3.緊急事態を占う彼女
「暑い……暑いです。ゆうとくん」
「コンビニ寄ってくか~。熱中症対策なら学校も許してくれるよ」
下校時刻になってもなお暑い猛暑日。アスファルトがじりじりと俺たち歩行者を炙る。
下校中の寄り道は原則禁止だが、熱中症の多発を受けて緊急避難として店舗に立ち寄るのはむしろ推奨されている。
下校中の寄り道が禁止されているのはなぜか?
危険な場所に立ち入ったりトラブルに巻き込まれるのを避けるためだ。何か起きても通学路から大きく離れていなければ発見も早いからだ。
ならば熱中症を避けるために通学路にある警官立寄り所、こども110番のコンビニに立ち寄る事に何の咎があろうか。
「多織は何買う? アイスとかいいよな」
「今日のラッキーアイテムは、これです」
2リットルの麦茶か……絶対重いぞ。
このコンビニにはイートインスペースはなかったので近くの公園の木陰へ。
しくった。
がっつり系の乳製品のアイス、思ったより水分少ない。果汁系アイスにすればよかったか。もう一回コンビニに入るのもどうなのか。
隣を見るとゴッゴッゴッゴと音を立てて、多織が麦茶をラッパ飲みしていた。まだ半分以上ある。
「飲みますか?」
「え?! いいの!? え!」
間接キスだよな!
「間接キスですね」
「…………いいの……?」
「彼氏ですから」
せっかく涼んだのにまた顔が熱くなる。
ペットボトルに口をつけると、なんかうっすら爽やかな甘酸っぱい……あ、多織が塩飴舐めてたからか。
ほんのりとした初間接キスの味は、その後もらった塩飴と一緒に溶けて消えた。
歩いている間、多織の2リットルペットボトルがちゃぷちゃぷ音を立てる。底の方にコップ1~半分ほど残っているだけだからそれほど重くはないようだ。
日はまだ高いが、川が近い所はやや涼しい風が来る気がする。そんな事を考えていたら川の方から子供の声が上がった。
「やっすーーーん!!!」
子供は元気だなと見ていると、川に向かって騒いでいる子供達、そして川の中に居る子供。あーあー服のまま泳いだらお母さんに怒られるぞ。
「……多織、あの子溺れてない?」
数秒、正常性バイアスがかかっていたことは認める。正直に言えば多織に声をかけた時も非常事態ではなくふざけているんだろうという意識のほうが強かった。
「大変です!」
まっとうな思考が動き出したのは多織が駆けだしたからだ。
「ゆうとくんが投げてください! 私の力じゃ届きません!」
投げろって何を? というと、多織が持っていたほとんど空になったペットボトルだ。若干液体が入っているお陰で風に流されにくい。
「浮きだ! 水に浮く物を投げて!」
言いながら俺は麦茶のペットボトルを投げる。
断っておきたいが、今のところペットボトル投げの選手は存在しない、遭難者の手の届く範囲に確実にペットボトルが投げられるとは限らない。案の定、俺の麦茶のペットボトルは溺れている子よりも2メートルほど向こうの水面に落ちてしまった。
しかし子供たちは自分のペットボトルを投げはじめ、声を上げる。
「大人の人来てーー!!!」
気付いた大人が続々と集まっている。
「場所は……場所……三角公園のそばを流れてる川の……えっと……」
一方、消防に通報していた多織の方は難航していた。近くにこれといった目印となるものが少ないのだ。
「第七鉄道橋から三百メートル下流です!」
「ここは新町五丁目だよ!」
ゲームの村人っぽいセリフのおっちゃん、ナイス!
集まって来た人の助言で消防に通報が届いたようだ。
「やっすん! 死ぬなー!!」
川べりに居た子が蹴ったサッカーボールらしいものがいい流れに乗り、友達の元に近づいていく。網に入っていたこともあって溺れていた子がしっかりとボールを掴んだ。
「やっすん落ち着けー!! お前は浮くー!!」
「ラッコのポーズ!! ラッコのポーズ!!」
学校で着衣水泳の授業でもあったのだろうか。溺れていた子は浮きを手に入れた事で落ち着きを取り戻し、水を飲んだせいでたまに咳していたものの消防が到着して救助されるまでの間、全く危なげなく浮いていた。
通報者だったせいか事故当時の話を証言することになった多織につきそって夕方、俺たちは帰り道を歩く。
「私たちの初間接キスの証、流されちゃいましたね」
「んぶふっ!」
多織の言葉に思わず吹き出した。
ペットボトルな以上、長くとっておける思い出の品でもないが、確かに唐突な別れだった。
「でも一生忘れないと思います」
「そうだな」
空を見上げると一番星に続いてチラチラと星が瞬き始めた。空きペットボトル不法投棄しちゃったしヒーローじゃないけど、がんばったよな、俺たち。
「なぁ、多織って未来とか分かったりするの?」
まさかとは思うけど、鞄の応急処置とか事故とか子猫とかさ。
「まさかそんな非科学的な」
あっさり否定されたが、日常が占い尽くめの多織に言われたくはないぞ。
「占いっていうのは曖昧なものなんですよ。いくつかキーワードが出てくるのもあるんですけど、例えば丸い、高い、頭だったらガラガラクジで一等賞が当たる可能性もあれば、高い所から落ちてきた丸いものが頭にあたる可能性もあるわけです」
「なんていうか……」
曖昧すぎる。未来予知というより三大噺か大喜利みたいだな。
「連想ゲームと大差ありませんよね。でもそこから色々考えるんです。その予想の一つがたまたまあたる。という事です」
まさか子供がおぼれる事も想定してるんだろうか?
「前に事件にでも巻き込まれるのかというキーワードが出たんですけど、考えて考えてラッキーアイテム煮干しをあてたんですよ。私すごいですよね」
「死体とかのキーワードから動物性食品を連想するのはかなり胆力高いな」
多織のドヤ顔を見るに、だいたいそんな感じのキーワードだったようだ。
「鞄の留め具が緩んできていたら壊れる可能性がある。あの時期には子猫が外に居る可能性がある。今回は脱水に注意かと思ったんですけど……全然違いましたね」
多織は案外、季節の移ろいや周囲の変化をよく見ているようだ。
キーワードはあくまでおまけ、常日頃から周囲をよく観察して、そういった事から連想する諸々に備えている。というわけだ。
「おいおい、ラッキーアイテムとかってそういうのなのかよ?」
「実は不発の仕掛けも多いんですよ?」
不思議ちゃんはそう言ってほほ笑んだ。