冒険者デビュー
椿が消えた直後、やはり護衛が居ないと不安だと思い、礼のガチャを回したんだが……
以下入手アイテム
・スニーカー:見慣れた靴。自宅の玄関先でよく見掛ける。
・リュックサック:見慣れたリュック。高校時代から愛用していたものによく似ている。
・ブルーベリーガム:見慣れたガム。昔から好きで、毎日のように噛んでいた記憶がある。
――とまぁこんな感じだ。そう、3回やったところで気付いたんだ。どうやらこのガチャ、VTuberが確定で出てくるわけじゃないらしい。
つ~か全部俺の私物やんけ! これで10回無料にしますとかどの口が言ってんだ。
『わたくし女神セフィーネが申しております』
「心の声を読むな! つ~か帰ったんじゃなかったんかい!」
『アナタがわたくしを話題に上げたからです。どこに居ようと聞いてますからね』
とんだ地獄耳だな、というか監視されてたりする?
『そうですね、魔物以外を呼び出す召喚士はアナタが初めてですので、要観察といったところでしょうか。あと地獄耳は余計です』
「うっわ、気分悪!」
『……不敬ですよ?』
「わ~ったよ、ゴメンて!」
これから先は女神の話は禁句だ、精神衛生上よろしくないし。
しかし靴が出てきたのは正直助かる。まずは前向きに捉えるか。
「これで無料ガチャはあと6回。それが尽きる前に何とかして金貨を――いや、この際贅沢は言ってられねぇ、銀貨でも銅貨でも稼ぐ必要がある」
少しでも金目の物をと思い、ゴブリン共が持っていた剣や棍棒を持って歩き続けること数分、ようやく森を抜けて街道らしきところへ出た。
腰に剣を2本差し、半開きになった背中のリュックから2本の棍棒が飛び出た状態を見た通行人は、果たしてどんな感想を持つのだろうか。そんな不安をいだきつつ目を凝らせば、遠くに街らしきものが。それを見た俺の心は一つにまとまる。
「おっし、まずは腹ごしらえだ」
【腹が減っては戦ができぬ】という言葉があるが、これと同義で【腹が減っては推しは推せぬ】という言葉もある(←そんな言葉はない)。飯を食ってから考えるとしよう。
街道沿いに進むと外壁で囲まれた街の目の前に来た。道沿いには門が構えられており、門番2人が左右に分かれて警戒している。
「ご苦労さん。飯を食いたいから通してくれ」
「馴れ馴れしい若造だなおい……、まぁいいが。身分証は有るのか?」
「身分証? あ~……」
「無いのか? なら通行料として銀貨1枚を徴収するぞ」
マジか! けど中に入らなきゃ換金も出来ない。
「売って金にすりゃなきにしもあらず……なんですけど」
「むぅ……、仕方ないな。おい相棒、ちょっくら行ってくるぜ」
「あいよ」
何故か中に入れてもらえた。
「えっと……門番さんの奢りで?」
「んなわけあるか。換金すりゃ払えるんだろ? それの付き添いだ、付いてこい」
そう言って連れて行かれたのは一件の酒場……ではなく、多数の冒険者が集まるアレだった。
「ここってまさか!」
「冒険者ギルドだ。まずは受付で冒険者登録をしてこい。それが終わったら奥にあるカウンターで素材の換金だ」
登録そのものはサクッと終わり、ギルドカードなるもの作ってくれた。これが身分証になるらしい。
素材の買い取りも問題なく、鉄の剣が銀貨1枚、棍棒が銅貨1枚の査定。2本ずつ有ったんで、現在の所持金は銀貨2の銅貨2だ。
ちなみにだが……
銅貨100枚=銀貨1枚
銀貨100枚=金貨1枚
といった感じ。パン1個で銅貨10~20枚らしいので、全然余裕はない。
「おぅ、上手く出来たな。そんじゃ銀貨1枚貰ってくが、ギルドカードは失くすなよ? 失くしたらまた入場料だからな」
「死んでも失くしません!」
「ハッハッ! それだけ必死なら大丈夫だろう」
それにしても冒険者か。異世界でいきなり定職につくってもの無理があるし、冒険者として稼ぐのもありか。これは要検討だな。
「けどアレですね、冒険者ギルドって言えば初心者が喧嘩を売られるので有名だと思うんですけど、そんなことはないんですか?」
「なんだそりゃ? ギルドで暴れたら悪評が広まるし、クエストの斡旋は皆無になるぞ。おまけに騎士団の世話になるかもしれんしな、そんなバカな連中は居らんさ」
そうなのか。ロビーには厳つい連中も居るし、それだけが心配だったんだよな。ここでカツアゲなんかされたらマジで詰む。
「まぁ頑張れ若造。間違っても騎士団の世話にならんようにな」
「ありがとう御座います、助かりました」
最後にサムズアップまでしてくれた門番さんが冒険者ギルドを出て行く。意外にも親切な人だったな。ここを拠点にする可能性もあるし、親しくするのも有りか。
まぁ人脈は大事よ、異世界なら特にな。
「さぁて、用も済んだし腹ごしらえを――」
「おいテメェ、初心者の分際で素材の換金とは良い度胸だなぁおい!?」
「…………」
今この場で素材の換金をした奴は俺以外にいない。嫌々振り向くと、3人のスキンヘッド野郎共が顔を真っ赤にさせて俺の方に詰めよってくるところだった。
「おい、何とか言えや!」
「それともアレか? ビビって声も出ねぇってか?」
「テメェの有り金をこっちに寄越すんなら見逃してやっもいいぜぇ?」
おいおい、昼間のギルドで堂々とカツアゲしてきてるじゃねぇか! バカな連中がここに居るんですけど~!?
