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婚約解消

一応これで完結ですが、続きが書けたらまた載せたくて、連載にしています。1/19、1時に2話目追加しました。よろしければどうぞ。読んで下さると嬉しいです(*^^*)


1/21 8時 誤字報告ありがとうございました。

大変助かります(*^^*)

「君には失望したよ。ミレイを傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の父親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」


言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。


「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? (わたくし)には分かりかねますわ」

「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」


先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。

彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。


だけど顔は普通。

10人に1人くらいは見かける顔である。

そしてアマリリスとは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。


前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。


そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。

「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は父に伝えますわ。それでは」


彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。


(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)


この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄エディタが継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。



「デバン様は優しくて格好良いです。親切でミレイ嬉しい~ このカバンもありがとうです♡」

「似合っているよ。可愛いミレイ」


相貌を崩すデバンはミレイの笑顔を見たくて、今日も貢いでいた。アマリリスのことは最初から気にいらず、大したプレゼントもしたことはなかったのに。




◇◇◇

アマリリスは公爵邸に戻ると、執事のガネーシャルに声をかけた。


「戻って早々ですが、至急お父様に取り次いで欲しいの」


幼い時から仕えてきたアマリリスの焦燥した様子に、一抹の不安を感じながらもそれに応じる。


「分かりました、お嬢様。お部屋でお待ちになって下さい」

「ええ、お願いね」


一礼して歩き出すガネーシャルの後ろ姿を眺めるアマリリスは、父親リシタルに失望されることを恐れ強く目を瞑った。


「あんなに私を大切にして下さったお父様に、やっと恩返しできると思ったのに。申し訳ありません………うっ」


彼女はリシタルが大好きだった。

いつも無条件で、彼女を愛してくれる大好きな父親なのだ。


アマリリスの母親マリアは、兄エディタと彼女(アマリリス)を生んだ後、頻りに社交界に赴いた。まるで今まで押し込めておいた欲求を解き放つかのように。

マリアの両親は厳格な指導下に彼女を置き、デビュタントまでにほぼ完璧に近く教育を施した。その他にも友人、スケジュールも徹底的に管理し、何処からも望まれる麗しい淑女と言われるまでに育て上げた。

それを慮りリシタルの両親は、伯爵家であるにも関わらずマリアを嫁として公爵家に迎えたのだ。


マリアの容姿はピンクブロンドの髪と同じ色の大きなたれ目で、一見すると幼く見えた。その可愛らしい外見にリシタルは陥落し、彼女の願いを叶え続けていた。


そこで彼女は勘違いしてしまったのだ。

リシタルは何をしても許してくれるものだと。


そんなマリアはある夜会で美しい男性、エルゼルクに出会う。

既婚の侯爵で、名うての恋多きプレイボーイ。当然のように饒舌に美辞麗句を述べ、肩までの青い髪を指で弄びながら優しい笑顔を見せる美しさを持っていた。仕事には真面目で仲間思いだが、女ぐせだけが玉に瑕。時に少年のような無邪気さに、男女共に人気があった。



会話やダンスくらいなら許されるが、当然ながらそれ以上は許されない。彼は既婚者で、妻である夫人は彼に心酔している。それこそ少々の浮気では離婚など考えられない程に。ただ危害を加えてくる者に容赦しないのは、当然のことだった。


