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34話

なにかしたい。目の前で泣いている女の子を、ただ泣き止ませたい。


 そうおもっているものの泣いている女の子を前にしたことなんて、人生で皆無。なにかアイディアが浮かぶことも、台詞を投げかけることもできない。


 どうすればいい?


「っ」


 ダメだ。今の俺じゃなにもできない。


俺じゃあ。


「あ」

「・・・・・・え?」


 マスクを外す。


 それだけじゃなくて、ブレザーとワイシャツ、ネクタイ、下着を脱いで上半身は完全に裸となった。


「え? え? え?」


 柊はただ驚いているだけじゃない。毛布を掴んで自分の体を庇うようにして引き寄せている。


「柊・・・・・・」

ゆっくりと近づくにつれて、柊は狼狽しながら身を捩らせて後ろへとさがっている。

「ちょ、大上くんなに?」

「触ってくれ」

「!?」


 物凄い勢いでズザザザザ!! と後退した。


 恥ずかしい。


 俺は一体何してるんだって後悔と自責の念で体中が熱くなっていく。


 けど、まだだ。まだ足りない。


「な、なにしてるの大上くん! お、女の子の部屋でいきなり半裸になってにじりよってきて触れだなんて!」

「・・・・・・はぁ、はぁ、くう・・・・・・」

「どうして呻いているの! こわいわ!」

「はぁ、はぁ・・・・・・」

「お願いだからなにか喋って!」


 あっという間もなく、柊は壁際まで追い詰められた。逃げ場が無くなった彼女はそのまま横にズレていこうとするけど、体調が万全ではないからかおもうように動けていない。


「いいか、柊」

「あ、ああ・・・・・・」


 涙目で弱々しく見上げる柊。


「モフれ」

「え?」

「今俺はいつ人狼化してもおかしくない・・・・・・必死で我慢してるんだ・・・・・・」


 そうだ。女の子の前で裸になったっていう自責と後悔、羞恥心でもう前兆ははじまっているんだ。


「我慢するのって、キツイんだよ。無理して耐えるのって、辛いんだ。凄くな」


 そう。人狼になる前兆は、普通なら一瞬で終わる。けど、耐えれば耐えるほど体に絶え間ない苦痛が襲ってくるんだ。例えようとしても例えられない、尋常じゃない苦痛が。


「お前も、そうだったんだろ?」

「でも、私とあなたじゃ・・・・・・違うわ」

「どんだけ、我慢してても、」

「え?」

「こんな、ふうに、」


 柊の手を強引に掴んで自分の体に当てる。


 スベスベとした少し熱を帯びた手が、触れた瞬間。


「!」

「こんな風に、簡単に耐えたことが無駄になるんだ・・・・・・」

「あ、ああ・・・・・・」


 目が爛々と輝き出している。呼気が怪しい具合に乱れ、僅かに上がった口角がぴく、ぴく、と堰き止めているように痙攣している。


「無理するなよ。本当はモフモフしたくてたまらないんだろ? ん?」

「あ、あなたは、」

「俺の毛がほしくてほしくてたまらないんだろ? ん?」

「う、ううう~~・・・・・・どういうつもりなのあなたは!!」


 バッと、振り払った。


「私は、それがだめだって、おもったから! それで、なのにあなたは・・・・・・・・・! どうして」

「誰が決めたんだ? ダメなんて」

「そんなの・・・・・・・・・」

「お前が勝手に決めたことだろ。俺がそうやって耐えて我慢し続けてきたから、今お前はそんなことになってるんじゃないのか」

「っ」

「飼ってたペットの代わりとして見ないで控えてくれるのは助かるよ。でもな、勝手に終わらせられるとこっちが困るんだよ」

「困るって、まさか――――」

「別にお前にモフラれなくなるのが残念ってことじゃないから」

「・・・・・・・・・・・・」


 きょとんとした柊を無視して、そのまま続ける。


「そ、それは――――」

「俺は諦めてたんだ。人と関わることも。誰かと仲良くなることも。けどお前と一緒にいるうちにこの性格と体質をマシにしようって。簡単に人狼にならないように逆に自分のことに利用しようって」

「・・・・・・」

「そうだ。俺はお前を利用してたんだ。自分の都合でな」

「そ、それとどう関係が?」

「お前に勝手に関係終わらせられると、俺は体質改善に協力してくれる人を失う。だから困るんだ」

「でも、それだったら別の人にでも!」

「それに俺はお前に文句をぶつけるために今日ここに来た」

「・・・・・・え?」

「元々、お前に正体を知られて嫌々一緒にいたんだ。四六時中どこでもかんでもモフられて人狼にさせられて。なのにいきなり態度変えられたり優しくされたり。最終的には勝手にはいさよなら、だ。腹立たないわけないだろ。ふざけるなってかんじだ。勝手に人で好き勝手モフっておいて、勝手にポイされるなんて。納得できない」

「・・・・・・・・・・・・」

「それにな、俺は元々諦めてたんだ。人と関わるのも。でも、本当は友達だってほしいし彼女もほしい。彼女とイチャイチャしたりその先だってしたい。そうおもえるようになったのはお前のおかげなんだよ。きっかけはどうあれ、俺がこの体質と、お前との関係を前向きに捉えることができたのは」