ウンザリしてると異常を察した他の冒険者が止めに入ってくれた。
「おい止めろ、ギルドで騒ぎを起こせば冒険者資格を剥奪されるぞ!?」
「それに相手は見るからに初心者じゃない。みっともない真似は止めなさい!」
「あんだとゴルァ!?」
「上から目線で説教たれてんじゃねぇ! やっちますぞテメェ!」
「ま、待ってください、皆さん落ち着いて下さい!」
今度は止めに入った冒険者とスキンヘッド共が揉め始める。そこへギルド職員があたふたしながら仲裁に入るという、まさにカオスな状態に。
しかし何だってスキンヘッド共は怒り狂ってるのかと思えば、どうもこの3人組、クエストで失敗したばかりらしい。そんな時に俺が戦利品――と言えるかどうか微妙なラインではあるが、素材を換金したのを見て急激にムカついてきたんだろうって、別の冒険者が耳打ちで教えてくれた。
「ま、放置しとくか」(←本気か!?)
止めに入ってくれたことは感謝するが本格的に巻き込まれるのは本意じゃない。気付かれないようソッとその場を立ち去ろうとしたんだが……
「おいコラ、逃げんじゃねぇ!」
アッサリ見つかってしまうと……。
「テメェが大人しく払えばいいんだ! さっさと寄越しやがれ!」
荒ぶるスキンヘッド。傍観している冒険者とギルド職員は俺の反応を待っているかのように視線を向けてくる。
どういう空気なんだこれ? 俺に戦えっていってんのか? そんな中、ギルド職員は何かを閃いたかのように手を叩き……
「そ、そうです、地下の訓練施設をご使用下さい。そこなら取っ組み合いでも何でも出来ます! ささ、どうぞどうぞ!」
「お、おいおい!」
ギルド職員による強引な提案で地下へと追いやられた俺。ギャラリーが増える中、止めに入った冒険者たちが声援を送ってくる。
「頑張れよ~!」
「私たちはアンタの味方よ~!」
味方なら止めろよ! つまり真の味方はここには居ない!
「おぅ、逃げずに来たのは褒めてやんよ」
ほぼ強制だったがな。
「だが俺たち3人が相手とは運が悪いぜ」
運が悪いのは同意。
「これはテメェが始めた物語だ(←いやお前だよ)、ケジメってもんをつけてもらわねぇとな!」
な~にケジメじゃ! 俺は完全に被害者だっつ~の!
こうなりゃ奥の手だ、どうせ戦った後にギルマスが現れるパターンなんだろ? だったら先に呼び出して止めてもらおう。
「ちょいと職員さん、ギルマスを呼んできてくれ」
「今日は不在です」
「おいぃぃぃ!」
完全に退路を断たれた。3対1だろうがやるしかねぇ。
幸い無料ガチャは6回分残っている。使い切るまでに魔物を召喚できれば俺の勝ちだ!
「いいだろう……」
シュン!
召喚アイテム:殺虫剤
「そこまで言うなら……」
シュン!
召喚アイテム:ポケットティッシュ
「この俺が……」
シュン!
召喚アイテム:飲みかけのエナドリ
「相手に……」
シュン!
召喚アイテム:制汗スプレー
「なって……」
シュン!
召喚アイテム:ハンディクリーナー
「やらぁぁぁ!」
シュシュシュシューーーン!
この光はダンシング椿が出てきた時と同じ現象!? これで勝てる!
