31話
翌日、柊は学校に来なかった。担任の先生は体調不良だと言っていたからクラスでの混乱はない。
「ねぇ、大上くん。柊さんとなにかあったの?」
それでも、なにがしか気になる人はいるみたいだ。
ホームルームを終えてすぐ、山峰さんが俺の元までやってきて食いつかんばかりの勢いで聞いてきたんだから。
「なんで?」
「なんでって、昨日大上くんと柊さんお昼一緒だったでしょ」
「うん・・・・・・」
「あのあと、柊さんと君様子おかしかったし。それに大上くんもクラスに戻ってくるの遅かったじゃん。それで柊さんが休んでるんだよ? なにかあったとしかおもえないよ」
「別に、なにもなかったよ」
嘘をついてしまったことに若干の後ろめたさはあるけど、そうやって誤魔化すしかない。俺達の関係を説明できないのもあるけど、俺だっては釈然としないモヤモヤが残っているんだから。
昨日の昼食後、柊はあきらかに俺を避けていた。放課後もさっさと帰ってしまったし携帯で連絡しても返信はなかった。それでタイミングがよすぎる病欠だ。俺だって関係があるってなんとなくおもってしまう。
「私達、お見舞いに行こうかって話してるんだけど、大上くんは?」
「俺は――」
誘ってくれているんだろうか。けど、あのときの柊が頭を離れなくて。
また拒まれるんじゃないか、避けられるんじゃないかって。
なにも答えることができなかった。
その日一日は、何もない一日だった。このところ騒がしすぎたのもあるけど、なんだか胸にぽっかりと穴が空いた喪失感を味わって過ごし、帰宅の途に就いているときも、なんだかモヤモヤしていろんなことが頭の中を駆け巡る。
柊の奴、本当にどういうつもりなんだ。
自分勝手に人を好きなだけモフって、そして庇って少し優しくして。それでいて避けるなんて。
俺がなにかしてしまったのか?
「ただいま~~~」
鬱屈したまま家に帰って、そのまま二階の自室に向かう。途中、恵梨奈姉ちゃんの部屋の前を通り過ぎようとしたとき。
「実は謙ちゃん、お友達ができたんだよ」
? 誰かと話してるのか?
「しかも女の子。けっこう良い子でさぁ~~」
話し声に気をとられると、部屋の扉が少し空いていた。盗み聞きしてしまう形になるけど、自分のことを話題にされているのでどうしても気になってしまう。
「しかも謙ちゃんの体質を知ってもそのまま受け入れてくれてるんだよ。そんな子がいるのかって驚いたよ、ちょっと」
「っ」
ドンピシャな内容過ぎた。
体の芯から硬直して、足の裏に根っこが張り付いてしまったみたいに微動だにできない。
「謙ちゃんは、どうだろ~~。あたしが聞くと愚痴みたいなの零すけどなんだか惚気聞かされてるみたいでさ~~。本人に自覚はないだろうけど」
いや、どうすればあれが惚気に聞こえるんだよ。耳の奥にお花畑でも咲き乱れてるのか。
「それに謙ちゃんの好みにもドンピシャなんだよね〜。謙ちゃんが持ってるエッチなDVの女優さん達にも似てるところあるし」
?!
「まぁ、あの子もお年頃だしねぇ〜。あ、でも最近は量が増えてるかな」
こ、この野郎・・・・・・!
「うん。大丈夫だよおじさんおばさん。謙ちゃんはあたしが責任持って――――」
「てめぇこのやろおおおおおおおお!」
「?! 謙ちゃん?!」
我慢できなくなって、荒々しく扉を開けた勢いそのままに恵梨奈姉ちゃんの元へ。
パソコン画面に映っているのはやっぱり、遠い海外にいた俺の両親の尊顔。まさかの息子の登場に二人も驚いている。
「あ! ちょっとなにするの!」
「やかましい! あんたこそなにしてんだ!」
パソコンを強制終了させ、そのままがなりたてる。
「もう~~。第一ノックもしないなんてデリカシーにかけるぞ!」
「うるせえ! 思春期男子のデリケートな部分を包み隠さず暴露しやがる奴に言われる筋合いねぇわ! つぅかなんで俺のそういう事情把握してんだよ!」
「保護者は子供のことを知っておく義務と責任があるんだよ」
「この毒親候補生が!」
「おじさんもおばさんも謙ちゃんのこと心配してるけど、忙しくて中々日本に帰ってこないんだよ? 成長した息子のこと少しでも聞かせてあげたいじゃん」
「だからってそういう話題聞かせられても親も困るわ! 俺だったら知りたくねぇよ!」
家族にエロいことを知られるなんて下手すりゃ自殺もんなんだぞ! 男は繊細なんだ! 特に男子高校生は!
「ん~~。たしかに。どっちかというと柊ちゃんのことに興味津々だったな〜」
全く悪びれていない…………くそが!
恵梨奈姉ちゃんに、怒りが急速に萎んでいく。これ以上無駄という徒労感に襲われて大きく脱力していく。
「あ、そだ。柊ちゃんにももしよかったら紹介したいんだよね、おじさんとおばさんに。でも柊ちゃん連絡返してくれないんだ〜」
「・・・・・・あいつ、今日病欠だったから仕方ないんじゃねぇの」
「え、そうだったの? なら悪いことしちゃったな」
・・・・・・被保護者の心には配慮しないのに病気の他人には罪悪感覚えるっておかしくね?
