最終話
綺麗な庭だった。
赤茶色い縁石で作られた花壇は整然とした配置で控えめな華やかさを演出していて青々としたシマトリネコを潜り抜けた木漏れ陽の斑な明るさ、小さい石段と雑草対策の芝生。幻想的な空間に錯覚させる。
「ここでいいのか? 日陰になってるけど」
小さい墓石がちょこん、と庭からはずれるように鎮座している。
「ええ、ここがお気に入りだったの。よく駆け回った後にここでお昼寝してたから」
「そっか。わかる気がするよ。気持ちいいからね」
「ええ。私も一緒によくここで一緒になって寝てたの」
花を供えてからも暫く折った膝を伸ばそうとしない。スカートが広がらないように押さえながら墓石を眺めている。華奢であることが強調されている後ろ姿からは落ち着いた穏やかさを醸している。
お墓というのは、あまり好きじゃない。死んだというのをはっきりと刻み込んでいる証で、死を忘れられない象徴だからだ。
だから、柊美音はシュナイダーを失ったとき、お墓を作るのを嫌がった。悲しみを引きずり、喪失したことを受け入れるのを拒んだ。
ここに愛犬のお墓を作ったのは、彼女なりのけじめで、そして証明なんだと優しげな微笑みを携えた晴れやかな相貌が語っている。
たったそれだけで前兆がおこりそうになって、やや慌てて逸らす。
海外に行ってから二週間。改めて恋人となった女の子の美しさと愛おしさが増していくみたいに感じる。
「夏になると蒸し暑いからホースで水を撒いて涼しくするの。そうするとすぐにはしゃいじゃって私と一緒に水浸しになったままお昼寝してたわ。あの子はすぐに渇くからいいけど、私は着替えさせられて不公平だっておもってたのよ」
きっとこれからの彼女はここに来るたび、見る度、シュナイダーを思い出すだろう。涙を流すのではなく、感謝の念に溢れた懐かしさに浸るだろう。
克服した彼女なら、それができるのだ。
いつ頃だったのだろうか。病院での医師による診断と見解によると、彼女が抱え続けていたペットロス症候群は治っているということだった。
長い年月を経ても治らなかったというのに、もう治療する必要がないことに、驚愕し、困惑した。けど、医学的に基づくと自然なことだったらしい。
悲しみを打ち明け、なにかに没頭する。リフレッシュする。そういう方法を試みると改善の傾向にある。そして自身の最近あった出来事と照らし合わせて、すべて当て嵌まる行為だったと納得し、芽生えていた恋愛感情も同時に自覚した。
「それで、あなたのほうはどうだったの?」
「ああ、うん・・・・・・・・・いろんな人がいたよ。男の人狼も女の人狼も。俺と同じくらいの子もお爺さんもお婆さんも。それから紫音ちゃんくらいの子も」
「そう」
「俺以上に辛い生活してる人もしたけど、皆明るかったよ。同じ仲間と一緒にいるとき、普通の人には話せないことも打ち明けられて、自分一人じゃないんだって気持ちになれるんだって」
「そう。グループセラピーの一環ね。海外ではそういうの進んでいるらしいわ。日本じゃあまりない手法だけど」
「ああ。俺もその話は聞いたよ。でも参考になった。それに電話もメールも交換したし。チャットでもやりとりできるし。これからはやりやすくなるよ」
「なら、あなたに気遣って行きたい場所を我慢する必要ないということね」
「そうかもなぁ~~~。というか行きたい場所なんてあるのか? 俺と」
「勿論よ。恋人なのだから」
恋人。改めて事実を認識させられ、全身の内側に熱湯を注ぎ込まれたようになって、毛毛が逆立っていく照れが生じる。
とくん、とくんと心地よいリズムが、どくん、という激しいビートに移り変わる。
「お、さ。お前わざとやってる・・・・・・・・・?」
「本当のことを言っているだけよ。なに? なにかおかしい? 照れているの?だとしたらまだまだね」
