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エピソードⅠ 楽園 (リリィ過去編)

物心ついた頃から親は居なかった。顔さえも覚えていない。そういう子供が此処には沢山いた。

 でも、寂しさなんて感じなかった。

 これは私が道化師になった物語。



◇◇◇◇◇◇◇◇




「……ィ、リリィ起きて」

「……んー」


 体を揺さぶられ、リリィは重たい瞼をゆっくりと開いた。

 外からは小鳥の声が聞こえ、太陽の光が優しく室内を包み込んでいた。

 長い白髪を、後ろでお団子の様に纏めた少年はリリィの顔を覗き込んでいた。


「ユキちゃん、おはよう……」

「うん、おはよう。

ほら、また変なところに寝ぐせ付いてるよ? 」


 ユキノにそう指摘され、寝ている間に枕によって崩れ、固化してしまった自身の毛髪をリリィは手で触った。

 一部分だけ重力に逆らっている。


「……いいよ別に。

多少はねてても短いから気にならないし」

「またそんなこと言って……リリィは女の子なんだからね。

朝食終わったら直してあげるね」


 そう言うとユキノはリリィの頭を撫でた。

 リリィは少し赤くなると俯く。


「ユキ兄、リリィ早く行こうよー!

今日のデザートプリンなんだから!! 」 


 ドアの影から頬を膨らませた真緒が少し顔を出すと、ユキノとリリィを急かした。


「はは、ごめんごめん真緒。

じゃあ、行こうかリリィ」


 真緒は駆け足で階段を下りていくと、自分の朝食が置かれた席に座った。

 待ちきれないのかソワソワと周りを見ていた。

 続いてユキノ、リリィが席に着く。


 ―――此処には孤児しかいない。

 大人はマザーと呼ばれる女性と姿は見たことはないが朝・昼・晩と料理を作っている調理師のみである。

 それも此処には普通の子供は一人もいない。

 絵本に出てくる怪物の子だけの特別な楽園。


「皆さん、席に着きましたね?」


 そう言うとマザーは手を二回ほど叩く。

 先ほどまで賑やかだった子供たちの声が静まる。


「それでは皆さん手を胸に添え、心を落ち着かせましょう。

……主よ、この食事を祝福してください。

体の糧が心の糧となりますように……」


 マザーに続いて子供達も自身の胸に手を添え、目を閉じると口々に祈りを呟く。

 祈りが終わると楽しそうな声が聞こえ始め、食事をする音が響き始めた。

 真緒は大きな口を開くと、厚切りのベーコンにかぶりついた。

 リリィもスープの皿を両手で持つと、一気に口に含み飲み干すと続いてバスケットの中にある白いパンに手を伸ばした。


「リリィ! それ僕が狙ってたパンなのに!!」

「早いもの勝ちです~♪

あ、真緒ちゃん私のソーセージ取らないでよ!!」


 真緒は頬を膨らませるとリリィの皿からソーセージをフォークで刺し、口に放り込んだ。


「モグモグ……僕のソーセージと交換したじゃんかー」

 

 真緒は咀嚼を終えると、むっとした表情をするリリィに満面の笑みを向けた。

 

「こっちのソーセージ方が大きかったのに!!」

「その白いパンだって一番大きくておいしそうだったのに……!!」


 向かい合って座っているリリィと真緒はお互いが一歩も譲らないと睨み合っていた。

 周りの子供達も《《またあの二人か》》といった表情でリリィたちの方を眺めていた。

 見兼ねたユキノはリリィたちに優しく声をかけた。


「ほらほら、二人とも喧嘩しない。

真緒は僕のパンあげるから……リリィもゆっくり食べないと喉に詰まらせるよ?」

「「だって、こいつに取られるから!!」」


 リリィと真緒はお互いを指さすと、また睨み合った。


「ふふ、リリィと真緒はたくさん食べますね。いいことです」


 マザーは三人が座るテーブルに近づいてくると、手を口元に置き、微笑んだ。


「おはようございます。マザー」

「おはよう、ユキノ。

貴方はもう少し食べなくちゃ駄目ですよ?

