表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/65

第四十三話 死ぬなよ

 ザーザザザーッ……

 ザー……ッ


 ゆっくりと海水が砂を撫でる音。

 太陽も少しずつ海の底に吸い込まれていく様に沈んでゆく。

 潮風が優しく鼻をくすぐった。

 パシャパシャッと近くで水を跳ねる音が聞こえ、ラヴィは視線をそちらに動かした。



「そろそろ暗くなりそうですし、帰りましょうか?」


 ラヴィにそう尋ねられ、エリーゼはどこまでも広がるアオの先を見つめていた。


「……海の冷たさも、潮風の香りも今まで気にも留めなかった」


 エリーゼは唐突にそう呟いた。

 ラヴィは大判のストールを広げ、エリーゼに近付くと肩にストール掛けてあげた。


「私は今、この世界に《《生み出されてきて》》よかったと心から思える様になったのかもしれない。

ずっと何も色のない風景としか認識してなかったから……

彼に捕らえられ、君に出会って、私は最後にこの風景を見ることができてよかった。

過ぎていくこの時間がこんなにも温かく、目に映るすべてが美しいと愛しい

と感じる……不思議だな、本当に」


 エリーゼは目を細めると、微笑んだ。


「……」


 ラヴィは眉を下げ、俯くと、唇をキュと噤んだ。

 エリーゼはラヴィの方に振り向くと、手を伸ばし、ラヴィの手を握った。

 そして、自身の大きくなった腹にラヴィの手を添えた。

 ラヴィは驚くと、エリーゼの方に顔を向けた。


「そんな泣きそうな顔をしないでくれ。

この子も悲しいと感じ取ってしまうかもしれないよ?

あ…っ、今動いたんじゃないか?」


 エリーゼは嬉しそうに笑うと、ラヴィの頬にもう片方の手を添えた。


「君は私の隣で一緒に道を歩んでくれた愛しい人。

君が私にくれた《《すべて》》を、今度はこの子に与えてくれ」

「……絶対に守ると誓うよ」


 先程まで吹いていた潮風が止まり、波も静かになる。


「ふふっ、なんだか蒸し暑くなってきたな。

風が無いからかな?」


 ラヴィはあぁ、それはですね、と口を開いた。


「多分、夕凪ユウナギですね。

海と陸の気温差の違いで風向きが変わるタイミングで無風の状態になることがあるって聞いたことがあります」

「……穏やかだな。

そうだラヴィ、この子の名前を夕凪にしてもいいかい?

その名前が良いって今、言われた気がするんだよ、この子に」


 エリーゼは自身の大きな腹を優しく撫でた。


「じゃあ、夕凪と書いて《《ユウナ》》と名付けます。

……夕凪、君に会えるのをエリーゼと共に待っているよ」


 ラヴィはそう言い、微笑んだ。



◇◇◇◇◇


 少し前のそんな些細な出来事をふとラヴィは唐突に思い出すと、ふっと笑った。


 あの日見た青い空も海も今では《《赤》》に染まっていた。


 血と糞尿の匂い。

 泣き叫ぶ声と痛みを訴えるような声がいたるところから聞こえる。

 ラヴィはデッドの首を刀で斬ると、デッドの首は地面に転がり落ちる。

 続いてラヴィは刃をデッドの頭に突き刺した。

 すると切り離された首から下の胴体は力を失ったように崩れ落ちた。


「はぁ、はぁ……ッ」


 ラヴィは浅く呼吸をすると、周りをもう一度見渡した。

 先生に刀を受け継いでから意思を継ぎ、ラヴィは退魔師として鍛錬をし続けた。

 今では雨宮と肩を並べられるような実力になっていた。

 死んでもなお血肉を求め、這いずりまわる人食い化けモノ《《リビングデッド》》は心臓が動いていない為に脳を破壊しなくては、動きを止めることが出来ない。

 これまで退魔師として、デッドを対象とした案件は対応をしたことがあった。

 その為、混乱することなく対処が迅速にできるが、今回はデッドの撃退はもちろんのことデッドになっていない大量の人間の救助と避難をラヴィ一人が行わなければいけない状況だった。

 街の中を走り続け、刀を振るい、矢を放つ。

 デッドを何体倒したのか、その中で何人もの死体を見たのか今はもう解らない。


「っ……!」


 動悸がずっと続き、息を吸っても吐いても肺が鈍く痛む。

 ぽたぽたっと額から伝うように汗が流れると、地面に落ちた。

 ラヴィは刀を握り直すと、足を動かした。


「いやぁぁぁぁ!