「じゃあ謙ちゃんお見舞い行かないの?」
「行かないよ。きっと迷惑だろうし・・・・・・」
「・・・・・・?」
「それに、俺がいっても柊は、喜ばないし」
昨日の件からいっても、拒まれる可能性が高い。それに俺達の関係は普通じゃない。俺は体質改善を、柊はモフるため。そして秘密を守るため。
そんな都合の上で成り立っている間柄の奴に、お見舞いに来られたって意味はない。昨日モフモフをしようとしなかったのもあるけど。
ポカン!
「?!」
いきなり拳骨を食らった。
痛みはさほどないけど、唐突だったから驚きのほうが強い。
「え、ちょ、なに?」
「ねぇ謙ちゃん。あたしがどうして謙ちゃんと一緒に住んでるとおもう?」
なんで急にそんなことを聞いてくるんだ。しかもちょっと怒りながら。
「仕事の都合」
ポカ。
「身内だから」
ポカ。
「俺の両親に頼まれたから」
ポカ。
「・・・・・・俺が人狼だから」
ゴンッッ。
「一緒にいたいからだよ」
最後に強めに殴られたあと、両頬を掌でガッシリ挟みこみながら諭すように、優しげに。
「一人にしたくなかったからだよ。心配だったからだよ。迷惑だからって考えるのは謙ちゃんの悪い癖だよ」
しょうがないのかもしれないけどさ、と小さく寂しそうに漏らした。
「あたしは迷惑だなんてこれっっぽっちも考えてない。逆にそんな風におもわれてたらショックだよ」
「でも・・・・・・」
「でももへちまもない! 大切な人が悩んでたり苦しんでたら傍にいたいのは当然でしょ?! それとおんなしだよ! 謙ちゃんは柊ちゃんが心配じゃないの?」
「・・・・・・」
「それとも謙ちゃんは嫌だった? あたしが一緒にいて、一緒に暮らして」
そんなことはない。鬱陶しいと感じることはたくさんあったけど、それでも救われた。
「柊ちゃんと一緒にいて、嫌だったっておもう? 楽しい、嬉しいっておもえたときは少しもなかった?」
「・・・・・・」
「これっぽっちも?」
「・・・・・・別にお見舞いくらいで大袈裟じゃないか・・・・・・」
「うん。そうかもね。でもこのままじゃ謙ちゃん意味ないとおもったから」
「なんでさ」
「知り合った女の子のお見舞いに行くことすらできない人が恋人作ったり友達作ったりなんてできるわけないじゃん」
「・・・・・・」
「例え体質が良くなったとしてもさ。そんなに難しいことなの? 謙ちゃんにとってあの子のお見舞いに行くのは」
「難しく・・・・・・はねぇよ」
でも、嫌な想像しかできない。
また避けられたら。拒まれたら。なにも意味がなかったら。
自分でもモヤモヤ悩んでいるというのに、こんな状態でお見舞いになんて。
「もうさ・・・・・・簡単に考えてみたら? 謙ちゃんにとって柊ちゃんがどういう存在なのかって」
俺にとっての柊。
「・・・・・・・・・そうだなぁ」
最初は困った奴だった。
正体を隠そうとしているのに、どこでもいつでも盛ってモフろうとしてきて。人の都合なんて考えないで好き勝手やって。
俺だって男なのに、女の子にあんなことをされてどれだけ内心苦労していたか。
「どう?」
すっっげぇお見舞いに行きたくなくなってきた。
そりゃあそうだろ。今のところ良い部分を思い出せてないんだぞ。
そうだ。そうなんだよ。あいつとの関係がはじまったときから、勝手な奴なんだ。それなのに急に隠すのに協力的だったり。優しくなったり。そして避けたり。
意味がわかんねぇよ。俺の俺が何をしたっていうんだ。
・・・・・・なんか段々腹がたってきたな。
俺がなにした? なんで俺があいつに避けられないといけない? 今まで散々な目に遭わされて、困らされて。
困らされて困らされて困らされて困らされて。
「許せねぇ・・・・・・」
このままでいいわけがない。
「謙ちゃん?」
「ありがとう、恵梨奈姉ちゃん」
やっと自分がすべきことを悟って、迷いが晴れた。頭がすっきりして、行動せずにはいられない。
「わかったみたいだね」
「ああ」
拒まれようと、避けられようと、かまうもんか。
あいつに直に文句を言って、どういうつもりなんだってら問い詰めないと気がすまない。
ついでに、今までのことも全部。陰キャにだってプライドはある。
「まったく世話が焼けるんだから。でも帰ってきたらお赤飯だね」
?
「いや~~、青春っていいな~~。お姉ちゃんもタイムリープしたくなってきたよ」
「?? とりま行ってくるよ」
「はいは~~い。なんならお泊まりでもいいよ~~」
いや、夜通しお見舞いするわけねぇだろ。それもう看病だよ。
ツッコミもさっきの意味不明なことを宣った意味も、今はどうでもいい。
ニッコリとした満面の笑みを一顧だにせず、そのまま走り出した。
待ってろよ、柊。