いつも小食なのだから……」

「僕はこれぐらいで十分お腹が膨れます。

それに二人を見ているの楽しいですから」


 ユキノはそう言い、パンを指で小さく千切ると、口に運んだ。

 

 マザーはここの施設の管理人であり、私達の母親がわりの人間だった。

 私達を自分の子供の様に大切にそして愛情をくれた。

 昔、子宝に恵まれない体だと医者に告げられ、一時は自殺まで考えたようだった。

 でも今のマザーからは本当にそんなことを考えていた人だとは思わないくらい明るくとても優しい。


「そういえば、来月はユキノの十五歳の誕生日ですね。

ユキノどんなものが食べたいかしら?」

「そっか、ユキ兄……十五歳になっちゃうんだっけ」


 真緒は食べる手を止めると俯いた。

 そんな真緒の頭をユキノがぽんぽんと撫でた。


「ずっと会えなくなるわけじゃないよ。

一生の別れじゃないんだから、外に出たらまたフラって会えるよ」


 十五歳の誕生日を迎えたら、子供たちはこの施設から出ていく。

 私達はそれを卒業と言っていた。

 ユキノは来月で十五歳になる。

 ユキノの他にも何人かの子供が卒業を迎え、この施設から旅立っていった。


「そうだよね。

手紙いっぱい書くね! 僕も早く卒業したいなぁ~」

「……真緒ちゃんの前に私が卒業してユキちゃんと会えるもんね~

ほれほれ、よそ見してるとそこのプリン食べちゃうよ~」

「あ、駄目!!

僕のプリン!!」


 真緒は急いでプリンを頬張ると、入れ過ぎたのか咳き込んでいた。

 そんな姿を見て、リリィはお腹を抱え笑い、マザーはほほ笑みながら、優しく真緒の背中をさすった。







「リリィ」


 今日はユキノの誕生日会の為、子供達は装飾に励んでいた。

 リリィも折り紙で作ったレースを壁にテープで張り付けていた。

 ユキノはにこっとほほ笑むと、寝室の方を指さした。


「ちょっとリリィに話したいことがあるのだけど今、大丈夫かな?」

「……うん?

ごめん、ちょっとユキちゃんとお話ししてくるから少しだけお願いね」


 リリィは一緒に作業をしていた男の子にそう声をかけると、ユキノに続いて部屋に入る。

 ユキノは学習机の椅子に腰かけると、リリィは向かい合うようにベットに腰かけた。


「どうしたのユキちゃん?」

「……リリィは何歳になるんだっけ?」

 

 唐突にユキノにそう聞かれ、リリィは少し戸惑った後、自身の両指をひーふーみーと言いながら曲げる。


「えーと……多分今が十だから、五年後にはユキちゃんと同い年になるよ」

「リリィと初めて会った時さ、リリィ凄く警戒してて全然お話すること出来なかったよね」


 リリィは照れくさそうな顔をすると、ユキノに笑い返した。


「はは、みんな敵だと思ってたから。

なんでそう思ってたか忘れちゃったけど……でも、私もユキちゃんに初めて会った時はこんな綺麗な男の子いるんだ!! って思ったよ」

「真緒とすぐに喧嘩になっちゃって、二人とも傷つけてきては僕が手当したっけ……」

「そうだね。

最初はよく喧嘩してたかも。

どっちが強いかとか……女だからって負けたくなかったのかもしれない。

あと、ユキちゃん手当してもらいたい欲しさに?」

 

 ユキノはふっと笑うと、リリィは頬がジワリと熱くなった。


「やっぱりか。

薄々気づいてた……二人とも手当中ニコニコしてるんだもん。

……リリィ、君に頼みがあるんだ」


 ユキノは真剣な顔になると、リリィを見つめる。

 リリィもこくりと頷くとユキノの言葉を待つ。

 ユキノは目を伏せたり唇を少し噛むしぐさをしたが、やっと口を開いた。


「リリィが十五歳の誕生日を迎える前に真緒と一緒にこの施設を抜け出してくれないか?」

「……え?

