婚約破棄したバカ王子が両手に花で辺境にトンズラする話
王立学園の卒業パーティー。
高貴なる血筋を持つ者や平民の者、様々な人間たちが招待され集まるその場所で、今夜ばかりは身分など関係なく、去る先輩たちと見送る後輩たちで学園での思い出を語らいながら、共に食べ踊る宴の場。
「メルディーヌ・フォルデリン、君との婚約を破棄する!」
「え……?」
しかしそこへ、その中でも特に高貴なる血――すなわち王族である男が、突如として階下にいる婚約者の令嬢へ婚約破棄という三下り半を突きつける。
「ライ殿下。突然何をおっしゃっているのですか……?」
「わからぬと申すか? メルディーヌよ」
男……このダブリス王国の第一王子ライ・ダブリスはいまだに理解が追いつかない令嬢メルディーヌに対し、憮然とした面持ちを崩さない。
「わかるわけがありませんわ! 説明を……せめて理由を説明をしてくださいまし、ライ殿下!」
「説明? まだシラを切る気か、この悪女めがっ!」
メルディーヌを一喝しながら、ライは己の隣に立つ令嬢へ愛おしいとばかりに視線を送る。
黒髪褐色――この国ではいささか珍しい容姿を持ち、それでいて可愛らしい少女だ。
学生の皆も見覚えがあった。
確か国外の辺境から来たという留学生で、ライ王子もやたら親身になって世話を焼いていた娘だ。
「お前がこのクロナに学園でずっと陰湿な嫌がらせを行っていたという事は既に知っているのだぞ!」
続けて語られたライの言葉に、会場にどよめきが巻き起こった。
「い、嫌がらせ? 知りません! 私はそんな事一度もした覚えがありません!」
「ええい。まだしらばっくれるか、シロン!」
「はい、殿下」
ライに応えて、今度はクロナとは逆隣に立っていた銀髪をショートに切り揃えた給仕服の少女が一歩前に立った。
ライの側仕えのメイドである彼女は懐から羊皮紙の巻物を取り出し、それを朗々と読み上げ始める。
「メルディーヌ嬢は度々クロナ嬢を学園の校舎裏まで呼び出し、ライ殿下に近付くなと恫喝していたようですね。また定期的に彼女の持ち物を盗み隠すなどの嫌がらせや、あまつさえ階段を下っていた所を後ろから蹴り飛ばしたりもしていたそうです」
「おのれ、なんという蛮行だ! 万死に値するぞ!」
「誤解でございます!」
挙げられた報告を即座に否定するメルディーヌ。
「確かに私はただ殿下と彼女の身を思えばこそ、互いの立場を弁えるようにと言ったことはあります! ですがそれだけです! 誓って、そのような陰湿かつ卑怯な真似に及んだ覚えはありません!」
「往生際が悪いぞ! 君がやったという目撃証言が多数寄せられているし、君の取り巻きも問い詰めるとあっさり自供してくれたぞ」
その言葉を受け、メルディーヌは友人たちへと目をやると、彼女らはそっと目を逸らす。
「そんな……嘘よ。嘘だわ……」
友に裏切られたという現実を突き付けられ、メルディーヌは力なく膝を落とした。
「諦めるがよい。私は真実の愛に目覚めたのだ。――そして、この場で改めて宣言するとしよう。私はこのクロナと新しく婚姻を結ぶ!」
そう言って、ライはクロナを己の懐へと抱き寄せると、彼女も拒まずに頬を赤く染めた。
メルディーヌは最早何も言う気力はなく、茫然自失としながらブツブツと呟いていた。
「さあ話は終わりだ! シロン、さっさとその悪女をここから追い出せ!」
「かしこまりました。さ、メルディーヌ様こちらへ」
主から命令を受けたシロンはメルディーヌの肩を引っ張り、ホールの外へと放り出す。
立ち会っていた皆は唖然とするばかりであった。
「みんな騒がせてすまなかったな。気を取り直して、今夜はこのパーティーを楽しんでくれたまえ!」
切り替えるように、ライは満面の笑顔で皆へと言葉をかけるも、誰も彼もついていけなかった。
彼女の行いが本当かどうかなど、普段のメルディーヌの堂々とした立ち振る舞いと証言したという彼女の元友人たちの罪悪感と恐怖に塗れた顔を見れば明らかだ。
