている。


キッチンの明かりがつけられ、その光に照らされて、藤原さんはまるで舞台劇の主役のようだ。そして僕は、最前列に座る観客。僕は、ただ黙って彼女を見つめていた。


ごくり、ごくり、ふぅ…。


彼女が味噌汁を飲み干すと、熱さに息を吐き出すと同時に、その顔に、少しだけ血の気が戻ったようだった。


そうして、僕たちはそれ以上何も話さなかった。周りには、藤原さんが静かにお粥をすする音だけが聞こえる。太陽の光が、カーテンの隙間から、ソファと床に差し込んでいる。


僕は、ただその一筋の光を見つめていたが、なぜか、とても安心した気持ちになった。


そうして、しばらくの時間が過ぎた。


どれくらい経っただろうか。藤原さんはソファに、僕から一人分の距離を空けて座っていた。


「ごちそうさまでした」


「ううん、気にしないで。少しは良くなった?」


「ふふ…浅村さんのおかげだよ。じゃなかったら、もっと悪くなってたかも」


「風邪、ひいたんだろ」


「うん、たぶんそうだと思う」


彼女の少し掠れた声を聞いて、僕は急に申し訳ない気持ちになった。


あの時の僕、一体何を言ってたんだ。もし僕があんなことを言わなければ、彼女はこうはならなかったんじゃないか。


「ごめん。もし、あの時、僕があんなことを言わなかったら、今日こんなことにはならなかった。本当に、ごめん」


「もう自分を責めないで、浅村さん。私の方こそ、感謝しないと。あなたが隣にいてくれて、本当に感謝してるの。あのね、もしよかったら…」


そう言って、彼女は横を向き、僕に、この上なく優しい笑顔を向けた。


「明日の朝ごはんも、お願いね」



僕は、思わず息を止めた。心臓が、今までどんな時よりも激しく脈打っている。


うわぁ…どうしよう。こんな彼女を前にして、僕の脳は、理性を保つことができない。


「あ、ごめんなさい。メッセージが来たみたい…」


彼女はスマホを取り出した。僕が我に返る前に、彼女は突然、目を見開き、ソファの向こうから、僕の目の前に勢いよく身を乗り出して、スマホの画面を僕の顔に突きつけた。


「浅村さん、私たちの動画、高評価が百万を超えてる!」


「近い、近いってば!」

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