37話
明けた翌日。学校に到着するまでの間そわそわしっぱなしだった。
お見舞いに行ったときのやりとりを今でも思い出すと死にたくなるほど悶えてしまうし、山峰さんについて頭を悩ませてしまう。
いつもの待ち合わせ場所に差し掛かったときもスルーしてしまいそうになったけど、見慣れた人影が。まさかいるとはおもっていなかったのでそれとなく驚いた。
「柊」
「あら、おはよう大上くん」
小さく笑った柊に、ドキッと心臓が一跳ねした。
「た、体調はもう大丈夫なのか?」
「ええ。おかげさまでね」
つんとした冷たい印象が、ちょっとした笑顔でずいぶんと柔らかくなってつい見惚れる。
「けど、どうしてここに?」
「どうしてって、あなたを待っていたからだけど」
「だったら連絡くれればよかったのに。昨日の今日だったからいないとおもってたよ」
「いつものことだったから、わざわざ連絡するまでもないっておもったのよ」
そのままどちらからともなく歩きだしたけど、ちょっとした違和感を覚える。
「どうかしたの?」
いや、なんだか距離感が近いような。
今まで二人で歩いているとき、こんなに肩が触れあうような距離感じゃなかった。今はちょっとしたことでこつんと当たってしまいそうなほどなんだ。
「昨日、久しぶりにぐっすり寝れたの」
「お、おう」
「今までは犬型のぬいぐるみを抱きしめながらじゃないと無理だったのに。それから夢を見たのよ。シュナイダーの。元気だった頃。いつもは起きたとき、ずっしりと悲しくなっていたけど、今日はなんだか温かい気持ちになれたの」
「おもいきり泣いたからじゃないかな。泣くとすっきりして感情のバランスがよくなるらしい」
「聞いたことがあるわね」
そのまま他愛ない会話をしていると、心が穏やかになっていく。若干の気まずさが残っていたけど次第に薄れ、自ずと意識している違和感が消えていく。
「あ、」
けど、振っているお互いの手の甲が、擦れてしまった。静電気が走ったような激しい痺れと衝撃が生じた。
「っっっ!」
お互い同時に弾かれたように手を払う。
「ごめんなさい・・・・・・・・・・・・」
「いや・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そのまま二人揃って顔を逸らす。なんだかお互いを意識してしまっているようで、中々会話が再開しない。
「「あの――――」」
「「あ」」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
なんだろう、これ。
なんだかおかしい。
恥ずかしさ、照れ。
なにか話さないといけないという緊張感けど心臓の高鳴りとそわそわとした落ち着きのなさ。けど、何故か嫌じゃない。もっと味わっていたくて、この心地に浸っていたい。
ちょっとした接触がまるで付き合いたてのカップル達が醸しだす、初々しくて独特の甘酸っぱい空気をもたらす。
「あ、あれからどう?」
「!? な、なにがだ!?」
「私の家で、いつもより人狼化している時間が長かったから。家に帰っておかしなところがないか気になって」
「いや、特になにもなかったけど」
「そう・・・・・・本当に?」
いきなり至近距離に顔を近づけてきた。まじまじとした眼差しはじっくりと細かなところまで見逃さない、といわんばかり。
整った顔立ちと女性らしい香りに集中せざるをえなくなり、背筋が固まる。
バッチリと目と目が合ってしまうと、彼女はやっと自分の詰め方に気がついたらしい。反発したように勢いよく距離をとった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、こっちこそ」
「「・・・・・・」」
沈黙が支配するけど、段々とカアアアッ! と顔と頭の中が熱くなる。
この沈黙を破りたい。けど、葛藤と正反対に心の中で焦燥感だけが募っていく。
「私、簡単に考えたんだけど大上くん少しは女性や他人と話すのに慣れてきたんじゃないかしら」
「そ、そうか?」
話題を振ってくれて驚いたのと助かったので間の抜けた返答しかできない。
「ええ。母と妹とも普通に接することができてたようだし」
なにか特別なやりとりをしたわけじゃない。けど、家族という特別な関係性の二人からなにかを感じ取ることができたんだろう。だから説得力があるし、仄かな自信にも繋がる。
「そうか。柊のおかげかな」
「それに山峰さんもあなたに好意的な印象抱いているみたいだし」
「ははは。山峰さんは性格がいいし明るいし」
だから良い風に話しているだけなんじゃないか。それか人をわけ隔てていないんじゃないか。そう言葉を続けるつもりだった。
「・・・・・・」
「なんだ?」
「いえ、なにも」
なにかを問い詰めたがっている胡乱な視線とフィっと軽く背ける仕草は、不機嫌が滲み出していて、意味深すぎる。
「だから、もう少し変えてもいいんじゃないかしら。あなたとの接触、コミュニケーションを」
「うん?」
「今まで振り返ると、あなたの意志よりわたしの意志が強く働いていたとおもうの。人狼化するとき」
「まぁ・・・・・・たしかに」
「そう。だからこれからは私だけではなくて、あなたの気持ちも大切にしたいの」
「柊・・・・・・」
「私も・・・・・・いつまでもこのままじゃいけないって前向きにおもえたのあなたが言ってくれたからそうおもえたのよ」
感情が薄い表情に、小さな明るさが差した。照れと感謝が多分に混じった、僅かな微笑み。油断すると前兆よりも激しい胸の痛みがドクンと迸る。
なんだかんだで、柊は優しいんだ。
もしかしたら人を想いやれる姿がこの子本来の姿なんじゃないだろうか。
「まぁお互いにとって都合の良い関係ってことか」
柊はペットロス症候群を。俺は人狼の体質を。双方にとってメリットしかない関係。言葉にするとなんだか寂しいけど、根底にはたしかな優しさがある。
「その言い方、なんだか嫌ね。ふしだらな体の関係みたい」
「そうかな、じゃあお互い様な関係か?」
「う〜〜ん・・・・・・」
なんだか納得いっていない様子だ。関係性の呼び方なんてなんでもいいんじゃないかな?