なんで、だって次の日を迎えたら自然に卒業していくじゃない? どうして……」


 驚いて瞬きを繰り返すリリィにユキノはぐっと膝に置いた拳を握った。


「……今は言えない。必ず迎えに行くから。

頼む、リリィ。

お前たちとは……」

「ユキノ、リリィー?

そろそろ、誕生日会始めるわよー」


 突然マザーの声がし、リリィはびくりと肩を震わせた。

 いつの間にかユキノの誕生日会の準備が終わっていたのかもしれない。

 微かに今日のメインディッシュのポテトグラタンの良い匂いがした。

 ユキノは椅子から立ち上がり、廊下に出ると下の階からこちらを見上げているマザーに笑顔を向けた。


「ごめんなさい、マザー。今、行きます」


 ユキノはそう言うと、まだ部屋の中にいるリリィの方に振り返った。


「布団とかこのまま置いていくね。僕が使ってたベッドの方が奥行きがあるから、リリィ使うといいよ。いつも足曲げて寝てるだろう?」

「……うん、ありがとうユキちゃん。

あ、誕生日おめでとう!」

「ありがとうリリィ」


 ユキノは困った様な照れくさそうな顔をすると、ほほ笑んだ。

 ユキノの誕生日会はとても和やかに終わった。

 真緒は離れたくないとユキノに抱き着いていたが、泣き疲れたのか今はスヤスヤと寝息をたてている。


「明日の朝には出発しちゃうんだよね……?」


 ユキノはスーツケースに荷物を詰めるとジッパーを閉めた。

 そして自身のベッドの端に腰かけるリリィの方に視線を向けた。


「そうだね。皆が寝てる間に出る予定だよ」

「……ねぇ、ユキちゃんさっきの事だけど……っ?」


 ユキノは人差し指を唇に当てると、首を小さく振った。


「……リリィ、髪の毛伸ばすといいよ。

君の髪は月の光に会って綺麗だから……きっと美しいだろうな」

「そう、かな?

じゃあ、伸ばすよ。

今度会うときはユキちゃんが驚くくらい綺麗なお姉さんになってみせるから」

「はは、楽しみだな」

「手紙……真緒ちゃんと一緒に書いて送るね」

「うん、僕も書くよ。

それじゃあ、もう寝よう?

おやすみリリィ」

「うん、おやすみなさいユキちゃん」


 リリィは布団に入ると、瞳を閉じた。

 次に目を覚ますとユキノの使っていた場所は綺麗に整理されており、枕もとに小さなリボンがついた鍵が置いてあった。

 リリィはそれを手に取ると首を傾げた。


「これ、どこの鍵だろう……? あ、」


 リリィは思い出したようにユキノの使っていた学習机の引き出しから木箱を取り出した。

 前にユキノがこれと同じような鍵で開けていたのを見たことがあった。

 リリィがのぞく前に鍵は閉められ中を見ることは出来なかったのだが、ずっと頭の片隅で残っていた。


「もしかしてユキちゃん忘れていっちゃったのかな……?

でも、なんで枕元に……」


 リリィは木箱の鍵穴に鍵を差し込むと、カチャンと小さく音を立て開いた。

 そこには、一冊のノートと一通の便箋が入っていた。

 ユキノの綺麗な字でリリィ宛のものとすぐにわかった。

 続いてリリィはノートのページをめくり始めた。

 読み終わると、木箱に鍵をかけると自身の机の棚の奥にしまい込んだ。


「……ユキちゃん、なんで私に……?」


 リリィはまだ寝息をたて幸せそうに眠る真緒の顔を見ると、鍵に紐を通し、首にかけると服の中に入れた。



「リリィ?」


 リリィは我に返ると、目の前に心配そうに眉を下げるマザーと真緒がいる。


「どうしたのですか? 今日は食があまり進んでいないようだけど……」

「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていて……真緒ちゃん私のデザートあげるよ。はい」


 リリィは真緒にフルーツタルトが入る皿を差し出すと、真緒は怪訝そうな顔をした。


「……なんかリリィ変なものでも食べた?