それに誰もが知っていたからだ。
メルディーヌ嬢が人徳に溢れる才媛だという事に。
そんな彼女にライはコンプレックスをこじらせて疎んでいた事に。
ならば、あのクロナとかいう女はそんな二人の亀裂に付け込んだということは薄々と察せられた。
メルディーヌには何度も助けられ友誼を結んだ生徒もこの場には少なくない。
精々数人が愛想笑いとまばらな拍手を送る程度であった。
彼らは皆一様に、この国の未来について、胸中に言い寄れぬ不安が滲ませていた。
――そして、その翌日の王城。
「ライ! これはいったいどういう事なの⁉」
ライの部屋に一人の女性が顔を真っ赤にして乗り込んできた。
彼とよく似た似た顔立ちを持つ、派手なドレスやアクセサリーをつけた貴婦人だ。
彼女は王妃ラズマ。ライ王子の実の母親である。
「これはこれは母上、そんな血相を変えてどうなされました?」
クロナに食事を口に運んでもらっていたライはキョトンと首を傾げている。
「どうしたもこうしたもないわ! 昨日の卒業パーティーでの事は聞いたわよ⁉ あなた、メルディーヌ嬢との婚姻関係を無理やり破棄したそうね! いったい何を考えているのよ!」
「彼女は私の妻に相応しくなかった。それだけですよ」
得意気な顔をしながら平然と答えるライにラズマは絶句する。
「あ、あなたは何をしでかしたのかわかっているの⁉ 婚約破棄をしたという事は彼女の実家であるフォルデリン公爵家との繋がりを断ったということなのよ!」
「ふむ。それがどうかしたのでしょうか?」
「どうかした、どころの騒ぎじゃないわ! 彼らはこの王国でも王家に次いで力を持つ大貴族の一つよ⁉ 彼らの協力を失った私たち貴族派は大きく力を損なうわ!」
現在この国王が病床に伏せったこの国では次の後継者を誰にするかで、幾つもの派閥が争っていた。
ラズマが率いているのが己の息子であるライを中心に据えた第一王子派である最大派閥。
彼が王位を継承するのは時間の問題と誰もが思った。
その最中で起こったこの一件。
現在、第一王子派はてんやわんやの大騒ぎ。
元凶であるライは事の重大さがわかっていないのか、不思議そうな顔でキョトンとしていた。
「……このままでは王位をあの妾腹の小僧に奪われてしまうではないの!」
叫びながら、ラズマは親指の爪を噛む。
彼女が言っている妾腹の小僧とは側室の第二王子フーゴ――つまりはライの異母弟のことである。
「フハハハ! 母上、ご安心ください、公爵家もフーゴなど恐るるに足らず。我々の真実の愛の前では大丈夫です」
「流石ですわ、殿下ぁ!」
何の根拠も証明もない事を自信満々に言ってのけるライ、そんな彼をクロナはキャピキャピとはしゃぎながら囃し立てる。
「あなたは引っ込んでいなさい、この下民以下の野良犬がっ!」
「きゃあんっ、義母様が怖いですわぁ殿下ぁ!」
オーバーに怯え自身に抱き着くクロナにライはよしよしと頭を撫で、今度はラズマを睨み付ける。
「母上! クロナが怖がっているではありませんか。彼女に謝ってください!」
「こ、このっ……!」
まるで事態を把握していない二人に、さらに青筋を増やすラズマだが、怒鳴ろうとするのをすんでの所でこらえ、気を落ち着けるように大きく息を吐いた。
「……わかったわ、もう何も言わない。後始末はこっちでやるから、あなたはそこの野良犬と好きなだけ睦み合っていなさい」
最後にそれだけ言い残して、ラズマは部屋を後にする。
部屋を出たラズマは足早に回廊を歩きながら、今後の予定を組み立てる。
――大丈夫、まだ取り返しはきく。
――フォルデリン家以外にも有力な貴族はまだ派閥内に沢山いる。
――足りないなら、中立派とのコネを使って、他の貴族たちを幾つか引き抜けばいい。
「最後に笑うのはこの私よ……!」