「おぅおぅおぅ、俺様を呼んだのはオメェか? このパブロフの馬を召喚するたぁ見る目があるぜ!」
名前:パブロフの馬
Lv:1
性別:男
年齢:6歳
HP:65/65
MP:10/10
属性:脚2 顎3
備考:人語を話す二足歩行の馬。走る時のみ四足になる。ムシャクシャすると突進したり後ろ蹴りを食らわせたりする他、強靭な顎による噛み砕きを行う。
注)中身は競馬をこよなく愛する中年オヤジ。同僚の中山を見るたびに競馬場を思い出すほどのめり込んでいる。
魔物じゃねぇ! やはり俺はVTuberしか召喚出来ないらしい。
いや、その事実に不満はない。ないのだ!が、コイツに任せて大丈夫なのか?
「コ、コイツ、召喚士か! だが馬なんか召喚したところで何の役にも立たねぇぜ!」
「ククッ! しかも見ろよ、コイツ一丁前に2本脚で立ってやがる」
「役立たずな上に珍獣かよ、ガッハッハッハッ!」
ブチッ!
「フンガァァァァァァ!」
「んおっ!? いきなり叫――ブハァ!」
「「モブオ!?」」
モブオというどうでもよさそうな名前のスキンヘッドにパブロフの馬が突進。施設の壁に頭から突っ込んで行く。
「こ、この野郎――ンゴォォォォォォ!?」
「モブロウ!」
掴み掛かろうとしたモブロウの股間に後ろ脚蹴りが炸裂。股間を押さえながら泡を吹いて倒れる。
「テメェ……馬の分際で調子にのんじゃねぇぇぇ!」
「はっ? おい、ナイフ出しやがったぞコイツ!」
完全にキレたらしいモブスケ(←知らないからってテキトーに付けないように)が懐からナイフを取り出した!
「やめて下さいモブスケさん!(←いや合ってんのかよ!) 殺し合いは容認しませんよ!?」
「ルセェ! 馬ごときにバカにされて黙ってられっか――死ねぇぇぇ!」
ギルド職員も止めに入ろうとするが、構わずモブスケはナイフを振り上げる。
だが誰もが予想だにしない光景が目の前に飛び込んできた。
「フガァァァァァァ!」
バキバキィィィ!
「んなっ!? 野郎、馬のくせにナイフを噛み砕きやがっただと!?」
怒り狂ったパブロフの馬が振り下ろされたナイフに噛みつき、そのまま砕いてしまったんだ。
こうなると成す術がないモブスケはその場にへたり込むしかなく、パブロフの馬を見上げて身を震わせる。
俺はそんなモブスケに優しい笑みで歩み寄ると……
「俺の勝ち――でいいよな?」
「…………」コクコク!
「なら示談金だ。有り金を全部出してもらおうか」クィックィッ!
「わ、分かった!」
慈悲深い俺が金で解決する事を伝えると、モブスケは自分と仲間の財布をその場でひっくり返して中身をブチまけた。
チッ! しけてんなぁ、100枚以上有るのは殆ど銅貨じゃねぇか。銀貨は僅か4枚ときた。
「せめてもの情けだ、銅貨だけは返してやる。銅貨だけは。それてどうかな?」(←おいやめろ!)
「ハッ――ハハッ――ハハハハッ、と、とっても面白いです!」(←無理しなくてもええんやで?)
「そうか? 意外にウケるもんだな」
「いや面白くね~よ」
「黙らっしゃいパブロフ!」
だが返り討ちに出来て良かった。懐も多少は潤ったし、さっさと飯食いに――
パチパチパチパチ!
「ん?」
「なかなか面白い見せ物だったぞ」
知らないオッサンが拍手をしながら下りてきた。もしかしなくても面倒な予感……。
リザルト
所持金
銅貨:2枚
銀貨:5枚
登場人物の紹介
パブロフの馬:2足歩行を行い、人語も話す不思議な馬。魔法は使えないが、突進や後ろ脚蹴り、更には噛みつきといった肉弾戦を得意としている。怒ると4足走行になるという謎現象も有り。
モブオ:冒険者ギルドでダイチに絡んだスキンヘッドの1人。パブロフの馬を挑発した結果、正面から突進を受けて頭から壁に突っ込んでしまい、脳に深刻なダメージを受ける。冒険者への復帰は絶望的らしい。
モブロウ:冒険者ギルドでダイチに絡んだスキンヘッドの1人。パブロフ馬を挑発した結果、後ろ脚蹴りが股間に直撃、男のアレに深刻なダメージを受ける。男としての復帰は絶望的らしい。
モブスケ:冒険者ギルドでダイチに絡んだスキンヘッドの1人。パブロフの馬を挑発した結果、自前のナイフを噛み砕かれ、馬への恐怖心を植え付けられた。それでもモブオやモブロウよりマシだと自己暗示をかけて細々とした生活を続けているらしい。