リリィが僕にデザートくれるなんて……もらうけど!」


 ユキノが施設から卒業し、三か月が経った。

 あれからユキノからの手紙は一度来ている。

 町の工場に手伝いとして住み込みで働かせてもらっていて、みんなとても良い人で毎日楽しく過ごしている。

 施設の事を思い出すととても懐かしい。

 また余裕が出来たら遊びに行くよ。という内容だった。


「……」


 ――ハーメルンの笛吹き男。


 リリィも読んだことがあるグリム童話の挿絵がノートのページに貼りつけられていた。

 最初それをユキノ、真緒と一緒に読み進めたときリリィはとても不安になる物語だと思った。

 読んだのはずっと前のことなので詳しい内容はあまり覚えていないがストーリーの流れは記憶していた。

 ハーメルンという町にはネズミが大繁殖し、人々を悩ませていた。

 そんなある日町に色とりどりの布で作った衣装を着て、不思議な笛を持つ男が現れ、報酬をくれるなら街を荒らしまわるネズミを退治してあげましょうと人々に提案した。

 人々は男に報酬を約束すると男が笛を吹きみるみる内に町じゅうのネズミが男のところに集まっていき、町の外に流れる川に歩いてゆくと、ネズミを残らず溺死させた。

 しかしネズミ退治が済み男が町に戻ってくると、人々は男との約束を破り、報酬を払わなかった。

 笛吹き男はいったん町から姿を消したが、再び現れると住民が教会にいる間に、男は笛を鳴らしながら町の通りを歩いていくと、家から町中の少年少女たちは出てきて男の後に続いて町の外に出てゆき、二度と戻ってこなかったという。

 この施設を卒業していった子供達も誰ひとりとして戻ってきたことがない。

 手紙には同じように余裕が出来たら顔を出す。遊びに行くよ。と書かれていたのを思い出した。

 今までは何の違和感も感じていなかったリリィはユキノの残したノートを見てから、周りの子供たちの様に施設の外から来るその手紙を心から喜ぶことができなかった。

 ぽんと、リリィの肩にマザーの手が置かれた。


「リリィ、何か悩み事があるのなら私が聞きますよ?」

「あ、うん……」

「私はここでは貴方達の母親代わりなんですからね……?

私も相談してもらったらとても嬉しいですから」


 マザーはにこっと笑うと、リリィの頭を撫でた。


「……ありがとう、マザー」


 リリィはそう言い、こくりと頷いた。


「さて、今日は天気がいいですから食事が終わったら、外で遊びましょうか」


 マザーのその提案に子供達は喜びの声をあげると、食事が終わった者から自身の部屋へ向かいそれぞれスケッチ道具や、読書をする子は本を男の子達はボール等を持っていた。リリィと真緒も食器を片付けると、他の子供達と同じく外へ出ていく。


「真緒ーリリィー、かくれんぼしようよ」


 数人の子供達が駆け寄ってくると、輪を作った。


「やろう、やろう!

じゃあ、じゃんけーん……ぽい!」


「あー……僕が鬼だ。じゃあ、十数えるよー? 」

「えー駄目駄目!!

三○

 真緒は鬼になった子にそう言うと、鬼になった子はうーん、と少し考える。


「じゃあ、今日は室内禁止で!!

外だけね。じゃあ……いーち、にーぃ、さーん……」

「リリィどこに隠れる?」


 真緒はリリィにそう言うと、リリィは親指を立て、真緒に向けた。


「じゃあ、真緒ちゃんはあっち、私はこっちに行く。

じゃ、健闘を祈る!!」

「なにそれ……」


 真緒は呆れた様な顔をした後、駆け足で駆けていく。

 すでに十まで数える声がする為、リリィも急いで隠れる場所を探すため首を左右に向けた。


「……マザー?」


 視線の先には深刻そうな顔をしたマザーと、外から来た人だろうか杖を持った老人が施設の中に入っていくのを見ると、リリィは二人の後をそっと追った。

 motherと書かれた部屋に二人が入っていくのを確認すると、気づかれないように足音を立てずに近付き、聞き耳をたてる。微かに話声が聞こえる。


「Mrs.……今回は素晴らしい……を頂き……私は……満足しております」

「……ウィルソン様のところに行ったのですね……私の方こそありがとうございます……それで、ユキノは……か?」


 ユキノと言う言葉が聞こえ、リリィはどきりとした。

 あの老人はユキノの手紙に書いてあった町の工場の関係者だろうか。


「それにしては、塵一つない綺麗な服着とるなーって思っとる?

