幻の巨大魚
「聞いてくれ諸君、ついに……ついにこの時が――」
「――やって来たのだぁぁぁぁぁぁ!」
バァン!
「ゴルァア! 朝っぱらからうるせぇなバッキャロゥ! こちとらまだ寝てんだから静かにしろぃ!」
「だぁぁ、すんませんすんません!」
むぅ、隣室の男にクレームを付けられちまった。そもそもここは普通の宿。木造の薄い板では俺の声を完璧に防ぐなど不可能ということか。フッ、ゴミめ(←何が?)
「……ふぁ~ぁ。で、1人で騒いで何がやって来たって?」
「おおナツミよ、よくぞ聞いてくれた。この速報を聞いたら思わず眠気も吹っ飛んでしまうぞ~? なんとなんと、現状の所持金が以下の通りになったんだ!」
金貨6枚
銀貨30枚
銅貨51枚
「どうよこれ、貨が6枚もあるだろう? これだけ有れば最推しVTuberを召喚する余裕もあるってもんだ!」
「…………」
「あ、あれ? ナツミさん?」
「全然眠気が吹っ飛ばない。お休み~……」
バフッ!
「だぁぁ! おい、寝るな、起きろ、起きろって! そもそもここは俺のベッド――」
「くかぁ……」
クッ、何て眠るのが速い女だ。まるでどこぞの【のび○び太】じゃないか。
いや、でも確か奴は枕が無いと寝れなかったはず。枕無しで寝られるナツミは奴よりも上……。(←くだらん考察やめぃ)
「ナツミん、朝弱いからね~。しばらくは起きないかもよ? それより何か企んでるんでしょ? ウチが聞いたげる」
「企んでるとか人聞き悪い。この世界に来た時にも言ったが、俺はただ最推しのVTuberを召喚したいだけなんだ」
「前に聞いたよ、酒乱夜桜でしょ? でもね~、一旦冷静になったほうが良いと思うんだ~」
「な、何だよ、その含みのある言い方……」
「ふふ~ん、これでもウチは知り合いが多いからね~。色んな方面から情報が入ってくるんだよ~」
さすが『友達100人出来るかな』を素で達成した強者だけはあるな。それに比べて俺の場合は片手で充分足りるというのに。
「そんなに情報が入るなら本人に関する話題もあるってことか?」
「もっちろ~ん♪ 実はですね~、夜桜ちゃんは極度の人見知りで~、人前に姿を現すのは大変稀なので~す!」
「なんと!」
「だ~か~ら? ガチャったところで出てくる可能性は低いんじゃないかな~って」
「え?」
つまりアレか? 陰キャとかは出現しずらいとかいう法則が?
「だが望むところよ。我が推しのためならどこまでも!」
「でもさ~、金貨ガチャって事はウチみたいに永久に消えないわけじゃん? 100人分回して出てこなかったら100人を面倒見なくちゃだよ~?」
「んが!」
そ、そこまでは考えてなかった。そうなったら完全に団体様だ。むむむむ……
「よし、一旦保留にしよう!」(←ひよったな?)