でも、そんなところに拘るのが、なんだかおかしい。
「けど、具体的にはどうするんだ?」
決意を新たに、なんて大袈裟すぎるけど、今までと同じじゃ意味がない。
「それについてはいくつか案があるんだけど」
「お、どんなの?」
「でも、大上くんにはまだ難しいんじゃないかなって」
「おいおい。さっき柊が言ってくれたじゃないか。慣れてきたって」
さっきの柊の優しさ、そしてこれまでのことを振り返るときっとモフられるような行為じゃないんだろう。
「じゃあ首輪とリードをつけて四つん這いになってくれるのね? ありがとう」
「ちょっと待て! いきなりハードルが高い!」
「?」
? じゃねぇよ!
なんでいきなりツッコんでるの? って具合にきょとんとするなよ!
たしかにモフられないだろうけど、全然違うベクトルでレベルが高すぎる! 想像しただけでメンタル的ダメージが尋常じゃないだろ!
モフられてるときのと比較しても甲乙つけ難いくらいだよ!
「じょ、冗談だよな?」
「え? どうして?」
マジなんかい!?
なんでそんなおかしいこときくの? なに、どこか間違ってる? ってきょとんとした様子?!
「いやだってそれ流石に誰かに見られたら言い訳できないだろ!」
「大丈夫。誰かに見られないように夜こっそりとしましょう」
「余計アブノーマルさに拍車がかかるよ!」
万が一目撃されたとき、人狼だケモナーだのの前に特殊すぎる変態カップルとしか勘違いされないだろ!
「そう、わかったわ・・・・・・大上くんの負担になってしまうものね。じゃあ首輪とリードはなしで。公園でフリスビーやボール遊びをしましょう。四つん這いで人間の言語禁止で」
「同じだろうが!!」
「なに? キチンとした理由もあるのよ?」
「どんな理由があろうと俺を犬扱いしてる時点でおかしいんだよ!」
「そういう過激なことをしたら、ちょっとしたことなんて児戯にも等しいと感じる鋼のメンタルを獲得できるとおもったけど」
「しかも意外としっかりとした理由!! 羞恥心捨てても人間やめられねぇよ!」
「純粋な人間じゃないのに?」
「なに純粋なまなこで残酷な真実を言ってるんだ!」
しかもそんな気遣っている言い方されて、シュンとされると罪悪感が芽生えるよ。
でも本当に真剣に考えてたのか? それで俺がうん、って頷くと? 喜んで受け入れると?
バッカじゃない?!
「というか、結局俺を犬扱いしてる時点でシュナイダーと重ね合わせてるってことなんだから成立してねぇだろそれ」
「!?」
自覚なしだったんかい。
「まさか私、無意識にそんなことを・・・・・・おそろしいわ」
おそろしいのはこっちだ。
もしかしてこいつペットロス症候群なんて関係ない、生まれついてのクソキチケモナー、モフリストなんじゃないか?!
「なら、大上くんはアイディアあるの?」
「ええ〜〜〜っと、そうだなぁ・・・・・・」
どうしよう。なにもおもいつかない。
「このままだと必然的に私の案しかないわけだけど、仕方ないわね」
「その割には目を爛々と輝かせてるなぁおい!」
ああ、そうか。
俺に対して優しくなって。笑顔を見せてくれて雰囲気が優しくなったけど。
ケモナーだってことに変わりはないんだ・・・・・・・・・。
そう強く実感した登校時間だった。




