01.もうひとりの“天使”
「本日付でゴロライ分隊に転属となりました、騎士サンデフと申します。これより分隊長パッツィ殿の指揮下に入ります」
凛々しく敬礼してみせるその騎士は、どこの王子様かと見まごうほどに麗しい美男子だった。
柔らかく揺れる長めの金髪に、抜けるような白い肌。スッと通った鼻筋に涼やかな切れ長の目元が目を引き、さらに開いた口元から覗く白い歯がキラリと光る。背も高く全身よく鍛えられていて、見た目ばかりでなく騎士としての実力も窺える。
「私がゴロライ分隊長のパッツィだ。よろしく頼む」
そのイケメンっぷりに内心やや驚きながらも差し出したパッツィの手を取り、サンデフと名乗った騎士はうやうやしく頭を下げてその甲にキスしてみせた。見た目だけでなく態度まで王子様である。
それでいて手を握ったままというわけでもなく、礼を終えればすぐに放してスッと一歩下がる。そういうところまでイケメンであった。
「サンデフ卿には、現状欠員の出ている第四小隊に加入してもらう。——第四小隊長スタッド、それで構わないな」
「ああ。というかこれほどの男が第四小隊以外に配属されるなんてなオレが許さねえよ。もちろん、町の娘たちも同じだろうさ」
「貴方が第四小隊長ですか。これからどうぞよろしく」
「スタッドだ。こっちこそよろしく頼むぜ、相棒」
この場に同席しているもうひとりの人物、第四小隊長スタッドがキラリと歯を光らせて笑う。握手を交わし合うふたりを見ながらパッツィは、何故イケメンはこうも白い歯を光らせるのかと訝しんだものの、口には出さなかった。
パッツィはスタッドとともに、サンデフを連れて詰め所の建物内を案内して回った。
騎士団分隊詰め所は二階に分隊長執務室、副長執務室のほか会議室、応接室がある。一階には食堂と厨房、談話室、休憩用ラウンジ、武器庫、トレーニングルームなどがあり、地下にはトイレ、水浴び場のほか犯罪者の一時収監用独房が備えてある。建物裏には鍛錬場となる広場も併設されている。
そのほか敷地内には、隣接する町政庁舎と合わせて警備を担当する守衛所や、厨房の料理人や詰め所内で掃除や洗濯などの雑用を担当する使用人たちの住居となる使用人棟などがある。
なお独身の若い騎士用の寮は詰め所から少し離れた場所に建てられているため、ここでは案内しなかった。聞けばサンデフは寮に入らず、個人的に契約して部屋を借りるとのこと。
「確か24歳だと聞いているが、部屋の契約だけでなく食事の用意や家事などまで自分でやるのか。たいしたものだな」
自分ひとりでは何ひとつこなせないパッツィが素直に感嘆してみせると、サンデフはやや苦笑しつつ答えた。
「ああ、いえ。食事は町の酒場のお世話になろうかと思っています。とても美味しいと評判だそうなので」
「おお、そうなのか。この町の酒場は良いぞ、飯も美味いが、なんと言ってもエールが絶品だ!」
アーニーの職場を褒められて、つい嬉しくなってしまったパッツィが破顔する。
「へえ、それはますます楽しみになりましたね」
「そうだろうそうだろう。話のついでだ、今から案内しておこうか」
「それはありがたいですが……本日の通常業務に就かなくてよいのですか?」
「第四小隊は今日は夜番だから問題ないぞ」
「私も分隊長業務で抜けているからな。むしろ案内できるのは今の時間だけだ」
「そうですか……では、お願いできますか」
こうしてすっかり気を良くしてしまったパッツィと、案内なんかしなくてもこの後行くつもりだったスタッドによって、サンデフは着任早々に酒場へと繰り出すことになってしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても、卿は相当に美形だな。うちの分隊で最上の色男と言えばこれまではスタッドだったんだが。——どうするスタッド、これはさすがに分が悪いんじゃないか?」
「ハッ。外見だけなら確かに強敵と認めてやらんこともないが、男はまず何よりも中身だろうがよ!」
「いや、ありがたいことに“天使の如き美貌”なんて褒められますがね。私もスタッド小隊長の意見に賛成です。それに何より、私にはもう心に決めた相手が居ますのでね、他の女性の誤解を招くような態度は慎みたいと思っています」
酒場への道すがら、パッツィとスタッド、それにサンデフはなごやかに談笑しつつ歩く。小さなゴロライの町では辻馬車なんてものも走っていないため、基本はどこに行くにも徒歩である。そして徒歩であってもさほど時間はかからない。
ということで、3人はあっという間に酒場の入り口にたどり着いた。だがそこまでの道中の雑談に、聞き捨てならない一言があった。
「え、もう心に決めた相手がいるのか」
「はい。まだ内々ではありますが、彼女とは婚姻の約束も交わしておりまして」
「それはめでたいな!細君を大切にな!」
「まだ結婚していませんけどね。ですが彼女のことは愛していますし、すでに母上様にもご挨拶させて頂いていて」
「だったらもう決まったようなものだろう!おめでとう!」
「ありがとうございます分隊長。ですがそれはそれとして、私がゴロライへの異動を希望したのは分隊長、貴女にひと目お会いしたかったからなんですよ」