お嬢ちゃん」


 突然後ろから声がすると、手首を捕まれる。


「お嬢ちゃん可愛らしいなぁ~?

瞳がくりくりしててビー玉みたいで……」


 狐みたいな細い目と、張り付いたような薄気味悪い笑顔の青年はリリィの手首を握っていた。

 握られた手は冷たく、じっと見つめられた瞳から逃れることが出来ずリリィはその青年を見上げていた。


「あら、リリィどうしたの?」


 ドアが開くと、マザーが姿を現す。緩められた隙にリリィは青年の手を振り払うと、握られていた腕をもう片方の手で握り、俯いた。


「……」


 震えが止まらず、唇がカタカタと音をたてる。リリィは瞬時に感じ取ったこの青年は危険だと。全身に警告音として鳴り響いた。


「……本当、可愛らしいわぁ」


 青年がくしゃりと笑う。


「ごめんなさいね。

この子達あまり大人の人と会ったことがないから……少しびっくりしてしまったのかも」


 マザーはリリィを自分に引き寄せると、抱きしめた。少しずつ震えが治まっていく。


「あー!! リリィ見ぃー付けた!! 室内は駄目って言ったじゃん!! 次はリリィが鬼ねー?」


 リリィ以外みんな見つかっていたらしい。真緒が頬を膨らませていた。


「ほら、リリィ。いってらっしゃい」

「……うん」


 リリィは真緒たちの方へ歩いていくと、マザーと青年は部屋に入っていった。






「……部屋の前を通るのは三回。折り返して戻ってくるまではニ○分程度……荷物は少ない方が動きやすいかもしれない」


 季節は冬になっていた。連日の雪のせいで夜でも月の光に反射して外はうっすらと明るい。

 リリィは毛布に包まると、ドアの近くに座りこみ見回りをしているマザーの足音に耳をすませていた。ぶつぶつとつぶやく。

 あれから二人ほどこの施設を卒業していった。

 マザーは必ず正装をしていて、夜中に彼らを送り出していた。


「マザーが外に出ている時間は十分から十五分。

建物の裏側から出れば、すぐには気づかれないはず……」

「リリィ、本当にここから降りるの?」


 真緒は不安そうな顔をしながら、最後の結び目をぎゅっと縛った。

 結ばれた色とりどりの布は部屋の半分を占めていた。

 マザーに見つからないように昼間はベットの下に隠して置いていた。


「カーテンとシーツでロープ作るとか言ってさー……マザーに怒られ」

「しっ、真緒ちゃん。

マザーに見つかったら……怒られるかもだけど、ユキちゃんのところに行くだけ。

そしたら逃げちゃおうよユキちゃんと一緒に、ね?」

「鬼ごっこ……みたいだね。

ユキ兄元気かな~? あれから全然お手紙返って来ないんだもん」


 真緒は頬を膨らませているが、ユキノに会えるのが嬉しいのかソワソワしていた。


「私が先に降りるから、真緒ちゃんが後から降りて来て?

