43話
「ちょ、どういうつもりだよ」
「いいからいいから。さ、肩の力抜いてリラックスしてくださーい。しゃっちょさーん♫」
あれよあれよという間に、柊と交代してしまった恵里奈姉ちゃん。
「いきなりなんで人の髪の毛切ろうとおもったのか聞いてるんだよ」
「これって普通の挟みと違うね。ちょっと長い?」
「えっと、それは昔私のペットによく使ってたので」
「へえ〜。よくこれ使えてたね。びっくらびっくら」
「人の話きけや!」
「大丈夫安心して。あたし友達に美容師いるから」
「なんの話?! 交友関係自慢!?」
さっきの様子から面白がってるようにしかみえねぇんだけど!
「大丈夫だって。さすがにドレッドヘアーになんてしないから」
「できるわけねぇだろ鋏一本でこの髪を! もしできたらノーベル化学賞ものだわ!」
「賞を舐めてる? そんなことでもらえてたらこの世は皆表彰者だらけよ」
「どこに学者魂に火がつく要素あったし!」
まったく、この人は。
「なぁ柊。柊もなんとか――」
ジィ〜〜〜〜〜〜・・・・・・。
「・・・・・・柊?」
「なにか?」
いやなにかって、そんな風に眉間に皺寄せながら見られると、うん。プレッシャー感じるんだけど。
「恵里奈さん。やっぱり私が切った方がいいんじゃ。大上くんもだいぶ不安なようですし」
「ん〜。でも柊ちゃんがやると緊張して逆に危なくない? もし切ってるときに動いて怪我しちゃったらさ」
「でも、それじゃあ大上くんいつまで経っても成長できないです」
「ゆっくりじっくりこの子のペースでいんだよ〜。あんまりとばしすぎるともたないじゃん」
「恵里奈さんは少し甘すぎます」
なんか、変なかんじになってるんだけど。
教育論を巡って喧嘩する親みたい。
「んじゃ謙ちゃんに決めてもらおうよ」
「え?」
「それしかないですね。大上くん。あなたはどっちに髪を切ってもらいたい?」
いや、なんでそうなる?
勿論技術的に安心できるのは柊だけど、いざというときに少しでも触れられたらさっきみたいになっちゃうし。
そういう風に吟味してたら、何故だか圧を発してきたではないか。しかも恵里奈姉ちゃんはニヤニヤしてるし。
「ジャンケンで決めたらいいんじゃないかな?」
アイディアを出すと圧が強まった。
「えっと、じゃあ恵里奈姉ちゃんで」
「そう・・・・・・」
何故か歯軋りをして悔しそうな柊。別に大した意図はない。こうしないとカットされている間、ずっと落ち着けないだろう。
「でも心配だから柊が隣で恵里奈姉ちゃんに指示をしてくれ。そうじゃないと不安だし」
「・・・・・・わかったわ」
いまいち納得していない柊は、それでも恵里奈姉ちゃんにアドバイスしている。元々手先が器用である恵里奈姉ちゃんも、慎重にやっていくうち饒舌になっていく。
「あ、そうだ謙ちゃん」
「ん?」
おもわず反射的に振り向きそうになって、おもわず己の迂闊さを呪った。
ジョキ。
「「あ」」
「・・・・・・ん?」
二人の反応がバッチリシンクロした。
「なに? どうした?」
鏡越しに確認すると引き攣った笑いのまま鋏をプルプルと震わせている。そして反対の手にはどう贔屓めに見ても大量の毛髪。
「・・・・・・なぁ、それって」
「大丈夫大丈夫! ねぇ柊ちゃん?!」
「そ、そうですね。これくらいなんとも」
二人が誤魔化すようにあたふたとしだす。そんな二人のわざとかっていう大きめなリアクションは疑いを大きくするだけだ。
まさか。
後頭部を触って確認しようとするも、ガッシリと阻まれた。
「ちょ、ダメだって今迂闊に触ったら! 手ぇ汚れちゃうし!」
「ちょ、離せ! 俺の後頭部どうなってんだ!」
「大丈夫よそんなの心配しすぎ。元々それくらい切るつもりだったから」
「じゃあさっきのあってなに!? あきらかにあ、やっちまったのあっ、だろ?!」
「違う。・・・・・・あ、あたし論文のあの箇所直したほうがいいかな、のあよ」
「わ、私は・・・・・・あ、今日の小テストミスししちゃってたなのあ、よ」
「嘘つけ!!」
「大丈夫だって。気にしすぎ。どっちかっていうとインセンティブでアクティブなかんじだから」
「無理やり意識高系の語句で誤魔化そうとすなや!」
「そうね。どんなときでもネバーギブアップならポジティブなハートをゲットオンできてハッピーなライフをトゥギャザーできるのよ」
「お前はルー大柴すぎてイミフになってんぞ!」
確信した! 絶対切りすぎただろ! ヤバい具合になってるだろ!
「ままま、謙ちゃんは心配しないで」
「そう。大丈夫よ」
「せめて目視させろやああ!」
そこから恵里奈姉ちゃんと柊は肩や頭を抑えつつ、髪の毛を更に切っていこうとする。
「どうしよう、柊ちゃん」
だが、その手は遅遅として進んでおらず代わりに頭上でヒソヒソとした話し声が。
「ここを短くすれば・・・・・・」
「でもそうすると違和感が・・・・・」
「どうやっても十円玉が・・・・・・」
「下手すると五百円玉規模に・・・・・・」
不穏なワードでやりとりするのやめろ! しかも密室で! 隠す気あんのか?!
「バリカンってありませんか?」
「最終手段としては・・・・・・」
丸刈りにするつもりか!? 一切合切全て消し去るつもりかこのやろう!
「まぁしょうがないよね。謙ちゃんが動いちゃったからだし」
プチッ。
「この・・・・・・!」
「え!?」
「ちょ、」
「いい加減にしろ!!」
我慢の限界だった。
今まで味わったことのない激しい怒りの発露。感情の赴くまま、昂る異変に身を委ねる。
巻かれていた新聞紙が吹き飛んだ。
急激な膨張に耐えられず服が破れ、二人が弾かれる。
「え、ちょ、謙ちゃん?」
「大上くん?」
素振りも欠片さえなかったからだろう。二人はまん丸な瞳とぽかんと口の空いた間抜け面を晒している。
だが、そんな二人もどうでもいい。
初めて怒りという感情で人狼化したことさえも今はどうでもいい。
だってそうだろう?
人のことを玩具にしやがって。そのせいでとんでもないことになってごまかそうとして。挙句の果てには責任転嫁されたら。
そりゃあ許せないよね!?
「お前ら・・・・・・そこに座れえええええええ!!」
野生動物の咆哮のように叫んだ。