和やかな祝福ムードが、その一言によって変わった。
「……えっ」
「本部では噂になっていますよ。『ゴロライの分隊長が美人すぎる』とね」
「…………は?」
思いがけない一言に、思わず棒立ちになるパッツィ。その彼女の手をスマートにすくい上げ、サンデフはさらに続けた。
「噂の通り、とても麗しい方だ。私の愛する彼女と比べても、負けず劣らず美しい。そんな貴女の元で働けること、大変光栄に思います」
「そ、そんな、麗しいだなんて……」
すっかり男女扱いに慣れきってしまっていた身にとって、この不意打ちは大変にクリティカルヒットであった。褒められ慣れていないパッツィは、これだけでもう赤面してしまっている。
「さて、酒場といえば小さな社交場も同然。ここはひとつ、エスコートさせて頂けませんか、レディ」
「あ……はい。よろしくお願いします……」
他の女性の誤解を招くような態度は慎みたいと言っていたのは何だったのか。輝かんばかりの笑顔で手を差し出してくる目の前の天使の顔がまともに見られない。ただでさえ王都でも滅多に見ないレベルのイケメンなのに、こんなのズルい。
そんなことを思いながら、迂闊にもその手を取ってしまったパッツィであった。
「あっ、いらっしゃいませ!」
ゴロライに酒場は一軒しかない。なのでこの酒場は、深夜から早朝の僅かな時間を除けば常に開いている。朝は仕事へ向かう木こりや猟師、漁師たちの腹を膨らませ、昼は人足や商店など町で働く者たちの胃を満たす。酒を提供するのは陽暮れ時から夜間だけだが、食事は常に取れるのだ。
ちなみに、日中の時間帯を切り盛りしているのは酒場の経営者であるオヤジの細君である。細君と言っても見た目はでっぷりと太った肝っ玉母ちゃんなのだが。
そして店内に入ったパッツィは、かけられた店員からの声にまたしても固まってしまった。
「え…………アーニー!?」
そう。普段は夜の営業にしか出てこないアーニーの声だったのだ。
「どうして……普段は夜だけだろう!?」
「いらっしゃい分隊長さん。今日は診療所に医療用アルコールを届ける日なんですよ」
聞けば普段は昼下がりに出勤してきて医療用アルコールを届け、そのまま夜の営業に入るのだそうだ。だが今日は朝の間に届けてほしいと要望があり、それで早く出てきたのだとか。
ちなみにアルコール関連は食料品担当の昼の従業員ではなく、夜の酒場担当の従業員が扱うのだそうだ。夜の従業員と言えば主にアーニーと猫人族のミリだけなので、それで普段からアーニーが配達しているとのこと。
「…………で、分隊長さん。そちらの方は?」
まさかアーニーがいるなどとは夢にも思わなかったパッツィである。だから今の状況に気が付くのが数瞬、遅れた。
そう。今のパッツィは町で見かけたこともない超絶イケメンに手を取られ、頬を染めた状態で店へ入ってきたのだ。しかもいつの間にか、エスコート役のサンデフの手がパッツィの背に添えられていて、それはもうどう見ても『麗しの騎士にエスコートされ頬を染めている乙女』の図である。
というかサンデフとスタッド、ふたりの極上イケメンに挟まれて喜んでいるようにしか見えない。これぞまさに両手に花。
そして混乱と驚きが続くパッツィは現状認識能力が落ちたまま、アーニーに彼を紹介する。
「あ、ああ。彼は今日から分隊に着任したサンデフだ。これから頑張ってもらわなくてはならないからな、まずは町を案内していたところなんだ」
「……その割には、ずいぶん親しそうですね?」
アーニーが心持ちジト目になったこのタイミングで、サンデフがパッツィの背に添えていた右手をスッと動かして彼女の肩を抱く形になった。そしてそのことにパッツィは気付かない。
「そ、そうか?まあ今日が初対面だが、彼とても紳士でね。今だってわざわざエスコートしてくれたんだ」
「…………そう、ですか」
「今日は第四小隊が夜番だから、また後日改めて歓迎会でも開くとしよう。スタッドも、サンデフもそれでいいな?」
「ええ。ありがたくご相伴にあずからせて下さい、パッツィ分隊長」
「んじゃ、オレは他の奴らに声かけておくぜ」
「では、私は詰め所に戻るが、サンデフはどうする?」
「そうですね、まずはスタッド小隊長と酒でも酌み交わして——」
「すみませんが、酒類は夜しか提供しておりませんので」
「おっと、そうなのか。じゃあ給仕くん、乳飲料をもらおうか」
「僕はこれから配達だと今言ったでしょう。奥におかみさんや姉さんたちがいますから、そちらに注文して下さい。では」
言うだけ言って、アーニーは厨房の奥へそそくさと引っ込んでしまった。
なんだろう。アーニーの態度がいやに素っ気ない気がするのだが。パッツィは訝しんだが、アーニーだって人の子なのだから機嫌の悪い時だってあるだろうと思ってそれ以上気にしなかった。そしてそのまま彼女はサンデフたちと別れ、ひとり詰め所に戻って行った。
この時にアーニーを捕まえて話をきちんと聞いておかなかったことが、後々彼女を後悔させることになる。
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