無計画いくない。ご利用は計画的にだ。
「ところで、銀貨が減ってる気がするんだが心当たりは――」
「さ~てと、じゃあウチは買い物してくるね~」
「あ、おいカオル!」
さては無駄遣いしたな? 後で問い詰めてやる。
★★★★★
「――っという理由でね、やっぱマイホームは欲しいかなって」
「マイホームですか、せいぜい頑張って」
というアンナ受付嬢による素っ気ないご返答。
「もっと話を膨らませて欲しかった……」
「私も暇じゃありませんので。それに分かってますよ? マイホーム建てるから一緒に住もうとか言うつもりでしょう? その手には乗りませ――」
「言いませんけど?」
「――はぁ!? じゃあ何のフリだったんですか! 純粋な私の心を弄んだんですか!? まったく、酷い人です!」
理不尽に怒られた……。
「もしかしてだけど、言って欲しかった――とか?」
「当然です! これでも冒険者の間ではそこそこ人気なんですよ? ちょっとくらい受かれたっていいじゃないですか!」(←自分で言いますかソレ)
「でも断るんでしょ?」
「それはそう! だっていまだに恋人が居ないんですもの、どうせなら色んな男性からのアプローチが欲しいんですよ!」(←ついにはっちゃけたな)
チラ――チラチラ……
――等と大声で叫ぶもんだから、ロビーに居る男共から視線が注がれてるじゃないか。
「ま、まぁ陰なから応援しますよ」
「宜しくお願いします。どうせなら知り合いのイケメンとか紹介して下さい!」
「だったら知り合いの可愛い子を紹介して下さい!」
こうしてアンナ嬢とのド突き合いも平行線のまま終了。日課となっている依頼書を眺めていると、ひょっこりとギルマスが顔を覗かせてきた。
「よ、暇か?」
「どこかの特命係と一緒にすんなよ」
「特命係? まぁいいや。それよりお前にピッタリの案件を用意したぜ、ほらよ」
受け取った依頼書を見てみた。何やら巨大魚の捕獲と書かれているが。
「王都住まいのお偉いさんからのご要望さ。北東にある湖には幻の巨大魚がいるっつ~噂でよ、それをステーキにしたら絶対に美味いだろって話なんだと」
「金持ちの道楽だな」
「ああ。敵地の最前線だってのにそんなもんに冒険者を使ってる余裕はねぇって話なんだがな、先方はどうしてもって聞きやしない。グローゼリクス様も呆れてて「ほっとけ」と言ってるくらいだ」
「でも放置できなくなったのか?」
「……はぁ、まぁな。軍資金は貴族からの支援で成り立ってる面もある。聞き入れなきゃ支出を止めるとまで言われちゃ動かないわけにゃいくまい」
ギルマスがウンザリした顔で宙を見上げる。まぁ気持ちは分かるぞ? バイト先の店長もよく愚痴ってたからな、バカな指示を出されると現場が混乱するって。
「いいぜ、引き受けてやるよ」
「すまんな。……まったく、お前が息子だったらとつくづく思うぜ」
「息子?」
「ん? 言ってなかったか? 俺には19になる息子が居るんだよ。けどあの野郎、王都で華やかな生活をしたいとか抜かしてな、去年の今ごろ家出しやがったのよ」
上京して歌手になりたい的な? こっちも有りがちな話だな。
「ま、ダイチには関係ない話だったな、今のは忘れてくれ。それより湖に入るなら気をつけろよ? 恐らく巨大魚は魔物だ、噂じゃ全長が2メートル近くあるらしい。水中で噛み付かれたらヤバいぜ?」
「うへぇ、マジかよ……」
水中対策は必須か。何かしら作戦を立てなきゃだな。う~ん、水中水中……水中?
ふと思った事を言おう。水に潜るんなら水着に着替えるのが望ましい。
という事は? ナツミとカオルには水着になってもらう必要があると。
うん、水着だ、水着に着替えさせよう!
「なんだダイチ、顔がニヤケてるぜ?」
「え?」
「おおかた仲間の水着姿を想像してやがんだろ?」
クソッ、ギルマスごときに悟られるとは!
「なぁ、どっちが本命なんだ?」
「本命?」
「とぼけるなよ。ナツミとカオル、どっちも美女で巨乳ときた。男が引かれない理由はねぇよ」
「ちょ、待て待て、どっちも本命じゃないって! 確かに2人とも美女だ、それは認めよう。だが俺には心に決めた最推しが居るんだ、勝手な想像で噂されては困る」(←水着を着せようとしてるのに何言ってんだ)
ああ、分かってる。説得力が無いって言いたいんだろ? でも俺だって1人の男だ、魅力的な異性が居たなら煩悩で応えるのが筋というもの。
「あ~、その発言も嘘じゃなさそうだな。ったく、とんだハーレム野郎だ。せいぜい後ろから刺されないように気を付けろ」
「そうだな。昨日はナツミのヘッドロックで死にそうになったしな」
側でカオルがニヤニヤしてやがったし、アイツが何かを吹き込んだに違いない。この件についても帰ったら問い詰めないとな。あ~やる事が多すぎる!