選りにも選ってマリアは、彼に心を奪われてしまったのだ。


彼の方はいくら浮気しても夫人は責めないが、マリアの場合は当然ながらリシタルから責められることになる。


「どうして許してくれないの? もうエディタとアマリリスを生んだし、役目は果たしたでしょ?」


許されると思っていたマリアは、リシタルに訴える。


「絶対に許さない。貴女は公爵家の夫人の責務を甘く見ているようだ。今後同じことがあれば離婚する」

リシタルはそう告げて念書を書かせた。

伯爵家への慰謝料請求と離婚届、エディタとアマリリスの親権をリシタルが持つことを。


しぶしぶ応じるマリアに、リシタルは諦めの目を向けた。きっとマリアは逢瀬を止めないだろうと。


「俺の対応が悪かったのか………。大事にしてあげたかったのに。ああっ」


表向きはエルゼルクに近づかず熱は冷めたように見られた頃、ある隠れ宿で二人は発見された。うまくカモフラージュ出来ていたと安心したマリアに衝撃が走る。


だって念書を書いているのだもの。

離婚した後に伯爵家に戻れば、どんな目に合うことか。


「あの、違うの、急に気分が悪くなって、それで………」


動揺し言い訳するも、薄いネグリジェ1枚のマリアの言葉は宙に浮いて消えていく。


「やあ、見つかっちゃたか。申し訳ない、クライド公爵」

逆に半裸のエルゼルクは悪びれもなく、リシタルにへらへらと誠意のない謝罪をした。


マリアは気づいていなかった。

念書を書かされた直後から、多くの密偵や指示を受けた使用人達が一挙手一投足を見ていたことを。


反論できる術はない。

これこそ公爵家の力(権力と資金力)なのだ。


喚くマリアをそのまま伯爵家に送り、慰謝料を要求する文書と離縁状を使用人に早馬で届けさせた。


「エディタとアマリリスの母親を奪ってしまった。けれどその分、俺が子供達を愛して育てよう」

涙を滲ませて、これから母を失う幼いアマリリスの不憫さを嘆くが、とうの彼女(アマリリス)は気にしていなかった。



「どうせいつもいないお母様のことなど、別になんとも。それよりもそんな女の子供を育てなければならないお父様に、申し訳なく思いますわ」

わりと家族に放って置かれ乳母やメイドに育てられた彼女は、彼らの家族のように育てられすっかり耳年増。なので自分の母親の失態を以前から分かっていた。


「お嬢様のせいじゃないわ。ちやほやされて自省もできない方が駄目なのよ」

「そうですわ。旦那様はお嬢様を愛しておりますから」

「少なくともマリア様は、チャンスを1度頂いていたのですから。温情はありましたのに」


「「「幼いお嬢様を悲しませるなんて!」」」



最初はここまで親密じゃなかった、アマリリスと使用人達。文字通りのお嬢様と使用人の関係だった。

だがリシタルはマリアにべったりだし、エディタに当主教育も行っていたし、当主の仕事もあってあまり娘のアマリリスと過ごす時間がなかった。

その時間を埋めるのがマリアの筈だが、自由を得たと思った篭の鳥は、ほとんど戻って来なかったのだ。それこそ食事と睡眠の時間くらいしか。残念なことに子育ての時間はそこにはなかったのだ。同情した彼らが親身になるのに時間は要らなかった。


「私は母に似ていないから、愛されなかったのかしら?」


彼女の兄エディタは、ピンクブロンドの髪で優しげな容貌を持ち年が6才離れていた。既に騎士学校の寮に入っている為、邸にはいなかった。マリアはアマリリスよりは、エディタに関わっていたように見えた。


俯く彼女に使用人達は言い募る。


「普通の母親は、どんな子でも愛しいものですよ。私の子なんてちっとも似ていないけれど、目に入れても痛くないと言えます!」

「俺の娘もだ。母親似で、可愛いですよ。勿論お嬢様に比べたら容姿は落ちますが、とにかく可愛いのですよ」


「だから容姿は関係ないのですよ、お嬢様。元々の気質なのでしょう。でもお嬢様はご主人様の血が通ってるので大丈夫ですからね!」

「うん、ありがとう。みんな、ありがとう、うっ」


「お嬢様は私が守ります」

「俺も」

「僕も」

「「「「私達もです!」」」」

「うん………うっ、うわ~ん、えぐっ」


励まさせれ泣く幼子に、誰もが心を悼めた。

その時から公爵家の使用人は、完全にアマリリスの味方になった。


この時のエディタは、厳しい訓練をする日常に身を置いていた。彼は彼で、懸命に将来の責務を背負う為に必死に足掻いていたのだ。それほど卒業が難しい場所だった。

幼い妹への関わり方が分からず遠くから様子を見るだけの彼も、同じように力なき子供だった。



◇◇◇

その後アマリリスはリシタルに溺愛され、真面目に教育を受けながら月日が流れていく。


リシタルは普通顔だが公爵なので、いろんな女性が近寄り釣書も届いたが全て拒否していた。エディタとアマリリスが辛い思いをしないように。


アマリリスとしては父親(リシタル)には、母親(マリア)を忘れて幸せになって欲しかったが、ハズレの野心家嫁が来ることも考えて後押しもしなかった。


自分が育てて貰った恩を返す為に、努力を重ねるアマリリス。


(みんなが働いている税金で、私を育ててくれたのだもの。なるべく益のある家に嫁ぎたいわ。いつまでもみんなの幸せが続くように)


