55話
元の姿に戻ってすぐ。どうすればいいのか悩んだ結果、冷蔵庫の中身が空だったことを思い出して行きつけのスーパーへと出向いた。
まだモヤモヤとしていた気分も、普段のルーティーンには逆らえない。食材を選ぶことに没頭していれば気分は晴れるかともおもったけど、頭に浮かぶのは献立ではなく、別れ際の彼女の涙。
俺なにしてるんだろう、という虚脱感にぐったりとしていると、見覚えのある人影が目についた。
「ん~~~♪ 今夜は贅沢にお刺身とちょっと高いお肉で晩酌~~~♪」
「・・・・・・・・・」
「独り身でこんな贅沢できるのも独身の強み~~~♪ 一時の現実逃避~~~♪」
内容と横顔がまったく一致していない鼻歌を諳んじられていると、話しかけるかどうか戸惑ってしまう。俺以上にこの人なにしてるんだろうって哀愁を覚える。
「鬼のいぬ間に息抜きできるのも今日だけ~~~♪ ふんふんふん~~~♪」
「誰が鬼だおい」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!? え、謙ちゃん?」
予想以上に驚かれてこっちまでビクついてしまう。完全に不審者に襲われかけた女性のそれだ。
「あー、びっくりした。ナンパかとおもっちゃったよ」
驕りがすぎるなぁ。誰もあんな鼻歌諳んじてる女性ナンパしたくないだろ。
「そっちよりこっちのほうがいいよ。あと、もう少ししたらタイムセールがはじまるから」
「あ、そうなんだ。ってちょっと待って。なんでここにいるの?」
「なんでって」
「柊ちゃんは?」
「・・・・・・・・・・・・」
キョロキョロと誰かを探す素振りの恵里奈姉ちゃんからカートを奪い、追い抜く。
「ねぇねぇ、柊ちゃんは?」
「・・・・・・・・・」
「ねぇねぇどうしたの?」
「~~~~~~っ!」
「ねぇねぇねぇねぇ~~~」
察しろよちくしょう!
「あ、もしかしてあたしのこと気にしちゃった? 気にさせちゃった? やん、もう謙ちゃんたら~~~。女の子を一人家に帰してまであたしを優先しちゃうなんて~~~」
う、うぜぇ・・・・・・!
脇腹とか突いたり背中に指をツツ~~~、と這わせたりしてくるし!
「んでもんでも~~~。いくら謙ちゃんがあたしのこと大好きでも他の子を優先しちゃ、ダ・メ・だ・ぞ? 女の子は面白くないんだから♪ 大丈夫安心してっ。乙女心をこれでもかってくらい教えてあ・げ・る♪」
「ええいしゃらくせぇ!」
「きゃ、もう照れるな照れるな~~~。あははは、なんだろうね。あんなにちっこかった謙ちゃんが立派になって・・・・・・・・・」
「喧嘩になった」
「へ?」
「柊と口論になった」
「・・・・・・・・・」
こっちを置き去りにハイ気味だったテンションが、急停止した。
「そのあと、泣かれた」
「ふぁ?」
「そんで、走り去られた」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「え、どゆこと?」
俺が聞きたいわ。
「え? え? ちょ、待って。どゆこと? 突然の伏線なしの超展開にお姉さんびっくり」
「俺もだよ」
「なにがあったの?」
「というかきっかけは恵里奈姉ちゃんだろ?」
「え?」
そこから、詳らかに経緯を説明せざる得なくなった。
半ば自棄になりながら。お前のせいだぞ、という腹立ちが話しだしていくと柊の泣き顔がちらつき、胸がズキリと疼く。どうしていいかわからない心細さをごまかすように、もう一度お前のせいだぞ、とニュアンスを強める。
「・・・・・・・・・・・・というわけだよ。なにを勘違いしていたかわからないけど」
「・・・・・・・・・」
「姉ちゃん?」
「お姉ちゃんパンチ」
「痛!?」
「保護者キック保護者キック保護者キック」
「ちょ、やめろ! 的確にローを攻めるな!」
なに? 逆ギレ?
