猫耳受付嬢とイジワル婆さん
因縁を付けてきたスキンヘッド共を軽~くのした後、拍手をしながら地下施設に下りてきた謎の人物。面倒事の予感を感じつつも相手の言葉を待つと、やはりというか予想通りの言葉が飛び出した。
「えっと……ギルドマスター、今日は非番のはずでは?」
「ああ、確かに非番だが、職場に来ちゃいけない理由もないだろ?」
それだと非番の意味がね~よ。というかどこにでもエンカウントしそうなこのオッサンがギルマスなのかよ。
「見事な勝利だっぜ? 見た目で初心者と侮らせて置きながら召喚士としての本領をはっきする、いやはや恐れ入ったぜ」
「別に侮らせちゃいないんだがな。喧嘩を売ってきて返り討ちにあった、それだけだ」
「フッ、そういう事にしておこう」
いや、実際そうなんだって! 何勘違いしてんだこのオヤジは……。
周りの連中もウンウン頷くな!
「しかし無名の人間が現れたと思えば即戦力になりそうな召喚士とはな。どうせ公に出来ない事情でもあるんだろ?」
「え? いやそんな事は……」
「場所を変えよう。――付いてきな、話を聞いてやる」
ギルマスに促されマスタールームに……行くところを強引に修正させ、近くの飲食店へと入店。テキトーに注文した食い物を腹に詰め込みながらの対談が始まろうとしていた。
ちなみにパブロフの馬は制限時間を迎えて既に消滅している。
「俺はギルドマスターのラルフォン。ギルマスでもラルフォンでも好きな方で呼んでくれればいい。お前は?」
「おへあアアホハアイヒ――」
「詰め込んだまま喋るな汚ねぇ!」
なら食ってる時に話し掛けんな!(←お前それはないだろう……)
「ンクッ! ――はぁ。俺はアマソラダイチ。いや、こっちだとダイチ・アマソラになるんか? まぁダイチでいいぞ――ゲップ!」
「……で、ダイチ、お前さんはどこから来たんだ?」
「遠い田舎だ」
まさか異世界転移しました~なんて言えるわけがないからな。名前すらない田舎の集落から都会にやって来たという設定を即席で作ってみた。
「それでオッサン、」
「いやお前、名前名乗ったし役職も明かしたんだからラルフォンかギルマスかのどちらかで呼べよ」
「わ~ったよ。それでオッサン、」
「…………」
「何だってまた見ず知らずの俺なんかに飯を奢ってくれるんだ?」
「いや俺が奢るのかよ! そりゃ付いてきなとは言ったが、こっちは飯が食いたいって言ったお前に合わせたんだぞ!?」
「ダメ……なの?」
「その気持ち悪い上目遣いを止めろ! 取り敢えず奢ってやるから話を進めるぞ!」
うっしゃ、これで金を消費せずにすんだぜ。何せ手持ちは銀貨5枚に銅貨2枚という極貧状態だからな。他人に支払わせる飯は美味ぇぜ!(←最低な奴)
「これでも俺はギルマスをやっててそれなりに長い。だから特殊な事情を抱えてる奴は分かるんだよ、何となく……な」
「で、俺が特殊な事情を抱えてるって言いたいのか?」
「ああ。だから率直に聞くが……」
「……お前、何者だ?」
「…………」
鋭い視線だ。歴が長いってのも本当なんだろう。
「お前さんが只者じゃないって事くらいは分かる。召喚士なんてのは珍しいからな、魔物を自由に召喚出来るってんなら引く手あまただろう。戦争にも護衛にも持ってこい、だからこそ疑問が残る。どこにも属さないソロの召喚士が手付かずのまま存在する確率は極めて低い。ここまで言えば分かるか?」
「…………」
なるほど。つまりは疑われてるわけだ、どこぞのスパイなんじゃねぇのってな。
「では改めて聞こう、お前の目的は何だ?」
ここは素直に話そう。但し、異世界転移や召喚士としての能力を得た辺りは省いてだ。
「はっひひいうは、おへあ――」
「だ~か~ら、口に詰め込んだまま喋るなっつってんだろぅが!」
「んぐっ……ふぅ。ハッキリ言うが、俺はどこの国にも肩入れしてないしする予定もない。これまで家に引きこもっていた俺がよく分からないまま召喚士に目覚めた。せっかくだから冒険者としてやって行こうと思ってここに来たんだ。都会流のしきたりが有るのかは知らないが、右も左も分からないド素人だ。これも何かの縁だし、これからも色々と世話になる」
「…………」
言いたい事は言った。ついでに今後も宜しくって挨拶もな。しばらくはここを拠点にするつもりだし、贔屓してくれるんなら有難い。
