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お隣の吸血鬼は俺の血が欲しいだけ~毎日お世話をされて、時々血を吸われるお隣生活~  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第23話 死なばもろとも

「……………………」

「……乃蒼。俺は本当に気にしてないからさ」

「…………その優しさが今だけは傷に染みます」


 帰宅後のこと。


 乃蒼はいつも通り部屋には来たものの、完全に意気消沈してしまっていた。

 原因は言わずもがな、昼休みのアレだろう。


 気にしていないと言ったものの嫌悪や拒否感を抱いていないだけの話であって、この数時間で忘れるには衝撃的過ぎる体験だった。


 しかし、誰よりも心に傷を負ったのは乃蒼本人だろう。


 紛れもない痴態を晒したのは揺るがない事実。

 いくら俺に血の対価として人生全て捧げてもいいと言っていても、それを見られるのが恥ずかしくないわけもなく。


「灯里さんに気を使わせていることは重々承知していますし、意味もない後悔なのもわかっています。早く立ち直らないと灯里さんに余計ご迷惑をかけることも。ですが……理解していても、どうしようもないものはあるんです」


 はぁぁ、と深いため息が乃蒼から零れる。

 それだけで乃蒼の心情が察せられるというもの。

 下手な言葉は余計なダメージになりかねない……とわかっているが、この空気のまま過ごすのは荷が重い。


 まずは事情を聞いてみるべきか。

 冷静になった今、改めて状況を振り返れば乃蒼も落としどころを見つけられるかもしれない。


「悪気はなかったんだろ?」

「……それすらわからないから困っているんです」


 漫画ならコマの中に「ずーん」などと効果音が書き込まれていそうな沈痛とした面持ちで俯く姿は、とてもじゃないが見ていられない。

 相当な重症だ。


 あの瞬間、乃蒼は完全に理性の制御下を離れていた。

 だから起きた悲劇であり、原因は吸血による発情であることは明白。


 ――で、あるならば。


「あんまり自分を責めないでくれ。悪気以前に、吸血の後だと理性も怪しいはずだ」

「……あんなことをしていい言い訳にはなりません。隠れなきゃと思って灯里さんに飛びついてしまったんですから。そこまでしなくても廊下からは視線が通らず、音を出さなければ気づかれることもないはずなのに」

「結果的にはバレなかったわけだし過度に気にしなくても――」

「話がそれだけで終わったらそうかもしれませんね」


 自嘲気味に呟きながら顔を逸らされる。

 絶対に目を合わせたくないらしい。

 合わせる顔がない心境なのは理解しているけど。


「……吸血の後って、そうなる(・・・・)じゃないですか」

「そうだな」

「そのせいだと思いたいんですけど、灯里さんに抱き着くようにして隠れた時に……男性的な匂いを感じてしまって」

「ちょっと待ってそれは俺も話が違う。(くさ)いか……?」


 何故か横顔を朱に染めた乃蒼の発言に途方もない危機感を覚える。

 臭いは本当に洒落にならない。

 乃蒼から言及された以上は流石にケアに取り組むべきかと思ったのだが「そうではなくて」と止められた。


(くさ)いわけではなくてむしろいい匂いというか、変に癖になる匂いで……吸血後のアレと重なった結果、止めるに止められなくなってしまって――」


 蚊が鳴くような声で告げられたのは、受け止め方に困る感想で。


 ……。

 …………。

 ………………なるほど?


 数秒ほどの思考停止を経て現実に復帰するも、頭の中は疑問符ばかりが埋め尽くす。


 ……えーっと、つまりだな。


 俺の匂いは臭くなく、乃蒼はいい匂いだと感じていて、だから抱き着くのも止められずに行くところまで行ってしまった……と。


「あのさ」

「…………」

「遠回しに乃蒼の性癖を教えられていたりする?」

「違いま――っ、……違わないかも、しれませんね」


 最初は否定しようとしていたが分が悪いと悟ったのか、肯定も否定もしない曖昧な返答をする。

 そこはきっぱり否定して欲しかったな……俺の心情的に。


 ……乃蒼は匂いフェチかぁ。


「……どんな匂いでもいいわけじゃなくて、灯里さんだからかと」

「またしても問題発言になりうる爆弾が投下された気が」

「吸血鬼という存在の特性上、定期的に血を貰う相手を拒絶したら飢え死ぬじゃないですか。そうならないように感覚の適正化がされた結果だと思います」


 真っ当っぽい理屈ではあるものの、直前の会話に引きずられて半分くらい言い訳の意図があるようにしか聞こえない。

 あの件に対して怒ってはいないからいいんだけどさ。


 ……怒っていないだけで、別の問題が発生しつつあったのは認めるけど。


「てことは、やっぱり悪気はなかったってことになるだろ」

「……そう思えたら苦労しません」

「前に風呂に押し入ってきたときの方がよっぽどアレだったと思うんだが」

「でも灯里さんもまんざらじゃなさそうでした。……思い返せば、今日も私を突き放すどころか抱きしめ返していたような」

「明らかに様子がおかしかった乃蒼を宥めるためで深い意味はない」

「……様子がおかしかったのは認めますけど、正直灯里さんに背中を撫でられたことで加速した部分もあると――今のは忘れてくださいっ」


 触れてはまずい部分に自分から踏み入ったのを取り消すためか訂正を入れるも、既に遅いのではと思ってしまう。

 それは遠回しな自白……もとい、自爆と同じだ。


「はしたない女だと思いましたよね」

「気にしてないから落ち着けって」

「落ち着いていられません……男性、よりにもよって灯里さんを使ってしてしまったのと同じなんですよ? 逆の立場なら耐えられます? 無理ですよね?」

「いやまあ……それはそうかもしれないけど、吸血後のアレを知っていても協力してる時点で今更だと思うのは俺だけか?」


 そうしないと解消されない欲求なら考えるだけ無駄だと割り切ってしまうのは乃蒼の立場に立っていないからだろうか。


 そう聞けば、乃蒼はじっくりと考える素振りを見せ、その末に顔を上げる。


「――つまり、灯里さんの恥ずかしいところも見れば万事解決ですね」

「……なんでそうなる?」

「私だけが恥ずかしい姿を見せているのは不平等です。灯里さんの恥ずかしい姿も見ないと割に合いません。むしろ見せ合いなら望むところと言いますか、灯里さんにも利がある話だと思いますし」

「なんの利だよいやそういうことなのは流石にわかるけども乃蒼は嫌じゃないのかよ」

「死なばもろとも、という言葉があります。そもそも私は灯里さんに見せるのは構わないと思っていますし」

「だったら今回のことは気にしなくていいのでは……?」

「吸血後で発情している状態を見られるのと自分の意思で見せるのは違うんです!」


 熱弁するのはいいけど、それでいいのか?


「まずは既成事実……は気が早過ぎるので、とりあえずお風呂で裸の付き合いでもしましょうか」

「おいやめろ暴走するな流石にそれは止めるぞ??」

「では、水着着用で我慢します」

「それはそれで話が変わってくる気が」

「いいじゃないですか減るわけじゃありませんし」

「精神力は間違いなく擦り減るぞ、お互いに」


 あと、この会話も後で死ぬほど後悔するぞ。

 間違いなく酔っているだろうから。


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