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48/62

48話

 授業と授業の合間、昼食時間と他のクラスメイト達に話しかけられる機会が増えた。というか周囲の反応が変わった。


 廊下を歩くと二度見されたり凝視されたり。道ばたに落ちている石に対する無関心ぶりが嘘のように視線を感じるようになり、会話をすることが増えた。


 ありがたいことだ。だけど今までとの生活と打って変わってそんな調子になったものだから精神的に大きく負担がかかる。


 疲弊が溜り続けている。嬉しいことは嬉しいけど、こんなことなかったもんだからいつまで経っても慣れない。


「あなたは根っからの陰キャ気質なのね」


 ようやく言葉を交してくれるようになった柊は留まることを知らない。


「だってクラスメイトと話をしただけでそんなに窶れるなんて。このままじゃミイラになってしまうわ」

「でもさ。人狼化しないんだ」


 山峰さんだけじゃない。何度もあ、ヤバいというタイミング。今までの経験から人狼になってしまう! というときは半日の間に何度もあった。


 でも、なんの変化はなかったのだ。俺としてはむしろそっちのほうが驚きだ。


「そう。私との特訓が功を奏したのね」

「そうなのかな・・・・・・・・・」


 いや、そうかもしれない。きっとそうだ。彼女との過激すぎるスキンシップや接し方に比べたら軽すぎるのかもしれない。


「でも、今だけだワン」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・今だけよ。皆最初は物珍しいから寄ってきてくれるけど、いつまでもは続かない。きっと明日頃には飽きられてるんじゃないかしら」


 語尾について微妙にスルーして良いかどうか悩んだけど、スルーすることにした。


 気まずそうだし。というかこいつまだ引きずってんのかな。


「どんなに珍しくても当たり前になってしまえば意味がないもの」

「な、なるほど・・・・・・・・・」

「だから大切なのはこの機会を無駄にしないことね。接してきてくれる今の関係性を維持できる姿勢でいないと」

「そうか」

「でも、今の大上くんには酷だから、あまり無理はしないほうがいいわ。身の丈に合わないことをすると人間性が知られて返ってドン引きされる可能性が高いし。ふとしたときに油断して人狼化してしまうかもしれないし」

「うん、そうだな・・・・・・・・・」


 気を引き締めろ。そう伝えたいのはわかるけど、言い方をもうちょっと工夫してもらいたいなぁ。何気に傷つく。



「でも、昨日の時点で予測できなかったよこんなこと」

「昨日? なにかあったかしら」


 すっとぼけやがる。犬のフリをしていたという事実を根底からなかったことにしようとしてやがる。


私は昨日なにがあったのかまったく記憶がないの。気づいたら家にいた。だからなんのことを言っているかわからないんだワン」


 台無しだよ色々。


「なんにしろ、まだまだだってことかな」

「そのとおりよ。安心して。私は協力してあげるから」

「協力か・・・・・・あ」


 ようやく本題に入れると改めて彼女に向き直った。でも、ある不安がよぎる。


 俺が海外に行ったら柊はどうなる?


 俺は同じ境遇の人と一緒にいられるからいいけど、この子はそうじゃない。


「大上くん?」


 きっと一人でペットロス症候群に向き合うことになるんじゃないか?また俺と出会う前の苦しみを一人で抱えていくことになる。


「どうしたのよ。急に黙り込んで」

「なぁ、柊。俺以外に打ち明けるつもりはないのか?」


 急に表情に翳りが生じた。


 もしかしたら俺以外の人に打ち明けることができたら。その人と一緒に克服していけたら。


 この反応からしたら無理だろう。


 だとしたら、俺は海外には行けない。柊を一人残して自分だけ行くなんて。


 ここまでやってこれたのは柊がいたからだ。だからせめて彼女がペットロス症候群を克服するまで側にいないと。


 あれ? けど逆にペットロス症候群が治ったら必然的に俺の関係は終わりになるってことにならないか?


 (どっちにしろ詰んでね?)


 だってそうじゃないか。キチガイじみたモフられをすることは当然、一緒に過ごすことも他愛ないやりとりを交わすことだって必要なくなる。


 だって俺達の関係のはじまりはそういうものだったんだから。


 ・・・・・・。


 けど、なんだろう。


(嫌だな)



ドクン!



「!」

「大上くん?!」

「が、あ、」


 なんで?


 前兆だ。


 なんで? どうして?


 突発的な事態に軽いパニックに陥る。


「落ち着いて。私に倣って。ヒッヒッフー。ヒッヒッフー」

「そ、それ、ちがう・・・・・・絶対ここで使うやつじゃない・・・・・・なにも産まないから・・・・・・」


 パニックになってるのは柊も同じらしい。なんとか落ち着きを取り戻したものの、間一髪というかんじが拭えない。周りには気づかれていなかったものの、下手したらとゾッとする。


「落ち着いた?」

「ああ、悪い・・・・・・」

「まったく。調子にのってるからそうなるのよ」

「いや、調子にのってたわけじゃないんだけど」


 本当におかしい。


 見知らぬクラスメイト達と話していたときはなんともなかった。それだけじゃなくて人狼になりそうなタイミングがここ最近妙になっている。


「これじゃあまだまだ私がお世話をしてあげないとダメみたいね」

「いや。だからペットとか犬とかそういう風に扱うのはいい加減やめてほしいんだけど」

「そんなつもりはないわ。あなたがそう扱ってほしいと願っているから曲解した受け取り方をしているんじゃないかしら」

「そんなわけあるか。俺だって柊に協力してるだろ。そういう相手に対して言い方が悪すぎる。もしも俺がいなくなったらどうするんだよ」

「変な冗談はやめてちょうだい。縁起でもない」

「いや、冗談じゃなくて」

「じゃあなに? あなたはいなくなる予定でもあるというの?」

「・・・・・・」


 もしかしたら、そうなる。


 口を開いてはみたものの、喉仏のあたりでつっかかって言葉が出てこない。


 俺がいなくなると知ったらどんな反応をするんだろう。悲しむかな。怒るかな。それとも。


 そう考えてしまうと、おいそれと打ち明けられない。この子の悲しむ顔を想像すると――――



ドクン!