「う、うるせぇな。仕方ないだろまだ・・・・・・って」
(お前も照れてんじゃん)
「戻りましょう。お母さんと紫音が待ってるわ」
「あ、ああ」
ごまかすように先を歩く恋人にやや気まずさを残しながら追従する。文句を垂れる、というよりも声をかける意欲すら与えない素早さで。
今でも信じられない。
高嶺の華と例えられる学校一の美少女。男子生徒達の告白を断り続けていた女の子が俺の恋人になるだんて。
つい一ヶ月近く前までの生活じゃあ考えられないことだった。彼女と俺の人生が交錯したのは今も鮮烈な記憶として焼きついている。あれから体験した過激な日々が、なんだか懐かしくてクスリとする。
「そういえば」
「うん?」
「山峰さん、まだあなたのこと諦めていないわよ」
「・・・・・・・・・え?」
「あなたがいない間話したんだけど、宣戦布告されたわ」
「ええ~~~~・・・・・・・・・」
負けないから。
面と面を合わせた彼女に、そう告げられたそうだ。
「だから、私も応えたの。人の恋人に手を出すなんてことがどれだけ愚かで倫理に背いて最低なことかを十分くらい」
え、えげつない・・・・・・・・・。
「それでも、彼女は諦めなかったわ。逆に私への対抗心剥きだしで睨まれて」
それ、お前のせいで火がついちゃったんじゃね?
「明日からあなたへのアプローチを積極的にするって宣言していたから対抗策も思案しないと」
「気が重い・・・・・・・・・」
「なによ。教えなきゃよかったじゃない」
いや、彼女だけじゃない。
もし学校にいる男子生徒達に高嶺の華と恋人だなんて知られたら。嫉妬ややっかみはいかほどばかりだろうか。
これまでの比じゃないんじゃ?
想像するだけで心が竦む。
少しマシになったとはいえ、まだまだ陰キャな性根にはキツい。
(大丈夫なのか?)
「あら、うじうじしちゃってどうしたの? 謙人くん」
「っ」
たったそれだけで、崩壊した。
自分の中の大事な芯とも呼ぶべきなにかがへにゃっと歪み、刹那的に爆発。
ぼん!
「「・・・・・・・・・・・・」」
ジトッとした目つきを浴びながら、己の身におこった変化、それに対する情けなさと羞恥心に打ち震えるしかなかった。
「まだまだ先は長いわね」
「い、いや、それでもいつもより二秒は保ったし!」
言い訳になるけど仕方がないんじゃないだろうか。
恋人に、好きな人に下の名前で呼ばれることの特別さは、付き合いたてほやほやの恋愛経験皆無な俺からすれば耐えられることじゃない。
「体感でしょう。これじゃあいつまで経っても。本当に情けない。私はその姿のままでもいいけれど」
「そりゃあお前はな?! 困らないもんな!?」
「キャンキャン喚いている暇があったら早く元に戻る努力をして」
前途多難だ。
恋人になったはいいが、たかが下の名前を呼ばれただけでこうなってしまうなんて。これから先普通のカップルができるであろう様々な出来事、イベント、段階の障害になってしまう。
そんな現実をありありと思い知らされた。
「本当、俺なんかを好きになるなんて、損だよな。はは・・・・・・・・・」
たった一度の失敗だけど、俺にとっては重すぎる一度だった。
柊がしたいと望んだこと。行きたいとおもった場所に行ったとき。今みたいなことがおきる。増える。悪化する。
悪いほうへ悪いほうへと舵を切った予想は留まることがない。
「無理よ。私はあなた以外無理だもの」
それだけで、不思議と軽くなった。
「そんなあなただから、私は好きになったのよ」
冷たいまでの感情が薄い表情が、抑揚の低い声音が、まっすぐ心を貫いてくる。
無くなりかけていた自信が少しだけまた取り戻せて胸が軽くなった。
そうだ。柊美音という子はこういう女の子だ。