ラズマは己にそう言い聞かせながら、己を振るい立たせる。
内心では卒業パーティーの生徒たちが抱いた不安を同様に抱きつつ、それを強引に押し込めながら。
そして、その半年後、彼ら全員の不安は的中する事となった。
『貴様、クロナの悪口を言ったか! 許せん! 衛兵よ、ひっ捕らえよ!』
『クロナがこの店のドレスをいたく気に入ってな。全て買い占めさせてもらう。あ、請求は城宛でな』
『今夜はクロナが舞踏会を開きたいそうだ。全ての貴族に招待状を送れ。来れぬ者はわかってるな?』
クロナの我儘とそれに応えようとするライは国の予算を凄まじい勢いで食い潰していった。
ラズマたちが懸命に火消しをしようとしても、ライたちは何度も何度も騒動を起こす。
その度に、彼を支持していた者らの心は少しずつ確実に離れていく。
そして、遂にその日は訪れた。
「兄上、今のあなたは心を病んでおられます。政は僕たちにお任せいただいて、兄上はどうか辺境ででも療養なされますよう」
「フーゴ、貴様……!」
王の間にて、ライは追い詰められていた。
追い詰めるは例の異母弟である第二王子フーゴ。
彼は沢山の側近や配下を引き連れて、玉座に座るライに継承権を放棄するように詰め寄っていた。
「兄上、あなたの味方はもうほとんど残っていません。終わりです」
「フ、フーゴよ、わかっているのか? これは王位の簒奪だぞ!?」
「だと言うなら、残念ながら今の兄上を王と認める者はいないでしょう」
確かに行動だけ見れば、フーゴの行いはクーデターとも呼ぶべきものだ。
しかし、彼を非難する者はいない。
皆分かっているのだ。このままライたちに任せていては、国が滅ぶのは時間の問題だと。
「ふざけるな。貴様を王と認める者などいるものかぁ!」
「いますわ。ここに」
声と共に、現れたのはかつて自分が婚約破棄をして追い出したメルディーヌだった。
「王家とも遠縁である我らフォルデリン家が後押しします。次の王はフーゴ殿下です」
「メ、メルディーヌ。貴様……!」
顔を赤くしながら悔し気に呻くライ。そんな彼を見て、メルデーヌは悲しそうに目を伏せる。
「殿下、もうあなたの味方はどこにもいません。諦めてください」
「うぬぬぬぬぬぬぅ!」
奇しくも、かつての卒業パーティーとは逆の構図であった。
「ラ、ライ様ぁ……」
「おのれええええええええええええ!」
すがってくるクロナを無視して、ライは屈辱に打ち震えながら怨嗟の声を上げた。
同じ頃、報告を受けたラズマ王妃も自分の部屋で力なくうなだれていた。
「もはやこれまでね……」
ありとあらゆる手を尽くしてきたが、全ては徒労に終わってしまった。
遠からず自分は離宮か実家の侯爵家にでも追いやられるだろう。
「こうなってしまうと逆に清々しいわね」
むしろ、これまで自分がここまで権力や立場に執着したのか、今となってはわからなかった。
「花でも育ててみようかしら……」
なんとなくポツリと零した己の呟きに自身も驚いた。
それは昔から好きだったはずが、宮廷内の駆け引きや策謀で忙しく、長らく忘れていた趣味だった。
……うん、それがいい。
あのバカ息子だって散々好き放題していたのだ。ならば、自分だってもう好きにしていいだろう。
手始めに何の種を植えてみようか、久しぶりにラズマは純粋に楽しみだった。
一ケ月後、フーゴ王子はメルディーヌと新しく婚姻を結んで、王位の座に就くことを宣言した。
ライ王子は王位継承権を剥奪……もとい廃嫡となり、建前上は領主として辺境の土地へと追いやられることになった。
フーゴはメルディーヌに付き添われながら、城のバルコニーから城下町を見下ろしていた。
「これでようやく終わったね」
「いいえ、ようやく一段落。これからですわ」
強い意思を宿した目で王都を見据えるメルディーヌに、フーゴは何か話しかけようとするも口を噤み、しばらくしてやはりと意を決したように彼女へと問いかける。