「ぬ、をををを!」

「さっきからどうしたのよ!」


 く! まただ。また前兆が!


 本当になんでなんだ!?


「あ、柊さん。と大上くん」

「や、山峰さん! どうしたのかしら?!」

「いや、それこっちの台詞! 大上くんどうしちゃったの!? 今にも死にそうだよ!」


 なんと間の悪いんだ! まだ収まっていないのに山峰さんと遭遇してしまったじゃないか!


「大丈夫。大上くんお腹が痛かったんですって。それ以外のなにものではないわ」

「そ、そのとおり・・・・・・」

「あ、そうなんだ。ふぅ〜ん」

「それで私も驚いちゃって。そうよね大上くん」

「そ、そのとおり・・・・・・」

「トイレ、行ったほうがいいんじゃ?」

「いえ、それには及ばないわ。さっきトイレに行ってきたばかりなの。いうなればこれは後遺症、二次的腹痛でしかないわ」


 二次的腹痛ってなんだよ。いわんとすることはわかるけど。


「そうよね大上くん?」

「そ、そだよ・・・・・・」

「へぇ。大上くんってお腹緩い人?」

「そういうわけではないけど、偶になってしまうの」

「さっきからなんで柊さんが話すの?! 私通訳介してる気分だよ!」

「大丈夫・・・・・もう収まってきたから。ねぇ大上くん?」

「お、オールオッケー・・・・・・」

「そ、そっか・・・・」

「それで? なにか用があったの?」

「ううん。そういうわけじゃないけどさ」


 ようやく前兆が収まってきたけど、苦笑いしながら話だそうとしない山峰さんに小さく罪悪感を覚える。気遣わせてしまったんだろう。


 とはいえ、こんな状況を打破することができない悲しき陰キャである俺。


「そういえば山峰さん。千川さん達と話してたバッグって」


 ?!


「あ、あれ○✕で買ったのだけど」

「やっぱり。でも高かったんじゃないの? 私が前に行ったときの値段一万円超えてたし」

「そうそうそれね! 私もただ見に行っただけなんだけどたまたまセールしててさあ!」


 す、すげえ。


 フォローの達人かこいつ。


 さりげない話題で気を逸らしつつ、山峰さんの意識をマッハで別のことに向けたぞ。しかも相槌を打って自らも盛り上げている。それによって山峰さんのテンションはバク上がりだ。


 性格が単純っぽいからかもしれないけど、さっきの気まずさなんて欠片も残っちゃいない。


いや、俺の立つ瀬がないな。申し訳なくなってきたよ。俺なんかが心配する必要なかったんじゃないか? ってレベルだ。


「でさでさ! ん? ちょちごめん」


 話を中断させると徐に携帯を取り出して画面とにらめっこをはじめた。


「どうしたの?」

「あ〜。今チナから連絡きて駅前で遊ばないかって」

「あら、そうなの」

「うん。皆で遊びにいこうって話してるんだけど。柊さんもどう?」

「そうね。私は特に予定はないけど」


 チラリとこちらを窺ってくる柊には、僅かだけどどうしようかしら、と逡巡しているのがありありと見て取れる。


 俺を置いていってしまうことに負い目を感じるんだろう。


 だから、いいよという意味をこめて首を振った。今日の俺の調子の悪さは不可解さがすぎるし。いつどこで人狼化してしまうか知れたもんじゃない。


 これ以上柊に負担をかけたくないし、今日は大人しく大人しく家に帰ることにしよう。


 断ったらまた変な誤解が深まる気がするしな。


「じゃあ駅前で。先に行くけどついたら連絡してねー」


 けど、せっかく皆が普通に接してくれるようになったというのに。情けなさが際立つな俺。


「大上くんと一緒によろー」

「ええ。わかっ・・・・・・」

「ああ。こっちもよろ・・・・・・ん?」


 別の考え事をしていたからか、離れていく山峰さんとのやりとりに気を配っていなかった。それでも最後の台詞は聞き捨てならないものたつた。


「あ、ちょ!」


 呼び止めて聞こうとしたけど、友達と合流してキャッキャキャッキャと離れていってしまう。


「・・・・・・なぁ、柊。山峰さんって最後なんてった?」

「大上くんも一緒によろ〜!」


そうか。やっぱり。聞き間違いじゃなかったのか。わざわざ声音まで寄せてくれたな。はぁ〜〜〜・・・・・・なるほど。


 ・・・・・・・・・・・・。


 いや納得してる場合じゃねえ。


「もしかして、山峰さんお前だけじゃなくて俺も誘ってたんじゃないかな」

「・・・・・・どうもそのようね」

「そのようねじゃねえ!」


 今のはどう考えても、柊が肯定したことで俺も行くことになっちゃった流れじゃないか!


 つまり柊のうっかりミス!


 最後の最後でこんなポカやらかしやがって!


「まったく・・・・・・ちゃんと内容もたしかめないで返事をするから」

「お前もそうじゃん! 人のこと言えないじゃん!」

「私はあなたのことをごまかすのに精一杯だったのよ。お礼を言われこそすれ、文句を言われる筋合いはないわ」

「こ、、この・・・・・・」


 やっぱりさっさと海外に行きたい! いや行くべきだ!


 憎たらしいほど開き直ってすかしている柊の隣でそうおもった。


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