死にたくない!! いやだぁ! 」


 声が聞こえる方に視線を向けると、頭を抱え、しゃがんでいる子供がいた。

 子供の目の前には腕が異常な程赤黒く伸びたデッドがおり、子供にその腕を振り落とそうとしていた。

 ラヴィは弦を引くと、矢を放った。

 矢はデッドの頭の中心を突き刺さると、デッドは倒れた。


「……はぁ、ふぅ。 君、大丈夫……?」

「いやだっ!!

近づかないで!! うわぁぁぁぁーお母さん……お父さん!!」


 子供は混乱しているのか差し出されたラヴィの手を振り払うと、膝に顔を埋め、泣き出した。


「……両親と離れ離れになったのか。

そうか……っ

君、ここに居たらまたさっきみたいな奴に襲われるかもしれない。

だから、ここから北に進むんだ。

そっちに君と同じような人も行くように伝えているから、そこに行くんだ。

大丈夫、北側の化物達は倒してきてる。

もし居たとしても身を隠せる場所が多いだろうから……」

「やだ……!

怖いもん……!! ここ動きたくない!!」


 子供はそう叫ぶと、また顔を埋めた。

 ラヴィは困ったように、眉を下げた。

 

 このままこの子供を置いていけばデッドにまた襲われる可能性が高いが、ラヴィが此処に留まるわけにいかなかった。

 この先にもデッドがおり、まだ生きている人間がいるかもしれない。

 その人達を皆殺しになど出来ない。

 ラヴィは考えを頭の中で巡らせた。


「この少年は我々に任せてください。

ラヴィ・アンダーグレイさん」


 そう声が後ろから聞こえ、反射的にラヴィは刀を後ろの人物に向けてしまった。

 後ろにはツインテールの少女と歯車の様な髪飾りをした少女が立っていた。

 歯車の様な髪飾りをした少女は驚いたような顔をせず、口を開いた。


「……いきなり声をかけて申し訳ございません。

チガネと申します。

私どもはノアの箱舟に派遣された退魔師です」

「ノアの……箱舟に?」

「説明している時間が無い為申し訳ないですが、簡潔に言います。

今起こっていることは此処以外でも起こっておりまして、まぁ、ここまで街一つを埋め尽くすようなデッドの出現は初めてですが……

私共の他にも何十人かこの場に派遣されています。

此処については安心して任せてください。

ラヴィ・アンダーグレイさんは急いでお仲間である雨宮さん達の元へ。

いきなりこんなこと言われても戸惑うかもしれませんが、今は私共を信じて頂いてもらうことしか出来ません」


 チガネの言葉にラヴィはどう答えるか躊躇していると、チガネの後ろで鎖を手でぐるぐると回していたツインテールの少女がラヴィの方にウインクした。


「しんぱぁーいしなくてもぅ、貴方達の知ってるぅジュライ? っていう神父もいるから信用していいよぉ~」


 少女はそう言うと、鎖のついた鎌をこちらに向かってきた数人のデッドに向かって投げた。

 投げた鎌はデッドの眉上をなぞる様に斬ると、少女に向かって戻って来た。

斬られた箇所から脳の中身が零れ落ちてゆき、デッドの歩みが少しずつ止まっていく。


「……わかった。ここは君たちに任せる。

気になることはあるけれど、それは君たちに依頼したノアの箱舟の人物にでも聞くよ」


 ラヴィは雨宮達が居る屋敷に向かって、歩みを進めた。



◇◇◇◇◇◇◇


 19×3年 12月××日   PM23時45分




 私の予想が当たっているかは判らないが、もしこの予想が事実になってしまったらと考えが過ぎり、ここに記そうと考えた。


 ×××のことは残念に思う。


 私が君達のこと、そしてエリーゼ・クロフォードという美しい吸血鬼の最後を知ったのはあの出来事が何年も過ぎた後だった。