ある意味彼女は、一番民寄りの貴族だった。三つ子の魂百までもと言うが、彼女が一番心を寄せたのが乳母のミーナだから。


そんな訳で益のある政略結婚を全う出来るように、恋とか愛とかを考えないようにしてきたのだ。




◇◇◇

リシタルは考えていた。

エディタは成人し、剣の腕を認められて王太子の側近となり、婚約者にもしっかり者で優しい令嬢を迎えられた。


後はアマリリスの幸せを考える番だ。


なるべく寂しくならないように、出来るだけ多く接したつもりだった。

しっかりして所作も美しい令嬢となった娘に、浮わついた噂と行動のないクラッチ侯爵令息デバンとの婚約を取りつけた。なのに向こうからイチャモンをつけて、婚約解消を伝えて来たのだ。


婚約後に浮気をしたのはデバン。

アマリリスはミレイなんて者は知らないのに、危害を加えたと言うのだ。


証拠を検証する為にこちら(公爵家)で調査をすれば、やはり冤罪だった。


ミレイ・ナルーシスは男爵家の庶子で、男爵に最近引き取られた娘らしいが、学園でデバンと出会ったらしい。


ミレイは婚約者のいる男子生徒にもなれなれしく近づくので、女子生徒に敬遠されていた。時々ある嫌がらせは、複数の男子生徒の婚約者や恋人の仕業だった。

意地悪といってもお茶会に誘わないとか、話しかけないとかくらいのものだった。時には持ち物の位置をずらすとか、陰口くらいはあったが。

それでもあざとい彼女(ミレイ)なので、通りすがりにちょっとぶつかっても「痛ぁ~い。ひどいです~」等と、大袈裟に叫ぶのだ。その都度、複数の男子生徒達に「きっと貴方の婚約者に命令された方だったのでしょ? 酷いです~」と、いろいろと盛った話をして縋って泣いて貢がせていたという。


それを信じるのは、彼女の可愛らしい見た目なのだろう。庇護欲溢れる大きな緑色の瞳で金の髪を持つ、背の低い美少女だった。男爵が引き取ったのも頷ける容姿だ。


何も知らない男子生徒達は可愛いミレイを擁護し、女子生徒を責めるようになって不満は爆発した。


その飛び火により、公爵令嬢であるアマリリス・クライドが諌めないのが悪いと、一部の女子生徒が言い出すことに。


でもアマリリスは過去の母の経験から、男女の関係は一筋縄ではいかないと悟っていたので、決して口を出さなかった。使用人からのよもやま話も参考になった。


「痴話喧嘩は犬も食わない」は、痴話喧嘩はつまらないから放っておくべきという、他国のことわざ。

その言葉を使用人の一人から聞き、余計なことをしないでいたアマリリスだ。



まあそれが、長い伝聞ゲームのように意味が変わり、

『ミレイを諌めない公爵令嬢が悪い』

       ↓から

『ミレイが虐められるのは、ちゃんと注意して行動を諌めない公爵令嬢が悪い』

       ↓から

『ミレイを虐める公爵令嬢が悪い』になったのである。


真偽を確かめるようなデバンではないので、嬉々として婚約解消の運びになったようだ。


アマリリスは別に公爵家の威光を使ってもいないし、わりとフランクに関わっている。だから少々舐められていた感はある。

でも………。

根底は使用人気質が、強くなっていたからかもしれない。いわゆる“勝手にやってろ”である。


アマリリスを侮る者はいるが、多くの者に好かれる彼女は暢気なものである。


(だいたいの家事は出来るし、料理も旨い方だと思うわ。洗濯はやったことなくて大変そうだけど、やれば出来ると思うし。婚約解消の悪評とかで結婚できなければ、最悪除籍して貰って平民として暮らしても良いしね)


平民になったらなったで、親が商会の友人に事務仕事でもまわして貰おうと考えていた。彼女は使用人と過ごす時間が多く、見よう見まねでいろいろ手伝ううちに、戦力として活躍していた。


最初は止めた使用人達も、楽しんで手伝う彼女に負けたのだ。と言うか、勝手に交じってくるから根負けした。


どうせなら安全に、そして効率的にと。


三角巾してエプロンをすれば、ただの可愛いメイドである。




◇◇◇

その2週間後。

執務室に呼ばれたアマリリスは、無事に婚約解消が成立したことを知った。

そして結構な慰謝料が、アマリリスの銀行口座に入ったという。


彼女へ通帳を渡し、悲しそうにその話をする父リシタル。

「私の選び方が悪くて済まない、アマリリス。嫌な思いをさせたね。その代わりに慰謝料は全額お前に渡そう。好きに使うと良いよ」


「え、えっ。良いんですか? ありがとうございます、お父様」

喜び抱きつく娘を、優しく抱きしめるリシタル。


「ああ、良いんだよ。そんなのはした金だ。宝石でも買って憂さ晴らしすれば良い」

軽く言ってくるリシタルに、『ドンダケ~』と突っ込みそうになるアマリリス。


(危ない! 危ない! お父様は真剣なのに。でもこのお金がはした金って、すごいよね)

