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お隣の吸血鬼は俺の血が欲しいだけ~毎日お世話をされて、時々血を吸われるお隣生活~  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第28話 聞き分けが悪くても好きですが

「耳かきって色々種類があるんですよ。お馴染みの綿棒や竹製の耳かきはご存じと思いますが、ステンレス製やゴム製のものもあって……試してみたくなったんですよね」

「俺は実験台か何かで?」

「ご主人様で実験だなんてとんでもない」

「……どっから突っ込んでいいのかわからなくなってきたな」


 膝枕で落ち着いていたのが嘘みたいに不安になる。

 ……が、乃蒼に限ってそんなへまはやらかさないだろう。


 人間としての基礎スペックは俺と比べるまでもなく優秀だ。


「まずは綿棒で、お耳の外側から綺麗にしていきましょう」


 声かけの後に、乃蒼の耳かきが始まった。


 耳をなぞる綿棒の感触。

 自分でやるのとは明確に違う、制御の効かないそれに妙な懐かしさを覚えた。


 人にされるのなんていつ以来だろう。

 それこそ幼い頃のことで、してくれたのは今はいない母かもしれない。

 親父がするとは思えないし。


「……なんだか、思っていたよりも綺麗ですね」

「なんでそんな不満そうなんだ? 綺麗な方がいいだろ」

「私が綺麗にしたかったんです。……まあ、綺麗なら綺麗でいくらでもやりようはありますけど」


 会話もそこそこに、乃蒼は黙々と耳かきを続ける。


 外から内の浅い部分までを、綿棒が必要以上に時間をかけて綺麗にしていく。

 こそばゆさと焦れるような心地よさに、緊張も忘れて両目も閉じている。


 乃蒼が手を抜かず、真剣かつ真面目に取り組むのはわかりきっていた。

 時折見せる突飛な行動を除けば、口を挟む必要もないくらいは信用しているわけで。


「急に大人しくなりましたね。そんなに気持ちいいですか?」

「……暴れるよりはいいだろ」

「それはそうですね。表情的にも、まんざらではないのはよくわかりますし」


 ふふ、と笑い声が聞こえて、今度は頭を撫でられる。

 母親が幼子を宥めるかのような優しい手つき。


 甘やかされているのが丸わかりなそれも、意識を強く保ちながら受け入れる。

 これに慣れたら人としてダメになりそうな気がしたのだ。


「灯里さんの寝顔、やっぱり可愛いですね」

「目を瞑ってるだけで寝顔とはこれ如何に」

「似たようなものです。普段は大人しくて素っ気ないのに、寝顔はあどけなさがあって子供っぽいっていうか……悪い意味ではないですよ?」

「取ってつけたような一言で不安になるんだが」


 自分の寝顔なんて写真でも撮らない限り見られないのでよくわからない。

 そして、普通なら相応の関係を築いている相手にしか見せないもの。


 健全な男子高校生的には、やっぱりちょっと恥ずかしい。


 ……それなら風呂の件を恥ずかしがった方がいいのはわかってるけど、それはそれ。


 あれはもう俺の中で事故として処理されている。

 不都合なことに、再現性があるけど。


 とりとめのない思考をよそに、乃蒼の耳かきは続く。


 綿棒に代わり、竹製の耳かきで少し深いところが掻かれる。

 かり、かりと小気味いい音と程よい刺激。

 それから乃蒼の呼吸が、穏やかに流れる。


 こうなっては乃蒼に一切を委ねるしかない。

 身じろぎでもしようものなら乃蒼の手元が狂って大惨事、なんてことも考えられる。


 大人しく耳かきされるのは周り回って自分のため。

 断じて耳かきの気持ちよさに懐柔されたわけではない。


 ……それはそれとして、気持ちいいのは認めるけど。


「……こんなものですかね。いっぱい取れて、綺麗になりましたよ。見ます?」

「見ない」

「そうですか。それでは反対――の前に、アレもしましょう」


 アレ?

 他にやることなんてあったか?


 などと思っていた直後、微かに息を吸い込む気配があって。


 ふぅーーっ、と。


 耳に吹きかけられた吐息。

 背が意思とは関係なく震え、身が縮む。


「耳かきの最後に耳ふーは欠かせませんよね」

「……一体どこで覚えてきたんだ?」

「一般教養ですよ」


 んなわけあるか、とは言えず、ため息を一つ。


 確かにまあ、ないよりある方がいいのかもしれない、とは思うけど。


「これで左は終わりです。さ、ごろんと反対を向いてください」

「ん、わかった――」


 それならと身体を一旦起こそうとしたが、乃蒼の手がそれを阻む。


「ご主人様。ごろんと、反対を、向いてください」


 謎の圧力。

 ぶつ切りにされた言葉がそれを加速させている。


「それだと顔が乃蒼のお腹を向くことになるんだが」

「何か問題が?」

「…………」


 いざ聞かれると返答に困る。


 俺が考える理由は全て乃蒼からすると問題ないため、伝えたところで意味はなく。

 その上、吸血鬼の身体能力で押さえつけられては、起き上がることも叶わない。


 つまるところ、俺は膝の上で寝返りを打つしかないわけだ。


「顔、赤いですね」

「……仕方ないだろ」

「そういうところも可愛いです」


 満足げに笑って、またしても頭を撫でる乃蒼。


 あー……ダメだこれ。

 完全に乃蒼にペースを握られている。


 致し方なく、なるべく意識しないまま身体を反転。

 頭の位置を調整しつつ、お腹側に近づきすぎない場所を陣取り、目を閉じる。


「聞き分けがいいご主人様は好きですよ。もっとも、聞き分けが悪くても好きですが」

「……そうかい」


 今日のところは負けを認めて、乃蒼のやりたいようにさせておこう。


 消化不良です、とか言って風呂場に乱入されるよりは遥かにマシだ。

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