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42話

「本当にいいのか?」

「何度目になるかしらね。このやりとり。いい加減覚悟を決めなさいな」


 二人並んで歩き、目的地が近づくたびにどんよりと落ちこみ具合が酷くなっていく。


「髪の毛を切るだけなのにそんなに嫌がるなんて。あいにくあなたの髪には神聖なものは宿っていないから安心しなさい」

「鎌倉時代頃の考えを用いつつディスりながら納得させようとするのやめぇや」

「あら。勤勉なツッコミね。大丈夫。ちょっと揃えるだけよ。ちょっと先っちょだけだから」


 なんかいやらしいなおい。


「そういうわけじゃねぇんだけどな・・・・・・・・・・・・」

「え? なにか言ったかしら?」


 髪を切ることはもうどうでも良くなっている。今は別のことで気鬱なんだ。


「じゃあどういうわけなの?」

「バッチリ聞こえてんじゃねぇか!」


 なんで聞こえなかった風に聞き返したし!


「そこはよくありがちなかんじで都合良く聞き取れない場面だろ! つぅか男女逆だし!」

「大上くん・・・・・・・・・・・・ツッコミ疲れない?」

「だったらツッコませるなよ!」


 周囲に同級生、同じ高校の生徒はいない。それでもちらほらと感じる。柊に見惚れ、なんであいつが、という羨望と嫉妬をぶつけてくる人々を。


 学校ほど人が密じゃないけど、まばらでありながら頻度が多い。その分、ぶつけられるたびにメンタルに喰らうダメージが酷い。


 やっぱり不釣り合いだもんなぁ。俺とこいつ。


「? どうしたの?」

「いや」


 それとなく見つめていたけど、気づかれた拍子に目線を前に。見つめ合っているとそのまま心まで読まれてしまいそうだ。


 けど、これから柊と一緒にいると周りから常にこう見られるってことかぁ。


 こわいなぁ。嫌だなぁ。キツいなぁ。その分メンタルが鍛えられるんだろうけど。

 なんだろう。上手くいえないもどかしさ。後ろめたさと申し訳なさがある。それと、何故か情けなさが。


「なぁ、柊。お前皆にケモナーの姿をさらすつもりない?」

「は?」


 もしも柊が重度のケモナーだって皆が知ったら。その姿を見せたら。きっと俺と一緒にいても嫉妬されることはない。


 むしろ同情されるだろう。


「どういうつもりなの?」

「いや。ちょっと今閃いたんだけど」

「そんななんの役にもたたない閃き二度としないで」

「俺以外でも受け入れてくれる人いるかもしれないだろ」

「だったら大上くんも他の人の前で人狼になってみなさい。そうしたらいいわ」

「いや、それとはちょっと事情が違うっていうか。イーブンじゃないというか」

「とにかく嫌よ」

「じゃあせめて――――」

「いや」

「まだなにも言ってないだろ」

「さっきからなに? どうしてそこまで私になにかさせたがるの?」

「それは・・・・・・・・・・・・イーブンになりたいというか」

「どういう意味?」

「ある意味対等? というか?」


 はっきり教えるのは、ハズい。


「あんまり変なことばかりのたまうなら、ここで人狼化させちゃうわよ」

「昼休みのこと忘れたかお前!?」


 まだ半日も過ぎてないというのに、あんな恥ずかしい目にあったというに!


「っ」

「あ」

「・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」


 今更思い出したのか。カアアア、と赤くなっていく。つられて俺もカアアア、と。


「あのときはどうかしてたわ」


 少し小声で。なにかをごまかすように。


「モフモフできるっていう欲望とだめ、こんなところで、っていう冷静さと勝負師としての血が騒いで、あれやこれやでおかしくなってた」

「いつもだろおかしいのは」

「大上くんって、意地悪よね。口も悪いし」

「本当のことだし」

「出会ったときはそんなではなかったじゃない」

「お前もな」

「体質やメンタルや見た目を変えるだけじゃなくって、他にも直さないといけないんじゃないかしら」


 絶妙な距離感で歩き続ける、なんの変哲もない一見普通の下校スタイル。だけどお互いに顔を逸らしている。さっき思い出した恥ずかしさが存分に残っているからなんともそわそわしてしまう。