教育は受けているが、領地経営を学ぶのはこれからの予定だったので、通帳の大きい金額を見ることは始めてだった。


家政の仕切りはアマリリスが行っていたが、そこまでの金額ではない。慰謝料で貰ったのは、公爵家の家政代1年分である。


リシタルに感謝して部屋に戻り、小躍りするアマリリス。

「私は全然傷ついてないし、なんならスッキリだし。こんなにお金が手に入ったわ。何に使おう! みんなにお菓子でも買おうかしら? でも、どうしようかな♪」


思考していると、すっかり梟の啼く時間になっていた。


「もう寝よっと! おやすみなさい」




◇◇◇

そんな感じで使用人とオヤツパーティーだけはしたが、他にお金を使うこともなく、穏やかに日々が過ぎていたある日。


散歩をしていると、大きな木に座り込み閉眼する老婆を見かけ、抱き起こした。

共に歩いている乳母は「お待ち下さい」と止めたが、素早いアマリリスは既に行動を終えていた。


「大丈夫ですか? お怪我は?」


リシタルの治める領地は穏やかで、警備の者も頻繁に巡回している。そんな治安の良い場所なので、きっと巡回後に座り込んだに違いないのだ。


老婆は驚いた様子でアマリリスを見る。

立派なワンピースを着た娘が、お世辞にも綺麗と言えない自分を抱き起こしたのだから。


「あ、ありがとうございます。少し空腹で休んでおりました。恥ずかしながら、旅の途中で路銀が尽きまして。娘の家に孫を見に行く途中でした。情けないことです」


そう話す老婆に、アマリリスは財布を出して金貨を渡した。

「最近臨時収入があったのよ。だから貴女にもお裾分けよ。これで足りそうかしら?」


「き、金貨なんて受け取れませんよ。警察にでも訳を話してお借りしますから。どうかお納め下さい」


「だったら私も貸すことにするわ。いつでも良いから、お土産話をしに来て頂戴。ねっ」


「そ、それではお借りいたします。貴女様のお名前をお聞きしても宜しいですか?」


「ええ。私はこの領地の娘、アマリリス・クライドよ」


「アマリリス様ですか? ありがとうございます。必ずお返しに参ります」


老婆は丁寧に礼をして、街中に歩いていく。きっと何か食べて乗り合い馬車に乗るのだろう。


アマリリスはお金が戻らなくても良いと思っていた。元々あげようとしていたものだ。困っている人に使うのなら申し分ない。



「まったくもう! お嬢様ったら危ないですよ」

「まあまあ。良いことをしたんだから怒らないでよ。これでも人を見る目はあるつもりよ」


「信用なりませんよ、見かけなんて。悪人ほど善人に偽装できるものですわ。お気をつけて」

「そうね。ありがとう、ミーナ。今度は気をつけるわ」

「本当にお願いしますよ。お嬢様に何かあれば、私も泣くし他の使用人だって悲しみますからね」


「ええ、分かっているわよ」


泣くどころか、きっと彼女には酷い罰が与えられる筈だ。でもそんなことは分かった上で、処罰は関係ないとばかりにミーナは言うのだ。悲しむ人がいると。だからアマリリスは素直に忠告を聞き入れる。今度は慎重に動こうと。



「貴族の娘でも優しい者がいるんだな。確かアマリリス………か」


腰の曲がった老婆は、すっと背筋を伸ばしスタスタと歩いていく。




◇◇◇

いろんな男子生徒に声をかけ、混乱をもたらしたミレイはほくそ笑んでいた。


「とうとう男子生徒の中でも高位貴族の、デバン様に告白されたわ。それもあのアマリリスと婚約を解消してから。私の方が女として魅力が上だと言うことね。あ~、良い気分!」