 あのとき、力になることが出来なかったこと、この場で申し訳ないが謝罪したい。

 申し訳なかった。


 さて、本題に入ろうと思う。

 私はずっと何故、カイン・クロフォードがエリーゼ・クロフォードが捕えられていることを長い期間知りえていなかったのかを疑問に思っていた。


 そう思っていたのは私だけではない。

 私の恩人であり、師である×××は既に疑問を私に呈していたからだ。


 当時、私はカイン・クロフォードを捕らえたことに安堵と歓喜をしていた為にそれについて気にも留めていなかった。

 今思うと、とても未熟な精神をしていたと思う。


 ×××と同じ疑問を当時抱いていたのならば、もしかしたらあの出来事を未然に防げていたのかもしれない。今になっては判らないが……






 19××年 03月 15日 AM 02時00分



 此処に綴ったものを、《《彼ら》》に渡してはいけない。

 私はやはり確信に近付いてしまっていた。


 妻の身体を使い、使役する悪魔が忠告してきた。

 その悪魔もきっとあの場にいたのかもしれない……


 これは私が持っていては危険だ。知られているからだ。

 息子、そしてこの先、生まれてくる子孫達に託していこうと思う。


 この時になって最低だが妻が大勢いたお陰で、この本を上手く隠していけることができると感謝することになった。


 託した息子には自身の子供ではなく、違う子供に託すようにと。


 そしてその子供にも託すときは違う子供に渡していくように伝えようと思う。

 そうすれば少しでも長くこの本が守られていくだろう。


 しかし、彼らをそう上手く撒けるとは思っていない。

 だから、万が一のことを考え、本が渡されぬことがない様に使役している血の精霊の力を保険としてこの本にかけておこう。



 私はやはり酷い人間だ。



◇◇◇◇◇◇◇


 ラヴィが屋敷に着くと、建物は火の手があがっており、デッドが蠢く影も見える。



「ラヴィ!!」


 そう雨宮の声がすると、世釋を抱えた雨宮がラヴィのところに向かってきていた。


「雨宮……!」

「その様子だと町の方も同じようにデッドがいるみたいだな。

屋敷の使用人達は生きれる奴らはもう逃がしてあるから心配しなくていい。

エリーゼもメイドの1人に任して、一緒に逃げてもらったから心配すんな」

「……ありがとう、雨宮」

「最古の純血吸血鬼と言っても、今は俺らみたいに人間に近いからな。

あと、子供も腹の中にいるし……だから、当たり前のことをしただけだから礼なんていらねぇよ」


 雨宮はニッとラヴィに笑顔を向けた。

 ラヴィは雨宮へ笑みを返すと、すぐに考えを巡らす。


 彼女は拳銃で自身の頭を撃ち抜く前に言っていた。


 1つは心臓

 2つはエリーゼ様の血液

 3つはキャンディー


―……そして、これで私の役目は終わりです。さようなら、と。


 彼女の言葉の意味を正直に受け取ると、心臓は世釋の中にあるカイン・クロフォードの心臓のことを示しているのだろう。

 エリーゼ・クロフォードの血液。それは世釋が食事の為に飲んでいたエリーゼ・クロフォードの血液だと言うなら当てはまる。


「キャンディー……?」


 ラヴィはそう呟くと、眉を寄せた。


 キャンディーが分からない。


 正確に言えばどのキャンディーが彼女の言ったキャンディーなのかがラヴィには分からないと言った方が正しい。

 今までどれだけキャンディーを世釋が含んだかも意識してラヴィは記憶していない。

 しかし現在になるまで世釋の様子に異変等ラヴィは勿論のこと雨宮からも聞いたこともない。


「キャンディーがなんだって……?

