60話
空港の中はテレビや映画のおかけで馴染みが深いけど、独特の静けさと雑踏が入り交じっている。
早々に搭乗手続きを終えて椅子に座っていると、一人でショッピングモール、それかテーマパークに来たときの孤独さを味わう。
広々とし過ぎている風景に、固くてツルツル滑りそうな床がどこまでも伸びていく。ドーム状の天井。まるで一人世界に取り残されたような心細さが際立ってしょうがない。
ちょっとしたカフェやレストランがあるけど、時間を潰すために散策する気分にはなれない。
意味もなく過ごしていると、恵里奈姉ちゃんに促されて展望デッキへと誘われた。屋上に面しているから移動するのが億劫だ。
だけど、すぐに切り替わった。
「うわぁ、すげぇ・・・・・・!」
感嘆が漏れた。
気持ちのいい風が拭いて燦々と降り注ぐ太陽にじゃない。一瞬眩んだあとの飛び込んできた光景にだ。
フェンスに遮られたその先にある滑走路。そのあちこちに飛行機が点在していた。
まさに飛び立つために移動しているものや動かないの、離陸し、着陸している飛行機に心が踊る。
「やっぱり男の子だね〜」
だってしょうがないじゃないか。飛行機に詳しいわけじゃないけど、男心を擽られるんだから。
飛行機とかかっこいい乗り物って、見てるだけでテンションが上がる。
「俺達が乗るのって、あれかな」
「いんや。あれは国内便だよ」
なんの感慨もなく指をさしながら違いを教えてくれる従姉妹。相槌を打ちながら普段はない大人としての一面を垣間見た。
ともすれば冷めている、興味がないともとれる。でも、特別なことじゃない、いつもやっている当たり前だという余裕さがある。
「けど、暫くは日本食とお別れか〜。寂しいな〜」
「むこうでも食べられるんじゃないの? それか作るとか」
「あっちである料理はね〜。基本こっちのとほ違うんだよ〜。それに材料とか調味料も売ってないのが多いし」
「そっか」
「だってむこうじゃ醤油もないしねー」
「え、マジで?!」
「お味噌も出回ってないし、謙ちゃんがよく買ってるハッピーターンも柿の種も通販でしか買えないし」
「マジか・・・・・・不安になってきたんだけと」
「たけのこの里もないよ」
きのこ派からすればどうでも良すぎて草生えるわ。逆にきのこは? きのこ派はむこうじゃどうなってるの?
「日本人むけのショッピングモールもあるけど、質や扱う品もピンキリだからねー。場所によっては治安も悪いし」
それはよく聞く。日本と違って個人での銃の所有が認められているからよく発砲とか事件がおこるって。
「転売ヤーが普通のお客さんと商品取り合って射殺されたって事件もあるし」
殺伐としすぎてて大草原不可避。
転売ヤーの生活って国によっては世紀末ばりに過酷なんだな。やったぜざまぁ草。
朝から少しナイーブ気味だったけど、冗談混じりなやりとりも助けてくれてすっかり晴れやか気分だ。
「だからさ。いつでも帰ってこれるわけじゃないんだし、今思い残すことないようにしておきなね?」
「・・・・・・・・・」
鳴り響いた携帯、その着信者の名前を見て心の中で唱える。
いいんだ。それはもう。
だって、もう決めたから。
「やっほ」
「あれ、君は」
「こんにちは、お姉さん。えへへへ」
「迷わなかった?」
「うん、事前に携帯で調べといたし。案内図あったし。それにわかりやすかったからね~~~。えへへへ」
挨拶もそこそこに、呼びだされた山峰さんはいつもの調子で対面する。
「やっぱり、行っちゃうんだね」
「うん、もう決めたから」
山峰さんが来てくれたのは、事前に俺が呼び出したからだ。旅立つ前に告げたいことがあるから。
「もう決めたから」
「そっか。しょうがないよね」
「あたし、先に戻ってるよ」
肩をポンと軽く叩きながら通り過ぎる。僅かな動作の中に、意図的なニュアンスを察知したのは俺の勘違いじゃないだろう。
二人きりになった途端、会話が無くなってジェットエンジンの駆動音、そして身の内側を震わす鼓動が目立つ。
「山峰さん。今ここで言うことじゃないけど返事をさせてほしい」
元々予見していたのか、彼女に狼狽はなかった。逸るような緊張が、おかげでマシになっている。
「告白の返事を」
ガシャン!!