男爵家に引き取られたミレイは、貴族らしさを何一つ学ばずに媚を売る生活を続けていた。たくさんの貢ぎ物をその手にして。

彼女を引き取った男爵も、高位貴族と結び付きを持てそうで満足らしい。

男爵は始めから平民あがりの彼女に、妻なんて役割を求めておらず、愛人若しくは第二夫人になれれば上々だと考えていた。だからこそ真剣に、彼女に向き合うことがなかった。


それをミレイが知らない訳はないのだが、表面上はにこやかに振る舞うのだった。


「このような環境を与えて頂き、ありがとうございます。お父様」



◇◇◇

またまた数週間が過ぎ、さらにミレイによりカップルが破局していく。以前に好戦的な発言を受けたアマリリスは、もう完全に放置していた。


デバン侯爵令息との婚約も解消され、ミレイに関わることもない。


高位貴族の公爵令嬢が場を収めろと言われても、他にも王族に連なる公爵令嬢も侯爵令嬢も複数いるのだから、そちらにお願いして欲しい。単にアマリリスに言いやすくて苦情が来ていただけなのだ。


でも実際何も変わらなかった訳で、最近は更に言い募られることもない。


「みなさん大変ね。失言かもしれないですが、私はデバン様と婚約解消できて良かったですわ(慰謝料をたくさん頂きましたし)」


「お可哀想に、アマリリス様ぁ。私達の前では遠慮しないで下さいな」


「そうですわ、アマリリス様。失言じゃないですよ。ガチで良かったのですわ。あんなにぞんざいな男は、貴女には似合いませんわ」


「「「そうですよ、ガチで!!!!!」」」


「みなさん、ありがとうございます。嬉しいですわ。ところで今日のオヤツは、ミルフィーユです。街のケーキを参考に、調理長と四苦八苦してみましたの。どうぞ、召し上がれ」


「「「「ご馳走さまです。頂きます!!!!」」」」


みんなが嬉しそうに口に含んでいく。

勿論アマリリスもだ。


(おおっ。今日は上手くいったわ。1枚ずつ生地を作るの大変だったけど、喜んで貰えてよかった)


美味しいことは勿論だが、手作りということが好感をよんでいた。最初はたくさんの傷を指につけながら作っていたアマリリス。諦めずお菓子作りを続けここまで来た。


作った中には失敗して微妙な物もあったが、みんな喜んで食し「もう少し厚さを減らしてみて(生焼けだった)」とか、「砂糖に少し塩を加えると味がしまるわ(甘すぎた)」とか、「焼き時間を5分少なくね(焦げてた)」とか、本気でアドバイスをし始めたのだ。


料理長もお嬢様というより娘扱いしていたから、失敗して学べな感じで、作り順くらいしか見ていなかった。なので友人達のアドバイスは、ありがたいものだったのだ。


「そうなんですね。ありがとうございます」


公爵令嬢なのに屈託のない笑顔をするアマリリスに、友人達はますます好感を持っていく。つり目の「ザ・悪役令嬢」的な容姿にこの素直さだ。守ってあげなければ危ういわと。

幸いにして彼女が素を晒すのは、友人達と使用人達と家族(マリア除く)だけだ。信頼される者以外に、気を抜くことを是としないという淑女教育は生きている。


彼女の味方には平民も下位貴族も多いが、高位貴族もいる。

やんわりふんわりと、彼女が脅かされないように守っていたのだ。


ある時 彼女(アマリリス)が、みなさんも使ってみませんか? と、クリームを持ってきた。どうやら厨房で格闘していた時間が長く手荒れをしたので、ハンドクリームを作ったらしい。

小さな容器に詰めたクリームは、少量でかなり伸びがあり暫く持ちそうである。どうやらみんなの感想を貰い、改良したいらしい。


「家の使用人達にも使って貰ったのだけど、酷い手荒れにはあんまり効かないみたいなの。良い案があれば教えて下さらない?」

懇願するような彼女に、真剣に薬効がありそうな薬草や高価だけれど砂糖も少量混ぜると良いなど、いろんな意見を聞くことができた。


「うわぁ、たくさんの意見が集まりました。早速作ってみますね。ありがとうございます」


喜ぶ彼女に頬が緩む友人達は、彼女をサポートするべく勉学にも励んでいく。どんな知識を欲するか予測もつかないからだ。


(なんか家事寄りだけど、勉強のことも聞かれるかもしれないしね)

(頼られるの嬉しいから、いくらでも協力しちゃうのよね。いろいろ学んで教えてあげたいわ)

(頑張ってアマリリス様に褒められたい!)


