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お隣の吸血鬼は俺の血が欲しいだけ~毎日お世話をされて、時々血を吸われるお隣生活~  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第25話 不可抗力と言い張ったら信じてもらえますか?

「隠岐も先生も大袈裟……とは言えないか」


 誰もいなくなった保健室のベッドに仰向けに寝転がったまま呟く。


 体育の授業中に事故で頭を打った俺は、隠岐に付き添われて保健室を訪れていた。

 養護教諭にも診てもらったが、目立った外傷はないらしい。

 しかし、頭を打ったのなら安静にしておいた方がいいとのことで、こうして休むことになったわけだ。


「……ちょっとくらくらするけど、授業を休むのはなあ」


 体育は無理でも座学なら問題ないと思う。

 出ようとしたら隠岐に「心配だからやめて」と止められたけど。


 なので、しばらくはここで休むしかない。


「折角だからひと眠りしておこう。他にすることも、出来ることもないし」


 加湿器の駆動音、壁掛け時計の針がちくたくと時間を刻む音が眠気を誘う。


 瞼を閉じる。

 枕とベッドに身を委ねれば、徐々に意識が朧気になり――



 ふに、と頬をなにかが触れる感触。

 おもむろに瞼を上げていくと、どういうわけか傍に座っていた乃蒼が俺を見下ろしているのが窺えた。


 乃蒼の手が俺の顔に伸びていたことから、頬を触っていたのが乃蒼なのだろう。

 ……なんで触っていたのかはわからないけど。


「――起こしてしまいましたか、すみません」


 穏やかな表情を浮かべる乃蒼に、安心してしまう自分がいた。


「……乃蒼? どうしてここに」

「放課後なので様子を見に来たんです」

「もうそんな時間か……思ったより寝ていたんだな」

「ぐっすりでしたよ。寝顔、可愛かったです」

「……男の寝顔なんて見て楽しいかね」

「灯里さんのなら楽しいですよ。楽しすぎて頬っぺたも触ってしまいましたし」


 妙につやつやとした表情で口にする乃蒼。

 寝顔を見るのも頬を触るのもいいけどさ……本当に楽しかったみたいな表情をされると微妙な気持ちになってしまう。


 その手のボディタッチは正直、かなり効く。

 好意と信頼がなければしないことだ。

 乃蒼は誰にでもそういうことをしないだろうし。


 前に背中を流しますとか言って風呂に入ってきたのは対価の奉仕として納得しよう。

 けど、これは完全に日常の行動で、乃蒼が望んでしたこと。


「もちろん、灯里さんにしかしませんよ?」

「……乃蒼って意外とあざといよなあ」

「女の子はそういう生き物なのですよ」


 くすりと笑う乃蒼をよそに、ひとまず身体を起こしておく。

 頭に痛みはない。

 ひとまず安心かと思っていると、乃蒼が「そうだ」と呟いて。


「それよりも頭を打ったのですよね。お怪我はなかったですか」

「多分大丈夫だ」

「……なんですかその煮え切らない返事は」

「目立った傷がないから何とも言えない。たんこぶも……できてない、はず」

「傷がないから大丈夫ではないのですが、たんこぶの有無は確かめてみましょう」


 俺が断るよりも先に、頭へ乃蒼の手が伸びてくる。


 そっと撫でるような手つき。

 髪が指で梳かれ、その後で頭の形を確かめるように手を這わせた。


「たんこぶはありませんね」

「そりゃあよかった」


 乃蒼の言う通りたんこぶがないから怪我がない、とはならないけども、たんこぶがないのは喜ぶべきだ。

 たんこぶが出来ると寝にくいからな。


 などと考えている間も、乃蒼の手は俺の頭を離れてくれない。

 等間隔で髪を梳き、毛先を弄り、満足そうに微笑む。


「……いつまで髪を梳いているつもりで?」

「許されるならいつまでも触っていたいですね」

「触り心地がいいとは思えないけど」

「私の髪とは全然違ってちょっと硬いですけど、これはこれでいいものです」


 ……まあ、楽しそうならいいか。

