35話
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう・・・・・・」
一頻り泣き尽くした柊は、鼻をすんすんと鳴らしながら答えた。
「まぁ、そういうわけってことで」
「うん・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・。
やばい。ここからどうしよう。
なんか柄になくめちゃくちゃ恥ずかしいこと言いまくっちまってたけど。我に返った今とあっちゃ羞恥心をかきたてる出来事でしかない。
それを証明するように、いまだに人狼の姿からも戻れてないし!
な にやってんだ俺。
それになんか空気っていうの? フワフワしてるというか、甘酸っぱいというか。ムズムズしてるというか。
というか、距離もやばい。近い。近すぎる。モフモフもされないで真正面からこんな近く柊にいたのは初めてだ。
あ、目が合った。
「~~~っ」
すぐに目を逸らされた。
その仕草につられて俺もカアアアア、と熱くなって落ち着かなくなる。
「なぁ、柊?」
「!?」
ビクッと大袈裟すぎるほどの反応を示した柊は、潤んだ瞳をチラリとこちらに。
やばい、ドキドキする。
いや、言ってる場合か。
「じゃあ俺そろそろ・・・・・・」
もうだいぶ長いこと時間がたってるし、これ以上いても体調が悪い柊に気を遣わせる。だから早いとこ帰り支度をしないと。
「えっ帰っちゃうの?」
「えっ帰っちゃダメなの?」
「・・・・・・別にそういうわけではないけど」
シュン、と落ち込む柊。まるで俺が帰るのを残念がっているようで、ドキッとするしなんだか罪悪感が。
「いや、また学校で会えるしさ。またそんときでもモフればいいし。いつでもモフられマシンになるし。話でも聞くし」
「そうね・・・・・・」
「明日も体調戻らなかったらまたお邪魔するし」
「ええ、ありがとう・・・・・・」
アセアセと焦りながら説明するけど、どんどん意気が消沈していく。
いやなんでそんな落ち込むんだよ。俺にまだいてほしいみたいじゃないか。
まだモフり足りないのか? それともシュナイダーの話を聞いてほしいんだろうか?
「それに、家族の人にバレたらさ?」
そうだ。いつもの学校とは違う。すぐ下には柊の妹と母親がいる。緊張感は普段の比じゃない。
「・・・・・・」
「あ、でも柊のお母さんって優しそうだし美人だよな!」
「ピク」
「妹の紫音ちゃんも良い子だし!」
「・・・・・・」
あれ、なんか柊が睨んでくる。
「私のお母さんと妹が気に入ったの?」
「気に入ったっていうか、良い家族だな〜って?」
「そう。でもお母さんは私以上のモフリストだから」
「えっ」
「小さいときはよくシュナイダーを私と取り合うくらいだったし。色々と教えてくれたのもお母さんよ」
「そ、そうか・・・・・・」
「だから大上くんの正体を知られたら命に関わるわよ。お母さんには気をつけなさい」
「生死を問うレベルの猛者?!」
「それに紫音も。子供特有の純粋さと遠慮のなさと残酷さを兼ね備えた将来有望なモフリスト(仮)よ。気をつけなさい」
「なに? お前がケモナーなのって血筋?」
人狼の末裔の俺が霞む。業が深い柊家。
でも、まさかあの二人も柊と同じだったなんて。人は見かけによらないというか。会って話したときの印象が吹き飛ぶわ。
「夜の公園でお散歩プレイや鞭を使った躾なんてあなたも嫌でしょう?」
「どういう意味!?」
それ以上柊はなにも答えない。
不吉な単語に連想されたお母さんと妹が、モフってるときの柊と重なるイメージが浮かぶ。
お、おそろしい。
柊家おそろしい。
「ちなみにお父さんは?」
「・・・・・・」
なんで黙りこむし。
余計こわくなってくるだろ。
「お父さんは、猫派なの・・・・・・」
あ、なるほどな。
ってなるわけねぇだろ。
「とにかく。いくら人妻好きでロリコン野郎とはいえ充分気をつけなさい」
「ああ、わかった、って今なんてった!?」
「美音ー。またクラスの子が来たわよー」
「「!?」」
「こんにちはー。柊さん?」
こ、この声は山峰さん。
そういえば彼女もお見舞いに行くって言ってたっけ。
とにかくマズイ。俺はまだ人狼のまま。こんな姿を見られたら。
巡り巡って柊のお母さんと妹にも知られる可能性が高い。
「あわばばばばばば」
「ちょ、ちょっと待って。大上くん早く元に戻って!」
「無茶言うな」
ヒソヒソと話しているけど、焦った気持ちだけが空回りして、余計元に戻れなくなっている。
幸い俺が来てることはまだ山峰さんには気づかれてないけど。
「大上くんって男の子も来てるんだけど、知ってる?」
「え、大上くんも来てるんだ。へぇ。私達のクラスメイトですよー」
お母さああああああああああん!!