そんな感じで回りのレベルも諸々上がっていた。


辺境伯家の令嬢ビューレ・アンファゾンは、その中の1人だ。

(歴史のある公爵家の令嬢なのに、この飾り気のない安心感は何故? 調べる必要があるわね)


王都から近い領土で、力のあるクライド公爵家だ。遠方にある辺境伯家の人間はどんな情報でも欲しい。この時もそんな義務感からだった。




◇◇◇

「な、なんてお可哀想なの、アマリリス様は。そして健気………。それに比べ、マリア様は酷過ぎます! ぐすんっ、うっ」


魔獣にも向かっていく全身筋肉のビューレ。男、女関係なく共闘し、最近の長期休みも屠って来たところだ。そんな彼女が泣いたのだ。主にマリアとデバンのことで。


「頑張って来た彼女に、ミレイを諌めろと詰るなんて。今後はそんな不埒者には、私が鉄槌を!」


アマリリスが気にしていないところで、境遇を嘆かれて味方になる者が増えていく。


まあそんなアマリリスなので、心を曇らすことなく楽しく過ごしていた。


以前 彼女(アマリリス)に暴言を吐いた令嬢達は、アマリリスを見ると恐怖に震えて逃げていくのだが、彼女(アマリリス)がそれに気づくことはなかった。ビューレが視線を遮るからだ。


(散れ。アマリリス様に近づくな、害虫ども!)

ビューレが何をしたかは、アマリリスは今も微塵も気づいていない。




◇◇◇

アマリリスと婚約解消したデバン・クラッチ侯爵令息はピンチだった。父であるグラナス・クラッチ侯爵から後継を外されたのだ。


「何故ですか、父上。どうして俺の代わりに弟のアランがここを継ぐと言うのです! あいつは俺よりも弱いのに!」


闇雲に憤る長男に、やはり侯爵は継がせられないと思うグラナス。デバンは相談もなく婚約解消をし、アマリリスの有責だと訴えるもそれは事実ではなく、噂を信じただけだった。あげくにアマリリスの父リシタル公爵に証拠を突きつけられ、わりと痛いくらいの慰謝料も支払った。

それなのに反省もなく、あまつさえ元凶のミレイと結婚したいと言うのだ。目眩がしそうだ。


確かに剣技は優れているが、馬鹿では勤まらないことも多い。侯爵家当主は最たるものだ。

それでも美しく瑕疵もないアマリリスに支えられれば、何とかなると思い婚約させたのに、自分からその益を手放し損害まで生じさせた。


アランは剣技こそそこそこだが、柔軟性もある。出来ればアマリリスにはアランと婚約して欲しいが、こちらが言えることはなく、さらにデバンがここにいる状態では無理だろう。


もう辺境に送って鍛え直して貰おうかな? なんて辺境にいる旧友のことを思い出し、溜め息を吐いていた。


ミレイにしても結婚など許せない。

調べたところ彼女は賢くて、自分の能力を理解して振る舞っているようだ。

そもそもデバンなど眼中にないだろう。


もう面倒くさいから、放っておこう。

失恋すれば、過ちを振り返るかもしれないし。


そんな訳で。

「結婚、結婚な。もし相手も承諾するなら良いだろう」

「本当ですか、父上。近いうちに会って頂きますね」


喜色満面な息子に憐れみの眼差しを向けるが、気づくことはないデバンはさっそく外出していく。



「侯爵家に迷惑がかからなければ、誰と結婚しても許そう。でもなぁ。評判悪いぞ、デバン。教育の仕方が悪かったのかなぁ?」


今の時代、イケメンじゃない俺様は好かれないようだ。




◇◇◇

「お母さん、がっちり貯まったわよ。早く逃げよう!」

「ええ、そうね。これ以上はさすがに身の危険があるわ。頼んだわよ、ハンス」


「分かってるよ。任せろ!」



ミレイは最初から男爵が嫌いだった。理不尽にメイドだった母を蹂躙した男を許せないでいた。生活の面倒を見ることもなく、ただ捨てた男を。そしてその捨てた女の娘を利用しようとする根性も気にくわない。


それも適齢期近くまで育ってから、母から無理やり引き離して貴族の学園に入れるなんて、本当に人間なのだろうか?