「っ」

「変わりたいっておもえたのは、お前のおかげなんだ」

「わ、私は」

「体質を言い訳にして皆を避けたのも、諦めたからだ。でも、もう我慢しない。希望が持てたんだ。だから柊も我慢しなくていいんじゃないのか」


 そうだ。俺と柊は違う。


 辿ってきた道も、抱えている悩みも。


 でも、根っこでは同じなんだ。


 似ているんだ。ずっと苦しんだ。ずっと悩んできた。


「ぶちまけたっていいんじゃないか。クラスにも、家族にもシュナイダーのことを話せないなら。無理したって、いつか爆発するだけだ」

「大上くん・・・・・・」

「あんな変態じみた姿見せられてるんだから、そんなことくらいで引いたり情けなくおもったりしない。逆にシュナイダーは幸せ者だっておもうよ。素敵な飼い主に恵まれたって。どうしても我慢できないときは、モフりたいだけモフればいい」

「けど・・・・・・」

「俺はシュナイダーじゃない。どう逆立ちしても、お前が似ているって感じても。俺は大上謙だ。お前のペットにも犬にもなれない」


 表情に、陰が走った。俯いてそのまま泣き出しそうになるのを堪えながら、触れていた手が離れそうになって。


 また強く握り直す。


「だから、まずは俺をシュナイダーの代りとして見るのはやめてみないか? 代わりのなにかを探すのをやめてさ。話くらいは聞くことはできるよ。柊が辛いとき、悲しいとき。泣きたいとき。側にいることくらいはできる。それでも足りないっていうなら、この毛並みくらい触ってくれてもいい」

「でも、」


 ペットロス症候群が悪化するのは、誰とも悲しみを、辛さを共有できないことが原因だ。


 改善するためには、悲しいとおもえるときに悲しみ、きちんと涙を流す。そうお母さんが教えてくれた。


 柊は今までそういうことをしてこなかった。いや、できなかった。


 同じ経験をした人と話をする。それか新しいペットを飼うことも改善の一つだ。


 俺が新しいペット扱いになって、そういう悲しみを癒やせる方法もある。なんだか複雑だけど。


「俺にとっても都合がいいんだよ。女の子に触られて、一緒にいて。体質を改善するには。だから柊も同じように接してくれればいいんじゃないかな」

「でも――――」

「誰かが側にいてくれるだけでも、救われるんだよ」


 俺が人狼の末裔だって判明したとき、両親と恵里奈姉ちゃんがそうしてくれた。だからわかるんだ。


「う、う、うう・・・・・・」

「第一、今更そんなことでいきなり終わらせられてはいそうですかって納得できるか。こっちはもうとっくに覚悟できてたんだ。お前にモフられてモフれてモフられまくって好きなだけペロられるのを。それなのに勝手に関係終わらせられるほうが迷惑だ。じゃあ俺は誰と体質改善を目指せばいいんだ?」

「・・・・・・」

「俺がビビりで話し下手なクソ陰キャだってこと知ってるだろ? お前くらいしかいないんだよ」

「・・・・・・なんで、そこまで・・・・・・」

「誰にも理解されないことを一人で抱えるのは、辛いって知ってるから」

「っ」

「誰にも話せなかったんだろ。だから隠してたんだろ。俺もそうだった」


 けど、今は違う。


 悩んで苦しんでいる女の子が、俺と重なって仕方が無い。


「・・・・・・いいの?」


 弱々しく漏らす柊は、どこか子供じみている可愛さがある。精一杯の勇気を振り絞ろうとしている健気さ、そして小動物めいたビクビクとした怯えが同居している。


 おずおずと遠慮がちに、伸ばされた指先はなにか大切で尊くてかけがえの無いものに触れるように。


 怯えているように。こわがっているように。初めて触れるもののように。けどなにかを懐かしむように。


 毛並みに、触れてくる。


「やっぱり・・・・・・」


 毛の流れに沿いながら、ゆっくり優しい手つきで撫でる仕草。慈愛に満ちている。


 甘えるように。愛おしそうに。涙を流して、


「やっぱり、あの子と違う・・・・・・」


擽ったい。ムズムズする。今までの触り方と、撫で方と全然違っていて。


「似ているけど。同じなところもあるけど。シュナイダーは、もっとフワフワしてたの。毛先にいくにつれて広がっていって」

「うん」

「それで・・・・・・」


 嗚咽を漏らすことを堰き止めている。口がへの字に曲がって、ぐにゃぐにゃと歪んで。

「いいの? 本当に」

「うん」

「触ると、ぺしゃんって潰れるけど、離すとすぐに跳ねて」

「うん」

「・・・・・・耳の当たりは雪みたいにフワフワしてて、お日様の匂いがして」

「うん」

「大上くん・・・・・・」

「うん」


 シュナイダーのことを語りながら、俺のことを呼びながら、涙を流しながら。

柊は穏やかに触れ続けた。



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