「ところでメルディーヌ……その……彼は……」
「心配には及びませんわ。示しがつきませぬゆえに財産も後ろ盾も全て奪ってしまいましたが、“彼”ならなんとかしますわよ?」
「そうか……そうだな」
メルディーヌの、彼女にしては珍しいどこか悪戯気な笑みにフーゴは毒気を抜かれ息をつく。
彼女の言う通りかもしれない。
本来ならば自分なんかよりも遥かに王に相応しく、そして逞しい人間だ。
いつか、平然としながら顔を見せに来てくれるかもしれない。
その時はしっかり謝ろう。
フーゴはその日が遠からず来ることを願った。
……同時刻、王都城門前。
「やれやれ、これでようやく一段落だな」
まとめた荷物を荷馬車に乗せ終えたライ王子は肩の荷が下りたとばかり腕を回す。
王位を奪われ、全てを失ったにしては、やたらと軽い調子であった。
これまでのような傲慢さと剣呑さはなく、むしろ柔和で爽やかな印象さえ与えた。
「随分とまぁ迂遠で回りくどい事をされましたねえ。付き合わされる者たちのことも少しは考えた方がいいですよ?」
まるで憑き物が落ちたかのような彼に、隣で荷造りを手伝っていた側仕えメイドであったシロンは呆れたように声をかける。
「それは……まあ、素直に悪かったと思うさ。でも、君たちまでここまで付き合う事はなかったんだぞ?」
「幼少の頃よりの付き合いです。ここまで来たら辺境だろうが魔界だろうがどこまでも付き合いますとも」
平然と答えるシロンに、ライは申し訳ないと謝るべきか、ありがとうと感謝するべきか迷った。
「ハハッ! 結局お前は自分が思ってるほど、嫌われてたわけじゃないってことさ。婚約破棄も放蕩三昧の時も、何人かは事情を察してあえて黙ってくれてた奴らも多いんじゃないか?」
からかうように声をかけたのは、いつの間にか荷馬車の上で寝転んでいたクロナだ。
これまでのような媚びるような声や口調でなく、着ているものも煌びやかな令嬢服でもない。
蓮っ葉で男勝りな喋りをしており、格好も獣の毛皮を元にした深いスリットの入ったスカートとサラシという出で立ちだ。
なんでも彼女ら部族特有の民族衣装らしいが、今までの彼女を知る者がいれば目を疑っただろう。
「沢山の人間をこんな壮大な茶番劇に巻き込みやがって。本当にお前は酷い男だよなー」
クロナの言葉にライは溜息をはく。
「悪いとは思っているよ。でも、母上たち……貴族派は力を持ち過ぎた。裏でどれだけ好き放題しても、どんな有能な国王や大臣でも一人二人では抑えられない程にね。下手をすればこの王国は滅んでいた。誰かがやらなければいけなかったんだよ」
ラズマ王妃が率いる貴族派たちは選民思想と支配欲の塊で、裏では権力を笠に着て好き放題していた。
故に、ライは彼らを自分という名の泥船に押し込めて、共に沈没することを決めた。
彼らが不正や圧政で溜め込んできた資産はクロナとの放蕩で食い潰す体で民に還元。
クロナや自分への悪口を言ったと難癖をつけ投獄し、その間に彼らの不正の証拠を見つけ改めて逮捕した。
「それに君の方こそ随分と乗り気だった気がするよ。意外とあの生活楽しかったんじゃないかい?」
「んなわけあるか。あんなヒラヒラしたの二度と着るかよ。動きにくいったらねえ。まあ、お前のお袋さんのブチギレ顔は見てて痛快だったけどよ」
「あなたのその恰好は露出が多過ぎるんですよぉ」
不敬罪ととられても仕方がない、やたら蓮っ葉な調子で会話をするクロナ。
ライと共にいた彼女しか知らない者らが見たら、己の目を疑っただろう。
「そもそも大人しくアンタが王位を継いで改革した方が簡単だったんじゃないか?」
「貴族派の旗頭である私がかい? 彼らの手で既に私の周りの人間は固められていた。自分の意思で何かしようものなら、即座に封殺されておしまいだよ」
「だからってテメェの母親も切り捨てるか? 向こうからしたらとんだ裏切り者だよなぁ」