だから母の家の隣に住む、ミレイの幼馴染みのハンスと相談し逃げることにしたのだ。


男爵に懐いていると油断させて行動範囲を広げ、何人もの男子生徒とデートをして金品を貢がせた。作戦として嫌々ながらも手を繋ぐまでは許した。男爵と同じような思考の男なんて、本当は大嫌いなのだ。その中で一番貢いでくれたのがデバンだった。


でもそろそろ、彼らの親が制裁に動きそうだと連絡が入ったとハンスが言う。誰から? とハンスに聞くと、友達からと言われた。そこで深く聞かないのが、お互いの幸せだと分かっていた。ミレイとハンスは恋仲でもないので、金銭を渡して助けて貰えれば良いのだから。


「………ねえ、ミレイ。貴族の生活に未練はないの? ごめんね、お母さんが弱い立場で」

「謝らないでお母さん。お母さんは私を愛してくれたわ。男爵なんて嫌いよ。私を物のように扱うのだもの。だからとっとと逃げましょう。後のことなんか知らないわ!」


「ええ、そうね。これからもお母さん頑張るからね」

「無理しないで。プレゼントを売れば一財産あるわ。隣国に着いたら、美味しい物食べましょう!」

「楽しそうね。素敵だわ!」


暗い気持ちだった2人は、漸く未来に希望を見い出していた。



その夜2人はハンスに連れられて、隣国に渡った。

その後の2人はプレゼントを売っぱらい、たい焼き屋を営んでいる。美人母子の経営する店は、なかなかに繁盛しているようだ。



◇◇◇

男爵は消えたミレイ達に狼狽える。


「何故居なくなった? 貴族になったことに喜んでいたのに。それにいろんな貴族から、何やら訴えられておる。どうしたら良いのだ!」


男子生徒達からのプレゼントを始め、婚約破棄や解消になったと複数からの請求に身動きが取れない男爵。


「このままでは全てを失ってしまう。それどころか、借金も残るぞ!」


ただ呟くだけで何も解決に動かない無能な男爵に、妻の夫人は声をかける。

「私の願いを聞いてくれるなら、貴方の借金は私が返しますわ」

「本当か?」

「はい、本当です。その代わりこの念書にサインを下さいな」

「ああ、するぞ。借金さえなければ、何とでもなるからな」


何も読まずにサインをする男爵は、夫人を舐めているとしか思えない。傍で様子を見る使用人は、優美に微笑む夫人を見守っていた。


サイン後にすかさず書類を受けとる家令は、その足で王宮の役所に向かう。それを満足そうに男爵以外が見送る。


借金は夫人の父である子爵が支払っていた。夫人は子爵から資金を借りたことになる。


念書の内容は、男爵夫人が子爵から借りた金を男爵が返すことだ。1か月以内に男爵が返さない場合、爵位を夫人に譲渡する契約だった。返す宛のない男爵には道は断たれていた。


1か月後。

夫人の両親である子爵夫妻と護衛騎士達、そして男爵家の使用人が団結して男爵を追い出した。


「何をするのだ! 私の男爵家で許されない!」

「貴方はもう男爵ではない。今は臨時で我が娘が爵位を継ぎ、娘の息子リルファが成人後に爵位を継承する」


「勝手なことを。訴えるぞ!」

「好きにしろ。どう転んでも、契約内容は変わらないがな」

「契約? 何のことだ」

「やはり読んでいないか? ほらよく見てみろ。謎が解けるぞ」


漸く契約書を読み出した男爵は驚愕した。

「詐欺じゃないか? だってこいつは払わなくて良いって………」

「はい、言いました。爵位を頂けるのですもの。支払いは要りませんわ。そして爵位のない貴方は平民ですから、私から離婚させて頂きますわ。ですから出て行って下さい」


「そ、そんな馬鹿な! 今まで面倒を見てきたのに。恩知らずが!」

「だってリルファも貴方が嫌いなんですって。私のことを罵倒し、愛人と贅沢するからイヤみたい。残念ですね」

「そんな………リルファ、嘘だろ?」

「さようなら、父上。もう会うこともないでしょう。何人もの女性を抱く貴方は、ハッキリ言って気持ち悪いです。貴方の血を引くだけで嫌になる時もある。ミレイの教育をしないで男達の前に晒したのも最低だ。ミレイの責任は貴方にある。潔く去って下さい」


「そ、そんなに嫌われていたのか? ああっ………」

その勢いに男爵はたじろぎ、邸を出ていった。


その後男爵は、子爵に拾われて山の開墾に行くことになった。木の根は深く地に張り、取り除くのは重労働である。四苦八苦しながらも取り組む男爵。いや、もう男爵ではなくヴィロックだ。


