第一話 鈴止くんは早く慣れたい
みにきてくれてありがとう
僕の名前は鈴止涼介。23歳、どこにでもいる平凡なサラリーマンだ。仕事はそこそこ、趣味もそれなり、特別目立つわけでもないけれど、自分の生活には満足していた――つい最近までは、だけど。
以前は、帰宅するとホッとできるような「自分だけの空間」がそこにあった。だけど、今じゃ……正直、家に帰るのがちょっとだけ、いや、けっこう億劫だ。
そんな思いを胸に、僕は今日もマンションの302号室のドアノブに手をかける。
「……ただいま」
静かに扉を開けると、奥の和室の隅に――今日もいた。
ちょこん。
そこに立っていたのは、例の“幼女の幽霊っぽい存在”だった。
年の頃は五歳くらいだろうか。真っ白なワンピースを着て、つま先立ちで、足をぷるぷるさせながら部屋の隅っこに立っている。その姿がなんとも健気で、……正直ちょっと可愛い。いや、いやいや、癒されてる場合じゃないんだって!
「おい、君……今日もそこにいるのかよ。てか、なんでずっとそのポーズなの? 足つるぞ?」
もちろん、返事なんてない。じーっとこちらを見ているだけ。まばたきもせず、目だけはきょろきょろしてる。
「……あのなぁ。君のせいでさ、俺、全然眠れないんだよ? オナ……いや、いやいや、いろいろと! やりたいことだってあるのに、気配が気になって集中できないんだからな!」
思わず声を荒げてしまった僕に、幽霊(仮)はぴくりとも動かない。ただ、心なしかちょっとだけうつむいたような……? いや、気のせいか。
幽霊なんて、最初は信じてなかった。でも、ここに越してきたその日からずっと、彼女(?)はいた。塩も試したし、砂糖もふりかけたし、怪しげな婆さんから買った激安の御札8枚セットも体中に貼りまくった。効果ゼロ。自分がバカに思えてきた。
「はぁ……」
僕はため息をついて、テーブルに座る。コンビニの唐揚げを温め直している間、幽霊の視線を感じる。
「食べる? ……って、食べられないよな。ていうか、幽霊ってご飯食べるの?」
なぜか、そのとき、幽霊がふるふると頭を横に振ったように見えた。
「……え、今、首ふった? え、ちょっと待って、コミュニケーションできる系?」
僕はびっくりして身を乗り出したけれど、彼女はもうまた無表情でつま先立ちしているだけだった。
……まぎれもなく、気のせいか。
彼女の目はどこか懐かしさを感じささるようだった。
「……もしかしてさ、怒ってるの? 俺が勝手に住んでるとか……?」
聞いても、もちろん答えはない。でも、どこか懐かしい感じがするのは、きっとそのせいなんだろう。
唐揚げを食べ終わり、いつものようにシャワーを浴びて、ベッドに転がる。電気を消すと、やっぱり和室の隅には小さな人影がうっすら浮かんで見える。
「……もう、慣れたよ」
ぼそっとつぶやくと、不思議なことに、その夜は久しぶりにぐっすり眠れた。
翌朝、ふと起きると、部屋の隅にいたはずの幽霊がいなかった。夢だったのかとも思ったけれど、床にふわりと落ちていたのは、小さな折り鶴。見覚えのない、赤い千代紙で折られていた。
思わず、ふふっと笑ってしまった。
「……おはよう、302号室の居候さん」
もしかしたらこの生活、ちょっとだけ悪くないかもしれない。
なぜだか分からないけどほのぼの系が書きたくなったので書いてみました。