勢いよく重々しい開閉音が耳の奥で谺した。
反射的に力強く開け放たれた扉のほうへ意識をやり、仰天した。
「どういうこと?」
眼球が飛び出そうなほどの衝撃を受けて言葉にできなかった。それほど衝撃的な人物。
「告白って、なに?」
柊美音が血相を変えて立っていたのだ。
なんで? どうして? え? え? どうなってんの?どうしてここに柊が?
「えっと、どうして柊さんがここにいるのかな?」
「学校で山峰さん達と話しているのが聞こえたのよ。今日大上くんが、海外に旅立ってしまうって」
ハッとしながら口を塞いだ。山峰さんにもピンとくることがあったんだろう。別に隠すことじゃないからいいけど。
なんであれ。それでもだ。イコールにはならない。俺が旅立つ場所に、わざわざ彼女が来た目的が不明なままだからだ。
「それより、山峰さん。今のどういうこと?」
逆に怒りが滲んだ柊のほうが問いただしてきたじゃないか。どちらもまだ事態を飲み込めないっていうのに。
「えっと、」
「その、だな」
「あ、ふぅーん(察し)。把握したわ」
「え?」
「旅立つ少年。会えない距離。乙女チック満開な女の子と迫真(笑)な男の子。そしてテイクオフ寸前の飛行機とロマンチックなロケーション。絶好のシチュエーションじゃない」
なんだか嫌な予感がする。
「あなたもここで人生のテイクオフ!! を決めてグッドラックな卒業を迎えるということでしょう」
全然(察し)できてなくて草だわ。
「それ、柊さんに関係あるのかな?」
ムッとした山峰さんがズイッと一歩前に進み出た。さりげなく俺の二の腕付近をぎゅっと握りしめながら。
「だって柊さんと大上くんは恋人じゃないんでしょ? なんとなくただの友達じゃないんじゃないかなって薄々感じてたけど」
柊の視線は山峰さんでなく。彼女の握っている部分、そこ一点に集中している。眉毛と口の端がぴく、ぴく、と痙攣し剣呑さを醸しだす。
「でも、絶対に恋人じゃない。付き合ってたら恋人っていうことをわざわざ隠しながら学校にいるとき二人で過ごしたりしない。極力会わないで疑問持たれるの防ぐはずだもん」
額に、青筋が浮かんでいる。けれどその表情はどこまでも冷徹! 無!
「でも、ただの友達じゃない。だって、大上くんと柊さんは映画を観たとき偶然一緒になったって言ってたよね。でも、それより前に二人が一緒にいるところ見たんだもん」
「「!」」
「なのに、その後まるで初めて一緒になった、って具合だったし。どこか焦ってたし。あれ、なにかおかしいなって」
「山峰さん・・・・・・・・・」
「友達でも恋人でもない。柊さんがそこまで大上くんに拘って、でも説明できないなにかがある。だから柊さんもここに来たんじゃないの?」
山峰さんは、気づいていた。
俺達の嘘に。俺達が隠しているなにかがあることに。
「でも、そんなの私にはどうでもいい。二人がどんな関係でも、秘密があっても。これから知ればいい。知っていきたい。順番なんて関係ない。柊さんだけが特別じゃない。そういう覚悟で私は告白したの」
それでも、彼女は見て見ぬふりをした。悟らせないようにした。
もしかしたら、この子も俺のことを受け入れてくれるんじゃないか。先に出会っていたら、なんて期待が生じた。
「そうね。そのとおりよ」
「柊?」
「でも、山峰さんの気持ちを無為にするつもりはないわ。邪魔をするつもりもないもの。私にはそんな権利はないし」
そんな風に語る柊に腹がたった。
悲しくなった。泣きそうになった。
「それに――――」
俺の気持ちも、俺と過ごした時間も、笑顔も涙も、全部否定されたようで。
「もう大上くんに舐められないとおもうと清々するくらいだし」
「 」
そして、多分時間が死んだ。
俺の意識も数秒。
「どゆこと?」
こ、この女・・・・・・・・・!