「あ、おかえり~~~」

「ただいま~~~」

「お邪魔します。恵里奈さん」


 目的地である自宅に辿りつくと、珍しく寝ぼけ眼じゃない恵里奈姉ちゃんがリビングでだらけていた。


「お~~~。柊ちゃん。いらっしゃい。どったの? 遊びにきた?」

「ええ。まぁ」

「そっか。よかったね瞬」

「ちょ、おま」

「?」

「ちょっとお風呂場借りるぞ!」

「え? もしかして二人でお風呂入るの?」

「違うわい!」

「おっけおっけ。んじゃあお赤飯炊いとくね」

「あんたいい加減黙れ! ただ髪切ってもらうだけだよ!」

「え? 髪?」


 そのまま恵里奈姉ちゃんを置き去りにして、ダァッと勢いよく駈ける。


「ねぇ、さっきの恵里奈さん――――」

「なんでもねぇ!」


俺と恵里奈姉ちゃんにしか伝わらないやりとり。意味深なことにしか受け取れないんだろう。


「あの人はああやってわざと面白がってふざけてこっちが動揺するのが楽しいんだよ!」

「そう」

「昔からああだし!」


 一緒にいてくれて、親代わりを務めてくれているから感謝はしているけど。


「・・・・・・・・・」

「柊、新聞紙あればいいよな?」

「仲いいのね。やっぱり」

「は?」

「あなたと恵里奈さん」

「どこがだよ! 悪くはないけど普通の従姉妹だよ! 身内! 姉弟みたいなもんだ!」

「従姉妹、ねぇ」


 ? さっきからなんか変だな。


「つぅか、髪だよ髪。さっさと終わらせよう」


 道具は柊が持ってきたので、揃っている。犬用のものだからなんだか不安だけど、こっちが用意するのはそんなにない。


「そうね。さっさと終わらせてしまいましょうか」


 手際よく道具を取りだし、並べていく柊を尻目に、簡単な準備をはじめる。折りたたみ式の椅子とその下に新聞紙を。


「苦しくない?」


 新聞紙をカットケープよろしく体に巻いていく。


「ああ。大丈夫」

「じゃあマスクを外して」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・付けてちゃだめ?」

「もうここまで来るとマスク依存症ね」


 だって・・・・・・・・・・・・やっぱりこわい。


 いつものマスクをしているときの、ちょっとした息苦しさも耳にかかっているゴム紐の感触とか口元を隠されているっていう安心感も一時とはいて失うのはなあ。


「わかったわ。じゃあそのままでいいから目を瞑ってて」


 言われたとおりにすると、霧吹きのシュッシュ、と小気味いい音とともに水っぽさが髪の毛を湿らせて肌が濡れ、挟みのチョキ、チョキ、と金属音が鼓膜に響く。


「なんか・・・・・・・・・・・・手際いいな」

「当然よ。家でも妹の髪の毛をよく整えているし」

「あ~~~。そうだっけか。もうちょっとぶきっちょかとおもってたけど」

「あなたが私をどういう風に評価しているのかいい加減本気で問い詰めたいわ」


 そんなやりとりをしている間にも、時間は進んでいく。穏やかな、軽快な髪の毛を切られていく音だけが風呂場で反響する。心地よくなってきて、このまま眠りに落ちちゃいそう。


「ちょっと失礼するわね」

「!?」


 カッ!! と意識が覚醒する。


「ちょ、っと・・・・・・・・・危ないじゃない」


 柊の指が耳に当たっただけなのに。手と手で触れあったとき以上のとてつもない衝撃。電流が走ったかとおもった。反発する磁石みたいに反応がおきて強ばり、仰け反り、震えがそれぞれ同時に。


「ぐ、うう・・・・・・・・・・・・すまん」


 咄嗟に前兆をかんじたけど、まだ大丈夫。


「もう。大人しくしてなさい」


 すごすごと座り直すと、窘めるように肩を軽く抑えられる。


 そして、もう一度耳に指が。


「!! ~~~~~っ!! ~~~!!」

「どうしたというの本当に!」


 ビクン! ビク、ビクン!

 

 微弱な痙攣がとまらない。


「だ、大丈夫・・・・・・・・・・・・ただの電気信号の混雑だから」

「だからどういうこと!?」


 俺だって意味わかんねぇよ! なんでこんな風になっちゃうのか!


 前兆も連続で襲いかかってくるし!


「なに? そんなに私の腕前が不安?」

「い、いやそういうわけじゃなくって」

「ん~~~。なに騒いでるの~~?」


 ひょっこりと現れた恵里奈姉ちゃん。


「わ、本当に髪切ってる。美容院行けばいいのに」

「ええ。私もそう助言したんですけど」


 その話はもうやめようぜ。


「でも、大上くんがおかしくて。髪を切ってると落ち着きをなくすんです。まるで理科の実験に使った蛙みたい」

「へぇ~~~。それってなんで・・・・・・・・・・・・ん?」

「な、なんだよ」

「ほうほうほほ~~~う?」


 交互に俺と柊を見やると、そのたびにニヤケ面がひどくなっていく。


「柊ちゃん。この子はきっとまだ他人に触られるのが慣れてないんだよ。それでキョどっちゃうんだとおもう」

「え?」

「なるほど・・・・・・・・・」


 面喰らった俺を置き去りに、ふむふむと首肯する柊と恵里奈姉ちゃん。


「たしかに耳はデリケートな部分ですからね」

「そそ。そゆこと。ねぇ、謙ちゃん?」

「あ、ああ?」


 そうなんだろうか? と自分でも説明できなかった動揺。けど客観視していた恵里奈姉ちゃんに指摘されるたら、そうかも? と納得しそうだから不思議だ。


「でも、そうなったら困りましたね。大上くんの髪の毛を切りにくくなっちゃうし」

「う~~~ん。ごめんねぇ、ウチの謙ちゃんが」

「いえ。慣れましたから」

「うん。だからとっておきのアイディアがあるんだよね」

「え、なにそれ」


 にやいた目の奥に怪しいなにかが光った。


「恵里奈姉ちゃん?」


 なんだか、嫌な予感しかない。


「あたしが切るよ」



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