「そうだ。どこかに隠れさせてくれないか?」
最悪山峰さんが帰るまで姿を消していられればいい。あとで辻褄が合わなくてもトイレに行ったとか適当に口裏を合わせられれば。
「で、でも急にそんなーー」
「クローゼットでもどこでもいいから!」
「この変態!! よりにもよってクローゼットを選ぶなんて!!」
なに?! そんないけないお願いだった!?
クローゼットになにが入ってるわけ!?
「美音! どうしたの?」
「柊さん?」
いきなり叫んだものだから外の二人も怪しんでる!
「わかった、じゃあベッドの下にでもーー」
「盛りのついた雄狼!!」
だからなんで!? なにがあるんだこの部屋!?
「美音!?」
「柊さん!?」
またしても柊の叫びに反応した二人はもう部屋に入ってくる寸前。部屋の戸がガチャリという音を立ているのをゆっくり眺めているしかできない!
「こっち・・・・・・!」
「え?!」
急に引っ張られてなすすべもなく押し込まれたのは、柊のベッド。
「あ、あら山峰さん。お母さん。どうかしたの?」
「いや、こっちの台詞だけど」
「変態とか盛りのついたとか、叫んでいたじゃない」
「なんでもないわ。ちょっと魘されていただけだから」
「そ、そっか・・・・・・」
「あら? 大上くんは?」
「大上くん? ああ、トイレにさっき行ったわよ」
「あら、そう」
うう、なんとか隠れられたけどこの状況はマズイ。息苦しいし、ムワッとした熱気のみならす、柊と密着せざるをえない。
視界が暗いからか、嗅覚が充満している匂いを過敏に嗅ぎとってしまう。若干の汗臭さと甘い体臭が混ざりあったフェロモンそのものってくらい強い匂い。
胸が高鳴り、頭がクラクラする。
「なんか・・・・・・膨らんでない?」
「私、着痩せするタイプだから」
「そう?」
「あら? それにしてもあなたの体型と――」
「お母さん。山峰さんになにかお茶を」
「あ、そうね。私ったら」
「それに私も喉が乾いたわ。40℃ぴったりの水が飲みたい」
それお湯じゃね?
「わかった。じゃあ山峰さん。ちょっと待っててね」
「いえ、おかまいなくー。でも体調良さそうで安心したよー。顔色もいいし。なんかスッキリしてるみたい」
「そ、そうかしら」
上手いことお母さんを退室させたけど、まだ山峰さんが残ってる。申し訳ないけど、早いとこ帰っていただきたい。
心臓と頭が爆発しそうなほどヤバいシチュエーションなんだ。体質とか関係なしに。
少しでも動いたら柊に触れてしまいそうだしバレてしまうって緊張感は、場にそぐわない変な気分を誘発しかけている。
「あ、これ。何人かの先生からのプリント」
「あら、ありがとう」
「あと、これお土産のポテチとチョコとコーラとグミと――」
ちょっとしたパーティーのラインナップじゃねえか。病人が食えるもんじゃねぇぞ。見舞いをなんだとおもってる。
「本当は何人かで来る予定だったんだけど、あんまり大勢でいくと逆に迷惑かな〜って。だからせめてって皆が選んだんだー」
「嬉しいわ、ありがとう」
「特にこのポテチ(ピザポテト)は吟味に吟味を重ねて血で血を洗う討論で決まったんだー」
ピザポテトか、コンソメパンチ派の俺と選んだ人とは相容れないな。
「別にバター醤油でも良かったんだけど」
柊はバター醤油派か。
って感心してる場合じゃねぇ。
いい加減苦しくなってきたし、クラクラしすぎて頭が痛い。このままじゃ命に関わるぞ。
頼む。早く帰ってください。お願いお願いお願いお願いお願い。
「ねぇ山峰さん。学校の授業はどこまで進んだのかしら?」
柊てめぇえええええ!!
なんで今そんなこと聞いてんだ!! 真面目か!! 早く帰らせる努力しろ!!
「ええっとねー。ちょち待っててね。ノート見せたげるよー」
ほら見ろ!! 長引きそうじゃねえか!!
