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53話

「なぁ、柊。お前なんであんなことになったんだよ」


 答えることができないままでいて数分経つと、山峰さんは軽快な調子で皆と合流しようと誘ってきた。


 正直皆の輪の中にいてもどこか心ががらんどうで、どう過ごしたのか記憶も乏しい。山峰さんに似つかわしくない真剣な問いかけに、自分自身の気持ちと向き合っていた。


 もっといえば、柊との関係だ。


「まぁまぁ。終わりよければすべてよしってことで」


 フイッと横に逸らし拒絶している柊との間を取り持つように、わざとらしい明るく風待っている恵里奈姉ちゃんは、正直空回っている。痛々しいまでに。


「柊ちゃんだってさ。心配してたんだって。もしかして謙ちゃんのお尻が大惨事になってるんじゃないかって」

「ええ。もしかして一生トイレから出てこれないレベルだったんじゃないかって」

「そもそもトイレに行ったのは腹痛じゃない! 柊が変なことしたからだろ!」

「妙な言いがかりはつけないでちょうだい。私が机の下でなにをしたというの?」

「ぐ、この・・・・・・・・・!」

「それにもしも密室で山峰さんに欲情して人狼になっていたらどうするの? バレていたかもしれないじゃない」

「・・・・・・・・・まぁいいさ。けど、そのことなんだけどな」

「最低、見損なったわ」

「しょうがないよ柊ちゃん。謙ちゃんだって年頃なんだから」

「言葉足らずでごめんねごめんねええええ!? 人狼化しなかったからそのことについての話をしたいってことだよ! 欲情したってことについてじゃねぇ!」


 話が進まねぇ!


「人狼化しなかったんだっ。まったくっ」


 少し強い口調にした甲斐か。それとも内容のせいか。二人は歩みをとめた。


「それだけじゃない。今日一日。朝からいろんな人に話しかけられてもだ。平気だったんだ。ちょっと緊張したり会話が上手くできないときもあったけど」

「え、マジで?」

「ああ。人狼化する前におこる予感みたいなのも。全然だった」

「・・・・・・・・・それで?」


 興味津々という恵里奈姉ちゃんと正反対な冷ややかな態度に、少しムッとしながら詳しく説明をしていく。


 今までの経験でいけば、絶対に人狼化しそうだっていうシチュエーション、内容、事細かに。


「へぇ~~~。それは良かったじゃん! 柊ちゃんとの特訓が功を奏したってことだね!」

「・・・・・・・・・そうですね・・・・・・・・・」

「いやぁ~~。あたしも柊ちゃんにアドバイスした甲斐があったってもんよ。うんうん」


 これは大きな一歩だ。


 だというのに、柊は全然嬉しそうじゃない。逆に不愉快そうに歪んだ皺が眉間に刻まれている。なんだか酷すぎる対応過ぎないか?


「それで?」

「それでって。だから、このままいけば俺も――――なぁおい。ちょっと待て。なんつった?」


 アドバイスしたって、どんな? 碌でもないことじゃないだろうな?


 というか犬耳とかいろんな柊がしてたことって、まさかこの人が?


「キン肉マンの矛盾点と同じくらいどうでもいいことは放っておいてさ」

「・・・・・・・・・ああ。そうだな。つまりなにが言いたいかっていうと、俺の体質はかなり良くなってるってことだ」

「・・・・・・・・・」

「だから、柊が協力してくれなくても、なんとかなるかもしれないし」

「っ」

「!」


 過激な方法で体を馴れさせなくてもよくなる。周囲から怪訝におもわれたり柊にとっての負担は減るだろう。


 いや、人狼化しなくなったことでモフる機会も減るから、一概に良いわけじゃないけど。


 なんになんにしろ。柊とまったく交流を絶つとかいうわけじゃない。


 あくまでも無理やり人狼化しないように過度なスキンシップをしてもらう必要がないってだけ。その分柊のペットロス症候群の克服に余裕を割けることができるんだ。


「・・・・・・・・・・・・」


 ん? どうして恵里奈姉ちゃんが冷や汗を垂らして困ったような?


「そう。そうね。そのとおりね」

「そうだろ? そうおもうだろ?」


 さっきと打って変わって同意してくれた柊に、ようやくわかってくれたか、という心境になって有頂天になってしまう。


「いやぁ、よかったよ本当に。自分でもビックリしてる」

「そう。望んでいたことだものね」

「ああ。そうさ。当たり前だろ?」

「よっぽど嬉しいのね。私と・・・・・・・・・」

「ん?」

「いえ。なんでもないわ」


 小さく口元が動いて、表情に彩りがつき寂しそうに笑っているように見えた。


「別に私がいなくても山峰さんがいるものね」

「は?」


 唐突に出てきた名前にぽかんとする。


 恵里奈姉ちゃんは「あちゃー」とばかりに頭を抱えている。


「彼女は誰に対してもフレンドリーだし。いつも笑顔だし優しいし。心を許してもしょうがないわ」

「ちょっと待てよ」


 なんでそこで山峰さんが?