「プッハハハハッ! 初対面でいきなり世話になるってか? 良い性格してるぜダイチ! 嘘も言ってねぇようだし、全面的に信じてやる。もしも何らかのトラブルに巻き込まれたなら俺の名を出せ。少しは効くだろうよ」
「おお、助かるぜギルマス!」
何とか信用を勝ち取ったか。ギルマスとのコネは役に立つだろうし、俺の推しVTuber召喚計画にまた一歩近付いたわけだ。
「さて、食い終わったら働いてもらうぜ? 色々と溜まってるクエストを紹介してやるからな」
「任せろ。じゃあ景気付けに――おい姉ちゃん、ランチセットもう1つ追加で!」
「まだ食うのかよ!」
★★★★★
冒険者ギルドに戻ったギルマスは、さっそく職員たちへ俺に関する通達が成される。受付嬢にも便宜を図るよう伝え、ギルマスは帰っていった。何気に仕事熱心だなあのオッサン。
「――ってなわけで宜しくな、獣人の姉ちゃん!」
何気なく受付嬢に話しかける。こういうのはコミュニケーションが大事だからな。
……まぁ獣耳が可愛いと思ったもの多少はある、うん。
「姉ちゃんではなくアンナと呼んで下さい。それから無意味な獣人発言は人種差別に当たりますのでご注意を」
キビシ~! まさか異世界に来てまで差別問題に直面するとは思わなかった。
「マジか! そりゃスマンかった。ところでアンナさんは何獣人なの?」
「……話聞いてましたか?」
「い、いや、これから頻繁に顔を合わすわけだし、少しでも知っておこうと……」
「……猫獣人です」
赤面しつつも律儀に答えてくれるアンナさん。お陰で獣耳の正体は猫耳だと判明したぞ~諸君! 今後も信頼関係を築き、いずれはあの耳を触れる日が来ることを願おうじゃないか!
はい? これは浮気にならないかだって? 猫耳を奏でるのは文化だよキミィ。そのうちエルフの耳も奏でる予定であるから楽しみにしててくれ。
「そんじゃ早速だけど依頼を紹介してくれ。出来るだけ金になるやつな」
「でしたらあちらの壁に掛かっている依頼書をご確認下さい」
誘導されるまま壁際まで移動すると、様々な内容が記された紙がところ狭しと張り付けてあるのが見える。
「向かって入口側は低額の依頼、奥に行くほど高額になりますが難易度は上がります」
「当然難易度が高いのをチョイスするぜ」
当たり前だが難易度が高い=報酬も多いという構図はどの世界でも同じだ。
が、よくよく目を凝らすと奇妙な依頼書に目が止まる。難易度が低いにも拘わらず誰も達成せず、報酬が徐々に吊り上げられているのだ。
「何だこれ?」
「ああ、その依頼ですか。依頼主のお婆さんが何とも偏屈な方で、誰も達成できずに残っているんです。内容は依頼主の話し相手になること、これだけなんですけどね」
最初は銀貨3枚で始まり次に銀貨5枚、そのまま7枚9枚12枚と上がり続け、今では銀貨20枚までに達していた。
でも話し相手になるだけなら召喚するまでもない。上手く行けば銀貨20枚そっくり手に入るんだ、やらない手はないよな。
「おっし、これに決めたぜ!」
★★★★★
「ふ~ん、アンタがあたしの依頼を受けたのかい? これまた詰まらなそうな男が来たもんだよ、まったく」
開口一番これですよ。いやね、まだ依頼主の家を訪ねただけなんだが、既に暗雲が立ち込めてきたよ。
「その……一応確認ですが、依頼主のマーブルさんで間違いないですか?」
「フン、依頼主じゃなければ何だと思うんだい?」
「空き巣――とか」
「バカ言うんじゃないよ、こんな年老いた空き巣が居てたまるかい。ほれ、商人ギルドのギルドカードだ」
そこには確かにマーブルと記入されていた。昔は商売でもしてたのかもな。
「もういいだろ? こっちは話し相手が欲しくって仕方がなかったんだ、さっさと上がりな」
「あ、いいんすか? そんじゃお邪魔しま~す――ンガッ!?」
ズボッ!
「あ~そうだった、言い忘れてたけど家のあちこちにガタが来ててね、今みたいに底が抜けたりするから注意するんだね、クックックッ!」
笑ってんじゃん! 抜けた床も綺麗に型どられてるし、絶対に作ったやつだろ!
「これ、いつまで倒れてんだい? 手を貸してやるから掴まりな」
「ああ、すんま――アッヂィィィ!」
なんだなんだ、なんで婆さんの手が熱いんだ!? まさかそういうマジックアイテムかよ、クソッ――
ズボッ!