「あら、これなら大丈ーー?!?!」
「どしたの?」
「い、いえ・・・・・・!」
早く終わらせろ、と念じながら太腿を抓る。
「ちょ、ちょっと足がつりそうに・・・・・・なって・・・・・・」
「え、だいじょぶ?」
「ええ・・・・・・なんとも、ない、わっ!」
ドゴッ!!
ぐふっ。
い、痛い・・・・・・!
仕返しのつもりなのか、踵で蹴られてつい息が漏れそうになった。
「あ、そういえばさー」
それからも雑談をはじめた山峰さんに、柊は相槌を打ち、笑いがこぼれるほど打ち解けている。
このやろう。俺の身を鑑みるつもりは一切ないのか?
「じゃあ田中さんは――ひ!」
足の裏を擽りはじめた。さっきの意趣返しの意味もこめて。
「く、ふ、ひ、あう、」
「え、柊さん!?」
「ご、ごめんなさい・・・・・・!」
バキ!!
「~~~~~!!」
肘が顔面にめりこんだ・・・・・・前が見えねぇ・・・・・!!
「ねぇ柊さん。大上くんとどんな話したのー?」
「「!?」」
え、なんでこのタイミングでそんなことを。
「別に。なんでもないわ。昨日のお礼で渡したお弁当箱を返すついでみたい」
「ふう~~~ん?」
なんだろう。山峰さんの声が弾んでる。ニヤニヤと面白がっているのがイメージで きるくらい。
「大上くん。お見舞いに誘ったけど断ったんだよね〜。なのに一人できたんだ〜。へぇ〜」
ちょ、この人。変なこと意味深げに言うなし。
「え、そうだったの?」
「そーそー。お弁当返すだけだったら別に断る必要なくない?」
やめてくれ。別に他意はないんだ。最初は行くつもりなかったけど腹がたってつい来ちまったんだ。それだけなんだ。
恵里奈姉ちゃんにあんなこと言われなかったらこんなことにはならなかったんだ。
・・・・・・あれ? じゃあ今こんな風に苦労してるのは恵里奈姉ちゃんのせいじゃね?
「実際のとこどうなの?」
「どうって、なにがかしら・・・・・・」
「柊さんと大上くんの関係だよっ」
息がとまった。
俺と柊のが。多分。
「柊さんと大上くんってさ。なんか不思議だよね。キャラとか立ち位置とか全然違うし。今まで口聞いてるところもなかったし。というかいてもいなくてもわかんないくらい影薄いじゃん?」
・・・・・・俺が聞いてるとも知らずに。
いや、わかってたけどさ。グスン。
「ええ、そうね」
同意されたし。
いや、いいけど。事実だけど。だけどさぁ!?
「だけどなんかしっくり来てるんだよねー。あたしとか誰かが話しかけてもキョドったりしてたのに柊さんにはそんなかんじじゃないし」
「そ、そうかしら・・・・・・」
もしかして・・・・・・それとなく俺達の関係性を怪しんでる?
怪しまれる素振りあった?
「私はそうおもわないのだけど。山峰さんはどうしてそうおもうのかしら?」
「女の勘っ」
「・・・・・・そう」
なんか納得した!
「なにか特別な感情とかがあるからなのかなーっておもったゃったりしてるんだよねー。へへ」
山峰さんが想像していることは容易に把握できる。きっと色恋とかと結びつけてるんだろうって。けど、見当外れだ。
柊だってそれははっきりとわかっている。さっさと否定してもらって。
「・・・・・・具体的に大上くんのどういうところが特別な感情があるって判断したの?」
なんで興味持ってんだ!!
おいやめろ! しかもお前本人ここにいんだぞ! まさか忘れてるのか!?
「私は別にどうでもいいんだけど!?」
足の甲を引っ張りながら指を渾身の力で握ったり曲げようとする。
「ま、まぁ本人に聞いてみないとわからない、し!」
ガッ!!
拳骨を脳天に振り下ろされた・・・・・・!
「こ、ここで私達が話しても意味ないでしょう・・・・・・!」
「う~~ん。だよねー。大上くんのことはねー」
なにはともあれ、この話はこれでおしまい。閉店ガラガラだ。
いい頃合だから、そろそろ帰ってほしい。それを伝えるために今度は爪をーー
「じゃあ柊さんは?」
「・・・・・・え?」
「柊さんは大上くんのことどうおもってるの?」
柊がなんて答えるのか気になって手がとまってしまう。彼女は面白がって聞いているだけで、柊も適当に合わせるだろうってすぐに思い至ったけど。
「・・・・・・」
あれ? なんで柊なにも答えないの?