頬をこれでもかと膨らませたままの攻撃から逃げようとすると、手にしていたカートを奪われ、バランスを崩して転びそうになった。
「ちょ、なにすんだよ」
「敵にご飯作ってもらいたくないですぅ~~~」
「は? 敵って」
「女の敵ですぅ」
意味がわからん。
「そんな女の敵に作ってもらう栄養たっぷり愛情たっぷりの手料理より一人でずぼら飯食べてたほうが遙かにマシですぅ~~。どうぞ謙ちゃんは一人で美味しいご飯を食べてください~~~あたしは適当に大して面白くもないテレビでも見ながら優雅にカップ麺でも啜ってってさせるかあああ!」
「なにがしたいんだよあんたは!」
またもや理不尽な攻撃を、すんでで防ぎ、フィンガーロック状態でギリギリ・・・・・・・・・! とプロレスの力比べの様相に。
ぐ、押されてる・・・・・・・・・!
「あんたのせいだろ!! 俺が海外に行くかどうかバラすから!」
「そっから拗れさせて喧嘩になっちゃったのは謙ちゃんでしょ!」
「ぐ、おおおお・・・・・・・・・! 痛いいいいい・・・・・・・・・!」
「もしもあたしが急に謙ちゃんと離れて暮らさなくっちゃいけなくなったらどうするのさ!」
「清々するに決まってるだろ!」
「なあああああああああああにいいいい?」
「ぎゃあああああ! ちょっと心配になります!」
力比べに負けて、店員さんに白い目で見られて。結局買い物もできなくて。お客さん達に対して申し訳ない気持ちになって恥ずかしくなって、踏んだり蹴ったり。
なに? 今日厄日?
結局、二人で適当なラーメン屋さんに入って麺を啜るまで微妙な冷戦を保つことになった。
「バラしちゃってごめん・・・・・・・・・」
食欲が満たされているからだろうか。不似合いな反省してる、という色がありありと出ている沈痛な面持ち。まるで叱られた子犬みたいだ。
「もういいよ・・・・・・・・・そのうちきっと元通りに・・・・・・」
「海外に行くかもしれないのに?」
「っはああぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
咽せかけて、麺を吐きだしそうになってしまった。
「姉ちゃんは、俺が行くべきだとおもう?」
「今のままだと、行っちゃいけないとおもう」
「・・・・・・そりゃそうだよな・・・・・・・・・」
言葉だって通じるかどうかわかんないし。余計悪化するかもしれないし。
「そうじゃないよ」
「・・・・・・・・・柊だってまだペットロス症候群が――――」
「そうでもないよ」
じゃあなにが問題だっていうんだろう。
「ねぇ謙ちゃん。謙ちゃんにとって柊ちゃんってどんな子?」
「・・・・・・・・・」
「山峰ちゃんとか他の子と一緒? 自分の仲間がいるかもしれないってわかったらポイしちゃえる相手?」
「・・・・・・・・・」
「ペットロス症候群とか体質の問題がどうにかなったらどうでもいい相手? ねぇ謙ちゃん。謙ちゃんはあたしにとっての家族だよ。身内。従兄弟。可愛い弟分」
「なんだよいきなり」
「だから、一緒にいたいっておもったの。そりゃああたしが一緒に住んでるのは体質が原因だよ? でもね? 赤の他人だったら、どうでもいい相手だったらそんなことしない」
「・・・・・・・・・」
「なんでもかんでも自分のことと結びつけてるけどさ。仕方ないのかもしれないけどさ。だから余計一度そういうごちゃごちゃした事情を抜きにして。シンプルに」
「姉ちゃん・・・・・・・・・」
「少なくともさ。柊ちゃんは女の子だよ。どこにでもいる、普通の女の子。仲の良い男の子が遠くに行っちゃう、ただの女の子に見えた」
「・・・・・・・・・姉ちゃんは、どうしてそんな風に言えるの?」
「んー? そりゃああたしは常にしたいように考えてるからかなー。心の赴くまま自由気ままにさー」
初めて恵里奈姉ちゃんが凄いって。羨ましい。かっこいいっておもった。
(俺にとっての柊)
俺が人狼じゃなかったら、あんな高嶺の華とお近づきになれることさえもなかった。だからどうしてもセットで結びつけるのが当たり前になっていた。
そういう事情を抜きにしてなんて、発想もできなかった。
「・・・・・・・・・本当にごめんね」
「いいよ。本当に。ありがとう」
明日、きちんと話をしよう。まずはそこからだ。
そう決意して、ラーメンを勢いよくかっこんだ。