「イデデデデデッ!」
ババァの手が熱すぎて反射的に振り払うと、今度はよろけた拍子に別の床を踏み抜いちまった。
「プックククク! 何とも情けない姿じゃないかい。冒険者が聞いて呆れるよ」
「――のやろう……」
いやダメだ、ここでブチギレたら銀貨20枚が手に入らない。
「す、すんません、まだ駆け出しなんすよ。ついさっき冒険者登録を済ませたばかりなんで……」
「ほぅ、そうだったのかい。なら多少はマヌケでも仕方ないさね、クックククク!」
「…………」
堪えろ、堪えるんだ俺!
「ほれ、この部屋でお待ち。いま茶を持ってくるでな」
「あ、はい……」
ピタッ!
「どうしたんだい? ソファーに座ってもいいんだよ?」
「そう言いつつ婆さん、ソファーに何か仕組んでるだろ?」
「なんだい、他人が親切に座れって言ってんのに、行為は素直に受け取るもんだよ、まったく……」
ストン。
婆さんが座って見せるも何かが変化したというのはない。
「あれ? おかしいな……」
「分かったかい? ほらお座り」
「じゃあ遠慮なく――」
ズボッ――――プスッ!
「イッデェェェェェェ!」
ソファーの底が抜けたと思ったら、その下にかったい竹みないなのが生えてやがった!
「どうだい? 重さで沈む仕組みになってるのさ。よく出来てるだろう?」
「そ、そうですね、あまりの出来にケツから涙が出そうです……」
「クク、そうかいそうかい。なら茶を持ってくるよ」
婆さんが嬉々として部屋から出て行くのを見届けると、床に座った俺は腕組みをしてどう出るかを考える。
「この様子だとお茶にも細工されてると考えるのが無難だ。う~む……」
懐を覗いての自問自答。銀貨5枚に銅貨2枚。ガチャのヘルプによれば、銀貨で回せば召喚獣(←VTuberの事らしい)かアイテムの半々らしい。
「よし、ここは賭けに出よう」
銀貨1枚を握りしめ、脳裏でガチャを回す。イメージしたのは交渉等の話術を得意とする人物だ。すると……
シュシュシュシュ~~~ン!
ナイスだ、このエフェクトはVTuberが出る時のやつ!
「やぁ、ボクを呼んだのはキミかい? 短い一時を宜しく頼むよ」
名前:夜のテイオー
Lv:1
HP320/320
MP200/200
性別:男
年齢:フッ、秘密だよ
種族:インキュバス
属性:闇Lv5、話術Lv3、格闘Lv2
備考:色白でロングヘアーの人間の男に見える。だが他人――主に女性を誘惑する術に長けており、闇魔法も使いこなす事から敵に回すと厄介。
注)中身は20代前半のホスト。自身の配信では女性の口説き方や接し方、嫌われている相手へのアプローチの仕方等を紹介している。
「うん、お前なら行けそうだ。もうすぐムカつく婆さんが茶を持って現れる。その婆ぁを口説き落とすんだ」
「りょ~かい。熟女は好まないのですが、主のご命令とあらば」
そして間も無く、マーブル婆さんが茶をトレーに乗せて戻ってきた。
「おっし、じゃあ作戦通り――あれ?」
夜のテイオーが居ない!? あんにゃろう、どこ行きやがった!?
「何をキョロキョロしてるんだい? 別に茶を飲んでる時に後ろから刺したりなんかしないよ」
「ま、まぁそうですよね……」
居ないもんは仕方ない、腹を括って恐る恐る茶を啜ってみる。
「あれ? 普通のお茶だ」
「当たり前さね。毒でも盛られると思ったのかい? とことんヘタレな坊やだね」
まさかネタ切れか?
それなら安心だと同時に出された茶菓子を口に放り込む――が……
「にっがぁぁぁ! なんだこれ!?」
「プックククク! それは使用済みのお茶っ葉を練ったやつだよ。ここまで騙されておきながら無警戒に口に運ぶ奴はアンタが初めてだよ、ククククク!」
クソッ、ダメだ。どうやってもマーブル婆さんの方が1枚上手だ。
こうなりゃ夜のテイオー、さっさと行動を起こしやがれ!
そう心中で叫んだその時!
シュバッ!
「誰だいアンタ!?」
夜のテイオーが不意に婆さんの隣に現れ、反射的に婆さんは距離を取った。
「驚かせてすみません。そこのマヌケな坊やでは欲を満たせないのではと思い、こうして馳せ参じた者です。しかし良い動きですね、とても御老体には見えませんよ」
「フン、こちとら何十年と傭兵稼業やってきたんだ、簡単に背後を取られるような真似はしないよ!」
元傭兵? だから動きが良かったのか。
安易に警戒心を懐かせた夜のテイオー。だがここからが本番だと言わんばかりに、俺の手から飲みかけのお茶をサッと取り上げ……
「たびたび失礼。――んん~ん、苦味の中に感じる透き通るような清涼感、まさに貴女の心を写しているかのようだ。この一杯だけでも人柄の良さを感じますよ」(←正気か?)