「私としては遅めの反抗期だと自負しているけどね」
いけしゃあしゃあとのたまうライにクロナは呆れるが、彼としては幼き頃より周囲の貴族らに振り回され歪んでいく母の姿を見てきたため、本気で労わっていたりする。
「母上の父……祖父殿にいたっては僕が王に着いた際には、蛮族……もとい君たちを和解とかこつけて奴隷にして売買しようと準備していたからね。もうこれしか方法が無かったんだよ」
「……そこはまあ感謝してるけどよ」
どこか照れくさそうにクロナはポリポリと頬をかく。
「フーゴたちのおかげで君らの土地に隣接する領地の領主にもなれた。あとはじっくりと橋渡しのための土台を作っていくさ」
差別を無くす、というのは簡単な事ではない。
意識の改革、途方もない労力と時間が必要なのだ。
「……君の言う通り、それでも沢山の人に迷惑をかけてしまった。これはそのケジメでもあるのさ」
「本当かぁ? もしかして異母弟くんに面倒事押し付けて、自分はのんびりスローライフとか考えてねえだろうな?」
「……、……邪魔になりそうな連中はこのバカ王子ことライが軒並み処分した。後は堅実で忍耐強く人徳もあるフーゴの方がよほど適任だ」
「おい。なんだ今の間は!」
「ああ、なんと美しい兄弟愛なのでしょう……!」
「オメーもあっさり流されてんじゃねーよ!」
目を逸らしながら誤魔化すライに、感極まったように涙を流すシロン。
クロナは頭を抱えながら、王となった彼の異母弟に同情の念を送った。
「か、彼は紛れもなく王の器さ!」
「へいへい。わかってますよ。弟様は気の毒ですねー」
「いや、本当だよ! メルディーヌもいるし大丈夫だってば。ぶっちゃけ彼女、私たちよりもハイスペックだし」
――自分とて学園への入学時は文武共に卓越した自惚れていた時分があった。
だが、それをコテンパンにしたのが彼女だ。
ライは若干トラウマが混じった彼女との出会いをしみじみと思い出す。
「……本物の天才とは彼女のことを言うのだよ」
「そのメルディーヌ様から伝言ですよぉ。一つ貸しですわよ、と」
「あー。やはりお見通しだったか……」
メルディーヌの底知れぬ笑みを思い出しながら、あの婚約破棄の迫真の演技を思い出す。
彼女を悪女と罵っていた時は演技とはいえ、本気で怒らせてしまってはいないかと内心でヒヤヒヤしたものである。
だが、その分心強くもある。
彼女とあの異母弟ならば、王都の方は安泰だろう。
「それでお前はこれからどうすんだよ」
「言われた通り、貰った領地で辺境伯として境の向こうの蛮族と戦うさ。のんびりダラダラとね」
「誰が蛮族だ。ぶっ飛ばすぞ」
「そういう所ですよぉ」
これがクロナとの盟約だった。
彼女ら一族との不戦の協定。その引き換えに彼女らの生活の支援をする。
「アタシらも森の中で閉じこもってないで、変わらなくちゃいけねえってことだろうなぁ」
「我々も微力ながら手伝うよ。とはいえ、今の私は元王子という肩書しかないのだがね」
「ははっ、だったらウチに改めて入り婿にでも来いよ。お前ならギリギリ歓迎してやらんでもない」
「ちょっ、殿下は私とランデブーに行くんですよぉ! ゴリラ女は引っ込んでいてください!」
「んだと、この倒錯メイドがっ!」
「はあ!? やるかメスゴリラっ!」
「ちょっ……き、君たち喧嘩はやめてくれ……」
バチバチと睨み合う二人の少女に王子は一転して、アワアワと狼狽する。
この王子、才覚もあるし肝も座っているが、こと女性関係に関してはヘタレの一言に尽きた。
この後の話を少しだけすると、辺境伯として就任したライはクロナの部族との交易を成功させて、領地を大きく発展させる。
さらにその後に、隣国の帝国が王国へと進軍を開始した時、ライは辺境の部族たちと領地の軍をまとめ上げて援軍として王都に駆け付け、帝国軍を返り討ち、見事に王国を守りきったのだが。
――それはまた別の話である。