「ナツミからのヘッドロックだぁ? おめぇ、そりゃご褒美じゃねぇか。あんな巨乳美女にヘッドロックされて昇天できりゃ死んでも満足だろ」
「そうは言ってもナツミだからなぁ。服とか脱ぎっぱなして寝やがるし、アイツが居るだけで部屋が異常に汚くなるしで同室だとロクな事がないんだが」
「そこは目を潰れよ。代わりに煩悩の目で凝視してやれ。部屋代がわりにな」
「おぅ、それなら毎日やって――」
「へぇ~え、何をやってるって?」
「「ひぃ!?」」
気付けば後ろにナツミがいた。
「バカな、お前は確かに宿へ置いてきたはずなのに!」
「あれから何分経ったと思ってるんだよ。30分もありゃ目も覚めるっての。――で、楽しそうに何を話してんだ? 俺の名前が出てたと思うんだけどなぁ、お二人さん?」
ギリギリギリ……
「イデデデデデ! 別に何でもねぇって!」
「アダダダダ! お、俺はギルマスだぞ、暴力振るうならダイチだけにしろ!」
「おい卑怯者! アンタが振った話だろ!」
「ハイハイ、喧嘩両成敗な~」
「「ンギャァァァァァァ!」」
そんな俺たちを見ていたアンナさんが一言。
「異性を落とすには物理的絞め技……」
間違った知識を与えちまったぜ!
★★★★★
「さっきは酷い目に合った……」
「俺の悪口を言ってたダイチが悪い」
「悪口じゃねぇ、愚痴を溢してただけだ!」
「でも俺にとっては悪口なんだから間違ってはいないだろ」
コイツ脳筋のくせに口が回りよる。
「そんな事より服屋を探せ。今度は水中の獲物を捕まえなきゃならないんだ」
「まさか水着を買えって言いたいのか? んなもん、裸で飛び込めばいいだろ」
「え!? ナツミさん、まさか見られても抵抗がない御方で? 俺としては複眼だから文句はないけど女性としてはどうかと」
「…………」
おや? ナツミが神妙な顔に……
「!?」カァ~~~
……と思ったら急に赤面し出したぞ?
「バッカ野郎! 俺を裸にする気かこのドスケベ野郎がぁ!」
「ブゲェェェ!」
ナツミにグーで殴られた。どうやら俺に裸で飛び込めと言いたかったらしい。
「取り敢えず落ち着け。道行く人の注目を集めてる」
「もう遅ぇよ。今のは誤解させたダイチが悪い!」
「俺のせいかよ! だいたい戦えない俺が飛び込んだらマズイやんけ。そのためにナツミとカオルには水着を用意してもらわなきゃならんってのに」
「なら最初からそう言えよな~。ったく、無駄な体力を使っ――お? 服屋ってあそこじゃね?」
二階の壁には様々な模様の服が描かれている。一階にはウィンドウディスプレイもされてるし、服屋で間違いなさそうだ。
「しっかし妙な人集りだな、この世界の服屋って毎日が大盛況なのか?」
「いや、多分アレだろ、有名人が来てるとかじゃない?」
名誉ある上級国民様か? どれ、いったいどんな人物なのか見てやろうじゃないか。
そこで人混みを掻き分けて中を覗いてみると……
「じゃじゃ~~~ん! こんな感じでど~ぉ?」
「キャーッ、可愛い~~~い!」
「ねぇ、こっちの服も似合うんじゃない?」
「ダメダメ、今度はこっちを着せるんだから!」
「間を通ってこれにしましょ♪」
「「「おおぅ!」」」
人集りの中心では、数人の女性店員によって様々な服を着せられている金髪美女がいた。いや居たんだが、その人物というのが……
「あ、ダイチたちも来たんだ」
「「カオルかよ!」」
仲間の金髪エルフだった。