「…………」
微動だにしないマーブル婆さん。しかし夜のテイオーは構わず続ける。
「ハハッ、これはこれは、随分警戒されたものだ。何も取って食おうなんて考えはないんですよ? ボクはただ、そこの冴えない男より貴女を満足させる自信がある、それだけなのです」
「…………」
ちょいちょい俺がディスられてるのは気に食わないが、それでも動じないマーブル婆さん。さすがに夜のテイオーも焦り気味に熱弁していく。
「ああ、何ということだ、貴女の心は不幸にも錆び付いているのでしょう。でしたらその錆、ボクが落として見せ――」
「ハン、調子に乗んじゃないよ若造が!」
テイオーの話術が効かない!? 更に婆さんは続ける。
「アンタみたいな男は大半の酒場に居るからね、若い時はそれなりに口説かれたもんさ」
ほほぅ、この世界にもホストみたいな奴は居るらしい。
「誑かされた女は気分よく高い酒を奢っちまう、見慣れた光景だよ。鈍くさい女は高価な物まで貢がされる始末。アンタの目はそういう男と同じ目だ。他の女は騙せても、あたしはそうはいかないよ!」
「…………」
反論出来ずに押し黙るテイオー。こりゃ大失敗か……と思われたのだが?
「だがそっちのアンタ」
「え、俺か?」
「そう。アンタとのやり取りは楽しかったよ。何度も同じ手に掛かるなんて、滅多に見れるもんじゃないからね」
「ほっとけ……」
「クク、そう拗ねるな。――ほれ、依頼達成のサインと報酬だ」
ピン!
何を思ったか通貨を1枚弾いてきた。慌ててキャッチすると、それは……
「え、金貨!?」
「言っとくけど本物だよ。アンタは楽しませてくれたからね、釣りは取っておきな」
「あ、ありがとう婆さん! 伊達にひねくれてるだけじゃなかったんだな!」
「一言余計だよ! ほれ、用は済んだんだからさっさと帰りな」
そして帰り道
「ボ、ボクの鉄板トークが効かない? そんなバカな……」
夜のテイオー、さっきからずっとこれだ。
「そういう事もあんだろ。依頼は達成したんだからいいじゃねぇか」
「シャーラップ! キミは良くてもボクのプライドが許さないのだよ!」
「許さないのは分かったが、お前はどうして3分以上存在出来るんだ? もうすぐ10分経つぜ?」
「おや、知らないのかい? 銀貨ガチャで出現したクリーチャーは10分維持出来るのだよ」
「マジ? ってことは……」
シュン!
どうやら10分経ったらしい。
「けどこれで金貨ガチャが回せるぞ」
金貨ガチャで出現したクリーチャー、俺の場合はVTuberだが、永久的に消えることはなくなるんだ。
フフン、今から楽しみだ。
登場人物の紹介
名前:ラルフォン
性別:男
年齢:58歳
種族:人間
備考:ダイチが拠点にしている街の冒険者ギルドでギルドマスターをしている男。一見するとどこにでも居そうな人間のオッサンだが人を見る目はある。愚直なダイチの性格を見抜き、以後は便宜を図ることもしばしば。
名前:アンナ
性別:女
年齢:非公開
種族:猫獣人
備考:ダイチが拠点としている街の冒険者ギルドで受付嬢をしている猫獣人の女性。小柄で物静かな性格のため、保護欲をそそられる男冒険者が多いとか。おバカな発言が多いダイチを前にすると口数が多くなるらしい。
名前:マーブル
性別:女
年齢:いちいち聞くんじゃないよ!
種族:人間
備考:元女傭兵の人間で、老婆となった今では一人で細々と暮らしている。生き残ることに執着してきたため、常に他人を観察するのを怠らない。観察眼はラルフォンより上。冒険者を寄越すよう依頼したのは単なる退屈しのぎだったのだが、お約束のように罠に掛かるダイチに愚直さを感じ取ったらしい。
名前:夜のテイオー
Lv:1
HP320/320
MP200/200
性別:男
年齢:24歳
種族:インキュバス
属性:闇Lv5、話術Lv3、格闘Lv2
備考:色白でロングヘアーの人間の男に見える。だが他人――主に女性を誘惑する術に長けており、闇魔法も使いこなす事から敵に回すと厄介。
注)中身は20代前半のホスト。自身の配信では女性の口説き方や接し方、嫌われている相手へのアプローチの仕方等を紹介している。