それよりも世釋が危険な状態なんだよ!」


 雨宮の声にハッとすると、ラヴィは世釋の方に視線を向けた。

 世釋は苦しそうに胸を抑えている。

 ヒューヒューと苦しそうな呼吸音もする。


「デッドが現れて、使用人、女共々逃がした後に突然苦しみ出して……次の瞬間に黒い血を吐いたんだ。

それで……」


 雨宮は渋った様な顔をし、次の言葉を出すのに躊躇する。


「……いい。言ってくれ」


 ラヴィは雨宮を真っすぐ見つけると、雨宮は口を開いた。


「……カイン・クロフォードがその黒い血の中から現れた。

あとは見ての通り、世釋を抱えたまま対処できなくて、建物に火薬数個放り込んで、全速力で外まで逃げてきたんだよ。

敵に背を向け、尻尾巻いて逃げるって……流石に笑うしかねぇな」

「世釋が吐いた血の中から出てきたっていうの?」

「カイン・クロフォードなのは確かだと思うけど、黒い血がこう、形を作った何かというか、姿は人間じゃないというか……」


 雨宮は眉間に皺を寄せ、唸りながらラヴィに伝えていたが、遂にあぁ!と頭を手で掻きむしった。


「上手く説明が出来ないんだけどさ。とりあえず先生と俺らが対峙したカイン・クロフォードじゃないのは確かだとしか言えねぇ! 」


 雨宮はそう言うと、深い溜息をついた。

 ラヴィは世釋の額にこびり付いた髪を手で払ってあげると、世釋は安心した様にほほ笑んだ。


「人型をしてないっていうこと?

って今そんなこと追求しても仕方ないよね。

復活したことに驚きはしてないよ、今回会って来た元研究員が関わってたらしいからね」

「うわっ、本当かよ。

だから冷静なのね、お前は」

「戸惑い過ぎて逆に冷静に見えるだけだよ。

世釋、無理して喋ろうとしなくていい。

だけど、今から確認することにリアクションだけはしてもらっていい? 」


 世釋は小さく頷いた。


「胸の苦しみはさっきと変わらない? 

俺達に気を使って嘘は言わず、正直に答えていいからね」


 世釋は首を振るった。


「そう、よかった。

他に手が動かないとか、足が動かないとか何か痛む場所とかある?」


 世釋は首を振るうと「……吐いたときは気持ち悪かったけれど、もう何ともないよ」と小さく呟き、手と足を動かした。


「……あの日、看護師に貰ったキャンディーだけど、全部食べたかい?」


 何故ラヴィがそのキャンディーについて確認しようと思ったのかは、

 言葉にしたラヴィ自身も判らなかったが、世釋は首を振った。

 そして口をもごっと動かした。


「あの……キャンディ、舐めてたら段々変な味がしてきたから捨てちゃっ……た。

怒られると思って……言えなかったんだ」

「そうか。

その変な味っていうのは苦い味? それとも血の味? 」


 苦い味に世釋は首を振り、血の味にも首を振った。


「甘い味……でも、いつもみたいな味じゃなくて……僕、多分《《コレ》》が欲しかっ」


 世釋の声を遮る様に、火の手が上がっていた建物から爆発音がする。


「……ははっ、おでましみたいだぜラヴィ」


 雨宮はそう言うと、腰に下がるホルスターに入った銃を取り出す。

 燃え盛る建物からゆらりゆらりと人型の影が揺れ、少しずつこちらに近付いてきている。


「……デッドの数は確認できる範囲で二ー、四―、……五○匹くらいかな?