「だって、あなたがさっき教えてくれたシチュエーション。人狼にならなかったときって、大抵山峰さんがいるじゃない」


 言われてみればたしかに。


「それって、山峰さんに対して心を許しているからじゃなくって?」

「それは・・・・・・・・・・・・」


 人狼になる条件は感情の揺らぎ。そして思春期特有の強い欲求。俺の性格。


 どうして起きなかったのかなんていうのをより具体的に考えていなかったけど、たしかに柊の言ったとおりなら、附に落ちる部分がある。


 でも、言い方に棘があるからだろうか。彼女が論理的に出した結論というよりも、乱暴な極論すぎる印象が拭えない。


「それに、今日ここに来れたのだって彼女が誘って、一緒にいたから。私とは一緒にいると人狼化しやすくなるのに・・・・・・・・・」

「それは、お前が過激すぎるからだろ」

「人を変態みたいに言わないで。ああ。でもそうね。過激すぎる私のやりかたよりも山峰さんのほうが大上くんには合っているかも」

「お前なぁ・・・・・・・・・!」

「はいはいはい! ここでストップ!」


 手を何度か叩いて意識がそれた。棘がある柊に対して瞬間的にムッと沸いた怒りが、


「とりま。ここでは話やめよ。ね?」

「「・・・・・・・・・」」

「一回ウチ帰ってさ。改めてあたしから話しないといけないし。今後のことも含めてキチンと――――」

「私みたいにあなたを受け入れてくれるかどうかわからないけど」

「っ」

「柊ちゃん? ここで話はやめってお姉さん言ったよね?」

「そんなの・・・・・・・・・わからないだろ」

「謙ちゃん? 聞こえたよね? さっき目合ったよね?」


 とまらなかった。俺も柊も。


「じゃああなたは山峰さんにも他の人にも正体を明かすつもりだというの? 私が隠してきたことは無駄になるということ?」

「そこまで言ってない。可能性の話だ」

「二人とも。ストップ。もしも~~し?」

「皆が皆私みたいにケモを受け入れるわけじゃないわ。まだ時間がかかるでしょう。そのときまで待てないの? だからあなたは陰キャなのよ」

「お前みたいなクレイジーなケモナーであることを期待してねぇよ! それから陰キャかどうかなんて関係ないだろっ」

「二人とも。ちょ、周りの視線が。痴話げんかみたいになっちゃってるからっ」

「山峰さんや他の人が近くにいるとき勘違いしてたでしょう。もしかしてモテ期来たかも、って。だから打ち明けても大丈夫かも、なんておもったんでしょうっ」

「だから今すぐ皆に打ち明けるつもりはねぇって言ってるだろっ」

「ストーップ! ステイ! 伏せ! ちんちん! おすわり! お願いとまって!」

「大体お前さっきからおかしいぞ! 元からだけど! 別のベクトルでおかしくなってるわ!」

「私はいつもどおりよ! おかしいのはそっちよ!」

「ねぇあたしのこと見えてる!? 認識できてる!?」

「お前みたいな奴は――――――」

「なによ! それを言うなら――――――」

「あ~~~~~~~~~もうっっっ! いい加減に・・・・・・・・・・・・」



 バシー――――ン!!




「へぶ!?」

「しなさいっっっっ!」




 バシ―――――ン!!



「ぶ!?」


 おもっくそビンタされた。


 二人揃って。恵里奈姉ちゃんに強烈な。


「ちょっと、頭冷やそうか・・・・・・・・・?」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「返事は?」

「はい・・・・・・・・・」

「はぁ、まったくもう・・・・・・・・・」


 肩で息をしている、珍しく怒り状態の恵里奈姉ちゃんに、否が応でも従うしかなくなった。


「なんでこんなことに・・・・・・・・・」

「大上くんのせいよ・・・・・・・・・」


 は? なんでそうなる?


 ぼそりとした呟きに反応すると、うるうるとした涙目で睨んでいる。


「だってあなた――――」

「まだ言うかああああ!! このわからんちんっっっっ!」


 あ、まずい。恵里奈姉ちゃんがまた凄まじく手を振り上げている。さっきよりもきっと――――


「海外に行くことっ!! 黙っていたじゃないっ!!」

「!?」




 バシ―――――ン!!

 



もう一度。強烈なビンタが響く。


 それでもかき消せなかった言葉が耳朶に残った。



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