「さぁ、早く蹲るのをやめて。お母さんと紫音が怪しんで迎えに・・・・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・・・・」
いつだって助けてくれる。いつだって庇って、そして頑張ろうという気にさせてくれる。
そうだ。へこたれてちゃいけない。この子の想いにも応えたい。俺だってこの子としたいことは沢山あるんだって、涙を拭って立ち上がろう。そんな勇気をくれる。
そう。そうだ。俺達の新しい関係はまだ――――――。
「迎えに・・・・・・・・・」
まだ――――。
「む、む、むひゅ・・・・・・・・・」
伸ばされた手がプルプルと小刻みに振動している。いや正しくは全身ごとだけど。
まずい、とすぐにおもった。
「ちょ、待った。目を閉じて。深呼吸をしてくれ。ここでお前まで――――」
「じゅりゅ、は、は、」
遅かった・・・・・・・・・。
「はふぅぅ・・・・・・・・・♡」
口をだらしなく開けっぴろげて口角から涎を垂らす。目がうっとりとなにかに取り憑かれたようになってしまった、変態とも凶人とも形容できる、愛すべき恋人の成れの果てに、やっぱり前途多難だ・・・・・・・・・とがっくりする。
「謙人くん・・・・・・・・・・・・♡」
「待て、ここでするとお前の家族にもお前のとんでもない姿をさらすことになるぞ」
よろよろと覚束ない足どりでこちらへとヒタヒタゆっくり近づいてくるのを、必死でとめようと足掻く。ゾンビに抵抗する一般市民の気分だ。
「美音っ」
「っ」
辛うじて俺もさっきされたことと同じように下の名前で呼ぶことで、ようやく歩みをとめられた。
変態であっても、まだ恋人同志の特別性は理解できるらしい。
「美音美音美音っ」
「う、うう・・・・・・・・・モフモフ、」
「せめて部屋に行くまで我慢しよう! 美音っ」
柊はペットロス症候群を克服した。
けど、ケモナーであることは変わらない。むしろ悪化の一途にある。
恋人になったことで枷が外され、外聞も遠慮もないけだものぶりを日々発揮している。
シュナイダーを失ったからケモナーに目覚めたわけじゃない。二つはこれっぽっちも関係なかったんだ。
うん、その事実には俺も驚愕したね。
これから付き合っていくなら永遠にモフラれペロラれるんだから。
もしかしたら、俺が人狼の末裔じゃなかったら彼女と恋人になれなかったんじゃないか。好きになってもらえなかったんじゃないだろうか? 純粋な俺になんて興味ないんじゃないかという疑念もわくわけで。
「ほ、ほら見ろ・・・・・・・・・ちょっとずつ戻ってきてるだろ、こんな状態でモフモフしても楽しくないぞ?」
「う、うう・・・・・・・・・」
「美音? なんで這いつくばるの?」
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・・・・・・・・・・」
「なんで今すぐ飛びかからんばかりな体勢なの? ちょ、ちょっと、頼む・・・・・・」
だとしても、自分の血筋に初めて感謝しよう。
「もふうううううううううううううううううううううううううううううううう”ううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
ヌッポヌッポチュブチュブちゃくちゅくヌメヌメじゅるじゅるごくごくでれんでろんのぐっちょぐちょんぐっっぽぐっぽジュリュリュ・・・・・・・・・ゴクゴク、ああああ――――♡ んはっ♡ ああっ♡ ギュイイイイイイン!! ブボ、ブボボボ・・・・・・・・・♪ ヌチョネチョ♡ ヌッポヌッポチュブチュブちゃくちゅくヌメヌメポオンポオン、しゃぷしゃぷ、ぐっぽぐっぼシャブシャブチュッチュシャップカミカミハムハム♡ ゴクゴク、ああああ――――♡ んはっ♡ ああっ♡
高嶺の華のケモナーに愛され、ケモナーな彼女を愛しているんだから。