 髪は触られても減らないし。


「等価交換がお望みなら私の髪も触ってみますか?」

「……髪は女の命って言葉もあるけど」

「血が必要という意味なら私は既に灯里さんに命を握られていますので、髪を触られるくらいはなんともありませんね」


 その理屈を持ち出されると反論できない。

 後は俺の判断次第だが、乃蒼はどうぞと言わんばかりに微笑んでいる。


 今一度、乃蒼の髪を見てみる。


 透き通るような、白にほど近い銀色の髪。

 腰まである長さのそれは毎日丁寧にケアしているのだろう。

 とても艶やかで枝毛の一つも見当たらないうえにサラサラだ。


 ……ちょっとだけ触ってみたい気持ちは、ある。

 あるけど、本当に触っていいのか?


「なにやら遠慮している気がしますね」

「いくら触っていいって言われても遠慮はするだろ」

「では、触ってもらうという形で一つ」


 乃蒼が言うなり、上履きを脱いでベッドに上がってくる。

 ぎぃ、と軋む金具の音。

 間隣で寄りかかるように腰を落ち着け、俺の手を自分の髪へ引き込み――


「どうですか?」

「…………すっごいさらさらなのにつやつやで、すごい」

「そう言っていただけると毎日欠かさずケアをしている甲斐がありますね」


 俺が触った感想をそのまま伝えれば心底嬉しそうに微笑む。


 ……乃蒼からの信頼が厚すぎて、応えられているのか不安になってくるな。


「……人に髪を触ってもらう経験は初めてですが、思いのほかいいものですね。触っているのが灯里さんだからかもしれませんけど」

「またそういうことを平然と……家ならともかく、まだ学校だぞ?」

「保健室に来た時に誰もいないのは確認していますし、ベッドも仕切りが閉まっています。もし誰かが入ってきてもドアが開く音で――っ」


 なんて言ってる傍からドアが開き、足音が保健室に響いた。


 すると、乃蒼が「ごめんなさい」と小声で口にし、俺がかけていた布団の中へ潜りこんできた。

 身を隠すためで、この場で隠れられる場所がここしかないのは理解できる。

 けれど、中々に際どい行動なだけに声を漏らしそうになるも、なんとか堪えた。


「遠坂くん、起きてる?」


 仕切り越しに賭けられたちょっと低い大人の女性の声は養護教諭のもの。


「あ、はい。さっき起きました」

「そう、よかった。眩暈とか、変な感じはしない?」

「今のところ大丈夫です」

「よかったわ。でも、もし少しでも変だったらすぐに病院に行くのよ」

「そうします」

「よろしい。これから会議でいなくなるから、戸締りだけ頼むわ。鍵は机に置いておくから、使ったら職員室に返しに来てちょうだい」


 施錠のお願いに「わかりました」と答えれば、養護教諭は鍵を置いて保健室を出て行った。


 そして、数秒ほど間を置いて、掛け布団から乃蒼が顔だけをひょっこり出してくる。


「……びっくりして咄嗟に布団の中に隠れてしまいました」

「びっくりしたのはこっちだ。バレなかったからいいものの……誰もいない保健室でそんなことになってたらあらぬ誤解をされる」

「…………そうですね。素知らぬ顔で出ていた方がリスクは少なかったかもしれません。灯里さんの様子を見に来たのも隣の席で心配だったから、とか言っておけば怪しまれないでしょうし」

「その割に満足そうな顔だけど」

「………………何のことでしょうね」


 盛大に視線を逸らす乃蒼。

 照れ隠しなのだろう、頬はほんのり赤い。


 その理由にも検討はついている。


「どさくさに紛れて自分のフェチを満たす優等生……ねえ」

「……不可抗力と言い張ったら信じてもらえますか?」

「感想を正直に教えてくれたら考えないでもない」


 自滅になりかねないと思いながらも興味本位で聞いてみれば、乃蒼が真面目な顔で考え始めて。


「大変落ち着くいい匂いと灯里さんの温もりが素晴らしくて咄嗟に間違った判断をした自分に感謝しています」

「有罪」


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