真緒ちゃん落ちて来ても受け止められるから」

「あーあ、僕がもっと身長があればなー……そしたら僕がリリィのこと抱っこできるのに……」


 窓を開け、作った布のロープを垂らした。ロープ先に重りの為に昼間に大きめの石を何個か拾い集めていた。ぐっぐっと引っ張ると強度を確かめる。

 ロープの作り方もマザーが見回る時間帯もユキノの残したノートには細かく書いてあった。

 そして施設に訪れてきた人達の目的も。


「ここから出たら、すぐに森に入って明るくなってきたら町に降りよう。足跡も降ってる雪で朝方には消えてる。そうノートに書いてあったから」


 リリィはスッと滑るように下に降りていき、音を立てないように地面に下りた。

 真緒も続いてゆっくりと下りてきている。


「……部屋の前を通るまで、あと大体7分。真緒ちゃん急いで」


 大きな声を出すことが出来ないため、分かるように口を大きく動かした。真緒はこくりと何回も頷く。

 すると、ビュンと強い風が吹き布のロープが大きく揺れる。


「わ、わわわわわっ……!!」

「っ、真緒ちゃん!!」


 真緒はびっくりしたのか片手を離してしまい、ぶら下がる状態になってしまった。まだ半分も下りて来ていなかった為、この高さで落ちたら、最悪骨折も免れない。

 そしたら森まで行くのは困難で、部屋にいないリリィ達にマザーが気づいてしまえばすぐに捕まってしまう。


「やだやだ……!! 怖いよリリィ!」

「っ、真緒ちゃん手離していいから! 絶対受け止めるから……!」

「無理だよ! 絶対に受け止められないよ」


 体重を支え切れない布がびりびりっと音を立てると、ぶっちんと切れた。


「うわぁぁぁあ!!!」

「ギリギリセーフやろか?

元気やなぁー君らは」


 落ちてきた真緒を自分の胸にキャッチすると、ゆっくりと下した。


「真緒! リリィ!!」


 マザーは真緒に駆け寄ると、抱きかかえた。

 真緒も安心したのか泣きじゃくりながらマザーの胸に顔をうずめた。

 

「なんで……?

この人がいるの……?」


 リリィは後ずさると、月に照らされ更に気味の悪さが増した青年を見上げる。


「なあ、Mrs.リオ。

この嬢ちゃん僕にやっぱりくれん? 待てへんわ」

「……約束は十五歳になったらだったはずです。

私は貴方には本当に感謝しきれませんわ……でも、これだけは譲れません」

「なら、この嬢ちゃんが自分の意思で決めたんなら問題はないってことでええんでしゃろうか?」


 すると、青年はリリィの前にしゃがむと、耳元まで顔を近づける。


「そのノートに何が書いてあるかは検討はつく。

ユキノ君は勘が優れとるし、頭がええからなぁ。

……僕ね、君らみたいな可愛らしい子達が大好きなんや。

嬢ちゃんが僕と一緒に来てくれはったらあの抱っこされとる子には手は出さないし、この雪が赤く染まることは避けられるよ? どうする? 」


 マザーの後ろでチカチカと何かが光っている。それはしゃがむ青年の指に何重にも絡まっている。 

 リリィはごくりと唾を飲みこんだ。


「……手出ししないって約束して。

絶対に……」


 青年は目を細め、「約束するわ」と言うとリリィの頭をぽんぽんと撫でた。

 リリィはマザーの方へ行くと、マザーは悲しそうに眉を下げる。


「……マザー、私このお兄さんのところに行きたいです」

「……」


 マザーは青年を見ると、ふうと息を吐きリリィの眼をじっと見つめた。


「リリィ……貴女に神のご加護がありますように」


 手を伸ばすマザーを避けると、リリィはぐっと拳を握る。


「……私、前よりマザーが好きじゃない。

だからごめんなさい。

でも、今日までお世話になりました」


 次の朝、子供達がまだ起きない頃リリィは最低限の荷物を入れたバックを握った。


「じゃあ、行こうか嬢ちゃん」


 青年が乗って来たのだろうか一台の車がエンジン音をたてている。


「リリィ、どこ行くの?」


 真緒はぎゅっと、バックを持っていない手を握る。泣き疲れて寝てしまうと思っていたリリィは一瞬驚いた顔をしたが、にこっと笑う。


「真緒ちゃん。また会いにくるね」


 マザーは青年に条件を出し、あくまで15歳でこの施設から卒業の形にする為それまではこの青年の手伝いを頼まれて一時的に出ていくだけであると、青年もそれを了承した。


「リリィ、ユキ兄から手紙来たら絶対一緒に読もうね。それで外の話もいっぱい聞かせてね!」

「うん」


 ユキノがどこにいるのか。そして自分はこれからどこに連れてかれるのか。

 リリィは不安な気持ちを抱えながら、どんどん小さくなる建物をずっと、ずっと見つめていた。

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