「ヴィロック、こっちを掘れ。腰入れろや」

「はい、ゴンさん。せーのっ」

「いっけぇー!!!」

「オリャー!!!!!」

「抜けたな。良くやったぞ、ヴィロック」

「はい。ありがとうございます!」


最初は自暴自棄だったヴィロックも、まわりに揉まれて次第に頑張ることになった。それぞれの事情により、ここに来たことを聞いたからだ。


親の借金

娘の薬代

貴族家で理不尽にくびにされて、仕方なく

他にも平民としては得られる給料が高いから、夢の為の貯金に来た者もいた


何もなくここに来たヴィロックとは違っていた。

みんな守る者の為に働いていたのだ。

話を聞く度に辛くなる。


働けば使える金銭は多いが、ヴィロックは孤独だった。

働いて金銭を得て食べていける。

山なので酒屋も飲食店も、娼館も勿論ない。


「俺はどうしたら良いんだろう? あのまま家が潰れれば、結局男爵家はなくなって、妻達は子爵家に戻っていた。借金も残っただろう。最悪は逃れたのだ。結局要らないのは俺だけだった。そうだミレイ。

俺はあいつを娘と認めていなかった。平民の娘で、金を運んでくれる道具のように思って引き取ったんだ。あいつが逃げるのも当たり前だ。今は俺も同じ平民だ。

………今さらだが、あいつは男に頼らないで、しっかり生きられると良いな。あいつの母にも俺は酷いことを。うっ、くっ」


ミレイを思い出し後悔するヴィロックだが、ミレイ達はヴィロックを思い出すことはない。


ヴィロックの今後は、本人次第だ。




◇◇◇

そしてアマリリスはみんなの協力で完成した、良く効くハンドクリームを商家の友人キャリーの家から売り出した。配当はかなりアマリリス寄りだという。


「良いの、こんなに? 普通より多いのでは?」

不安がるアマリリスだが、キャリーは言う。


「ずっと研究していたんだもの。今まで使用して効果もあるのだから、気にしないで」

「でも………。そうね、ありがたく頂くわ」

「そうそう。それで良いのよ!」


微笑む2人は満足していた。

売り上げは鰻登りで、アマリリスの持ち金は増え続ける。

アマリリスはそれを孤児院に寄付し、もっと増えると孤児院を建て直した。


そしてその建物には大きな台所を作り、たくさんのお菓子やパンを焼いて販売した。


(平民になったら、私もここで働こう)

そんな思惑の下に。


お菓子はアマリリスとお菓子作りが好きな友人が参加し、孤児と職員に教えた。それを知る貴族達もその活動に賛同してお菓子を買っていく。知名度が上がり、お菓子にもプレミアが付き出した。


プロ並みに成長した子供達は、お菓子屋やパン屋、貴族家に雇われたりと、就職が出来るようになった。


その後も孤児院の収入が増えたので、隣の土地に新たに孤児院を2つ建て孤児達を集めた。


まだまだ孤児はいるので、他の場所の孤児を統合して一ヶ所に集めることになったのだ。さすがに孤児院の収入では足りず、アマリリスの慰謝料が大活躍だ。


本来は国の仕事を主導して行ったアマリリスに、称賛の声は止まないが、アマリリス本人は自分の未来の投資をしただけなのだった。その一方では、この国でまだ婚約者のいない第二、三王子も、アマリリスに関心があるとの噂が流れていた。 


ちょっと天然のアマリリスは、投資などや大きな変革は出来ない。あくまでも出来る範囲の行動だった。孤児院でのお菓子職人は、万が一の保険である。



そんな彼女は父からも、兄からも、使用人達からも、友人達からも、孤児達からも、その他仕事に関わる者からも一目置かれていた。


そして助けた老婆も、隣国からこっそり視察に来た第二王子でアマリリスを気にしている。酔って飲み過ぎて座り込んでいたそうだ。お金も酒に使ったらしい(飲み過ぎ~)。姿は魔法で変身していたらしい。


アマリリスの評判を聞いたデバンは、ミレイに逃げられた後にアマリリスに求婚したが振られている。


「この俺が求婚しているのに、何だその態度は」とか何とか。

「無理です。ごめんなさい」と走り去るアマリリス。


アマリリスを守る護衛が、リシタルに付けられているのは言うまでもない。


ビューレが闇夜に紛れ、デバンを2、3発殴ったそうだが、面は割れず捜査もされていない。


『自業自得』そんな言葉が密かに囁かれていた。





どうやら愛されアマリリスは、平民にならないようだ(ならせては貰えないようだ)。


1/19 23時 日間 異世界恋愛(完結済) 76位でした。

ありがとうございます(*^^*)

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