「どういうことも、なにも、そのままの意味。それが私達の秘密よ」
「そ、そんな・・・・・・」
「柊てめぇ!!」
最後の最後でこの女、とんでもねぇ爆弾放りこみやがった。
「大上くん嘘ついてたの!? だ、だって二人は付き合ってないんでしょ!? なのに、え?! どういうこと!?」
「付き合っていなくてもできることはあるでしょう?」
「違う! 俺じゃない! 逆なんだ!」
「逆!? 柊さんが大上くんを舐めたってこと!? どこ!?」
「そうだけどそうじゃない!! ええいくそ、説明できないけど・・・・・・」
「説明できない場所を舐めさせたの・・・・・・!?」
「場所は問題じゃない!!」
「じゃあなにが問題なの!」
「ヒント。大上くんはマニアック。ヒントその2。大上くんは狼である」
「!?」
微妙な真実と虚構を入れ混ぜたヒントを垂れ流すな!
「た、爛れてる!! まさかそんなふしだらな関係だったなんて!!」
「山峰さん。彼と付き合うなら覚悟が必要よ。彼のあれ・・・・・・・太くて大きいから」
「!!??」
尻尾のことを誤解させるように言うんじゃねえ!!
ああ、くそ!! 説明できないのがもどかしい!! そして柊美音が憎い!!!!
「う、うう、」
「でも、良かったわね。大上くん。今後は私じゃなくって両者想いあっている人と舐めてもらえるんだから」
「も、もしかして私も付き合ったら大上くんに!?」
「しないよ! させないよ! そんな最初からクライマックスな高度なこと!」
「あ、でも大上くん海外に行くのだからむこうで相手ができるかもしれないわね。特に海外じゃそういうことはお盛んで進んでいるから。遠距離恋愛になったらそういう不安もあるし」
「う、うう・・・・・・・・・」
「でも、私は山峰さんのこと邪魔するつもりはないわ。ご自由にどうぞ」
邪魔しかしてねぇじゃねぇか!
まさかわざわざ告白を邪魔しにきたのか!? 山峰さんのことなんだとおもってる!
「好き!! 大上くん!!」
「な、」
「え!」
そして、突然山峰さんが抱きついてきた。
「私! 大上くんが海外に行って別の人とそういうことするの嫌! でも私もできるかどうかわからないしぶっちゃけ無理に近いけどそれでも好き!」
「な、ちょ、・・・・・・・・・!」
「できるように頑張るから! 私と付き合って!」
ギュウウウ、と力をいっぱいこめているんだろうけど、いかんせん柔らかい感触と女の子特有の良い匂いのせいで苦になっていない。
むしろ、幸せな心地。
「山峰さん。離れて!」
ダメだ。彼女は今冷静ではない。
きっと柊が変なことを言って、動揺しすぎて不安になってしまったんだろう。体(胸とか)を堪能してドギマギしている場合じゃない。
このままじゃ俺の最初の目的も果たせなくなる。追い詰められて半ば助けを求めて視線を這わせる。
お前一体どういうつもりなんだ、という意味をこめて。
「おめでとう・・・・・・・・・」
!
「そこまで想っているのなら、受け入れるなら、うん。きっと」
チクン。チク、チクン。
「さようならお幸せにね」
駈けていく。屋上からいなくなり、姿が消えた少女の辛そうな表情が、残滓が、胸の痛みが、疼きが、酷くしていく。
「・・・・・・・・・やっぱり、違う」
「え?」
「ごめん、山峰さん俺、隠してたことがある。聞いて欲しい」
抵抗をやめると、優しい拘束が緩んだ。重なった体からひょっこりと可愛らしい顔が飛びでた。
「俺、さ。人狼の末裔なんだ」
「え?」
「人狼なんだ。俺」
「・・・・・・・・・・・・」
目的の一つは果たした。
当初の予定とは違うけど、伝えることができた。
けど、これで終わらない。
まだ、残っていることがある。