それかそれ以上か」


 ラヴィはふぅと一息ついた。


「一応放り込んだ火薬が爆発して数匹は巻き込まれてたと願いたいが。

どこから湧いてくるんだかな」

「あのデッドの中にカイン・クロフォードも紛れ込んでるかは流石にわからないか。

世釋、もし少しでも歩けたら振り向かず、逆方向に向かって走れ。

門を越えてなるべくここから遠くへ向かうんだ。

建物があったら、身を隠して。

……大丈夫、俺達も《《すぐに行くから》》」


 不安そうな顔をしていた世釋はラヴィの言葉にこくりと頷く。

 世釋は立ち上がると、ラヴィの言いつけ通りに建物と反対方向に走り出した。

 しばらくすると、ラヴィは隣に立つ雨宮を横目に見る。


「……銃の弾丸の数は?」


 ラヴィの問いに、雨宮は自身の脇腹の方に手を当てた。


「急いでたのもあるから数は正確には把握してないが、半数減らせるよう撃てるくらいはあると思いたいな」

「うーん、大丈夫かな、大丈夫か。

その分、俺が斬ればいい。

カイン・クロフォードの為に弾丸多めに残しておいて。

用心のために」

「了解」


 雨宮はその場でストレッチすると、最後にグッと両腕を頭上に伸ばした。

 ラヴィも腰を低くくし、鞘に触れると足を一歩前に出し、構える姿勢をする。


「……じゃあ、行くよ。雨宮」

「あ、最後になったら後悔したくないから一度だけ俺の事《《兄さん》》って呼んでくれない? 」


 ラヴィは呆れた様な顔を雨宮につけた。


「は? なんでさ」

「いや、世釋にそう呼ばれてるラヴィが羨ましいとは思っててさ……この際ラヴィにでも呼んでもらおうかなと思って。

俺の弟分ですし?」

「……やだよ。っていうか、最後とか言うなよ! あほ雨宮」


 ラヴィはそっぽを向くと、雨宮は笑った。


「冗談だよ、少し弱気になっただけ。

……死ぬなよ、ラヴィ」

「そっくりそのまま返すよ、雨宮」


 デッドの大群の中に、不気味に笑うカイン・クロフォードの姿を確認すると、ラヴィ達は前進した。




◇◇◇◇◇◇◇



 197×年  書斎にて。


 ドアをノックする音が聞こえると、扉が少し開き女性が顔を出した。


「まぁ、また書斎の机で寝てしまっているわ。仕方がない旦那様だこと」


 女性は溜息をつくと、書斎の机で寝息をたてる男の背に毛布を掛けた。

 そして、書斎の上に広がるモノを一つずつじっくりと見渡す。



「……こいつではないみたいね。

あのジジィめ子孫が多すぎて誰が持ってるのかわからないんだよ。

はぁ、本の表紙も変わってるのなら厄介だな……」

「お母様?」


 後ろから声がすると、女性はハッとすると笑顔を作ると振り向いた。


「…あら、どうしたのリオ、眠れなかったの?」

「ううん。ちょっとおトイレに行きたくて……」


 リオは首をフルフルと横に振ると、両手で服の裾をギュッと握りしめた。


「……おトイレね。お父様、また書斎で寝てしまったみたいなの。

本当に仕方がない方ね……そういう抜けているところが他と比べて探り易かったのだけれど……うん? あら、リオ《《どうしたの》》?」


 リオは母親の足にしがみつくと、顔を埋めた。


「お母様、時々違うみたい。

でも、今はいつものお母様だわ……」

「またこの子は不思議なこと言って……さぁ、もう夜も遅いし、寝室に一緒に行きましょう」

「ねぇ、お母様。

寝るまで絵本読んでー」

「ええ、いいわよ」


 書斎の扉はゆっくりと閉じられた。

 先程まで机に顔を伏せていた男は起き上がると、鍵の掛かった机の引き出しを開けた。


「ルイシャまでも憑りつかれたか。魔女の血が薄ければ憑かれる確率は低いと思ったが……急がなくてはいけないな」


 男は引き出しから取り出した本を、手でなぞると目を閉じた。


「これは、我々の一族の原罪の書だ。

……しかし、保管し続けなければいけないのだ。

そう、叔父上も言っていた」


 本の表紙は先程まで深い緑色をしていたが、じわじわと手をかざしたところから色を変え、白い本になった。


「メアリーは自身の腹の子に瞳を受け継ぐと言っていた。

私は……娘のリオに渡そう。

他の者は狂い始めてしまっている……何か違うモノが動いているのか?

きっと娘でも平気なはずだ……私には娘に託すしかない。

《《娘しか残っていない》》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