1.占い大好き俺の彼女
「あー……待ったか?」
「いいえ、今来たところですよ」
朝、通学路の途中に彼女が待つ。
占い大好きな俺の彼女だ。
この春、「占いの結果、相性抜群だから」という理由で告白され、特に断る理由もなかったのでこうして恋人をしている。
横に歩く多織を見下ろす。俺より頭半分ほど背が低く、俺から見える角度からは少し釣り目がちに見えるが、実際はやや伏し目がちだ。
前髪を地味なピンで左右に分けてあり、前髪の間から見えるおでこに掛かる髪。肩に垂らした髪は光を透かすと薄っすら茶色く見える。
「ゆうとくん。みけちは私たちを見守っているから大丈夫ですよ」
「……思い出させないでくれよ泣いちゃうから」
飼い猫の忌引きは存在しない。泣いて喚いてまた泣きそうでも授業には出席しないといけない。
「そんなあなたに本日のラッキーアイテムです」
多織はこういうところがある。
マイペースというか、空気が読めないというか、とにかく俺が想定する反応を返してこない。女の子というのはこれぐらい謎の多い生き物なのだろうか? なぜか不快にはならないが、少なくとも俺にとっては不思議ちゃんだ。
「ラッキーアイテムはミイラです」
「は?」
「あいにく所有していないので」
「所有してたら大問題だろ」
「代わりとなるものを持ってきました」
多織はスカートのポケットをまさぐる。
ミイラの代わりってスカートのポケットに納まるものだったか?
「どうぞ」
パック付きのビニール袋に入っていたそいつは。
「にぼし?」
言わずと知れた干した小魚が出てきた。
「煮干しも大枠でミイラに違いはないはずです」
「人為的または自然に乾燥した死体という定義ならそうだな」
俺がいぶかしげな顔をしている一方、多織はわずかな微笑、どちらかというとドヤ顔をしている。
しかしこうなると多織は折れない。前もラッキーアイテムと称してモールを一本押し付けられた。その一か月後にカバンの金具がぶっ壊れた時の応急処置にそのモールを使った時のドヤ顔は忘れない。
「いや、いい、いらないから」
とりあえずダッシュで距離をとると多織も追いかけてきた。おいローファーで何でそんな速いんだよ、こっちはスニーカーで全力疾走だぞ。
「ラッキーアイテムですよ。鰯の頭も信心から」
「うまいこと言ったつもりか! いや! ほんっとにいらない! 先生に見つかったら何て言うんだよ!」
「アクセサリーです」
「んなわけあるか!」
「ごく一部で流行ってるんですよ。リアル惣菜風」
「マジで!? でもアクセサリーだと没収されるぞ!」
「じゃあお弁当です」
「俺今日パンなんだけど!」
「案外パンにもあいますよ」
「うそつけ!」
「騙されたと思って試してみてください」
「そんな常套句にだまされねーぞ!」
その時、後ろですごい音がした。
見れば俺らがたった今走って来た道の壁にトラックが突っ込んだらしい。運転手が通行人に介抱されている。支えられて立って歩けるぐらいには軽傷の様だ。
ガソリンに何かあったらやばいから離れてと声をかけている人が居た。何人かは消防や警察に連絡を取っているようだ。
「運転手さんの他に怪我人は居ないみたいだな」
「行きましょう。私たちは事故を見ていませんし、野次馬が増えても迷惑なだけでしょう」
大通りから来る救急車を誘導するためだろう、サイレンを聞いて何人かが走って行った。
「走っていなければ私たちは巻き込まれていたかもしれません。ね、ラッキーアイテムでしょう?」
走ってなくても巻き込まれてないかもしれないだろ。そう思いつつ、俺はポケットににぼしを突っ込まれた。
朝からのゴタゴタでそういえばみけちが居なくなった寂しさを感じなかったと気づいたのは下校中。
隣を歩いている多織も静かだ。
公園の前を通ると5、6人の小学生たちがぞろぞろ出てきた。
「ねこ出てこなかったねー」
「けんくんが追っかけるからだー」
「ちげーよ最初からやぶに逃げ込もうとしてたもん」
俺らは顔を見合わせる。
この公園の藪にあたる場所は一カ所しかない。
近づいていくと煮干しのにおいを嗅ぎつけたのか、三毛の子猫が藪から這い出してきた。
俺が多織を見ると、ドヤ顔をしている。
三毛猫に煮干しをやると一も二もなく食いついた。
周りを見ても親猫らしい存在も居ない。とりあえずは迷子猫かどうか確認しないといけないが。
「あー……うちに来るか?」
「み゛ゃっ」
煮干しを齧りながら子猫が返事らしいものをした。