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30話

「いい天気ね」

「ああ、そうだな………」


 ぽかぽかとした陽気に燦々と降り注ぐ暖かい日差し。昼過ぎということもあって気温は高くなってきているから昼寝でもしてしまいそうな気持よさだ。


「どうしたの? 浮かない顔して」

「当たり前じゃないかな………」

「あなたの陰気じみた顔はもう慣れたけど、今日は一段と酷いわよ? 食欲が失せそう」

「容赦ないなお前は!?」

「人狼じゃなくってフランケンシュタインみたい」

「失礼だなお前は!?」


 けど、自分の表情がとんでもないことになってるのは、自覚している。


 柊が弁当を渡してきたときの山峰さんの反応。そして戻ってからさっきまでのクラス中の好奇めいた視線、嫉妬、やっかみ。面白がっている女子達のこそこそ話。持て囃すような山峰さんの態度。それらに対する心理的プレッシャー。


 げっそりと精神が削がれたもしょうがないだろう。


「お前、どうしてあんなことを?」

「………私だって、なにも考えなしに人前で渡したわけじゃないわ」


 やっぱり気づいてやがったか。


「じゃあその考えって? どんなのなんだよ」

「……………………さぁ。お弁当を食べま――」

「終わらせねぇよ?」


 包みを解こうとした柊を、強引にとめた。


「ちょ、ちょっと待って。今かんがえ、説明するから。あ、あなたに捕まれていると………」

「…………? どうした?」

「………は」

「?」

「恥ずかしいわ………」

「…………悪い」


 恥じらいを見せた柊につられて、気まずい沈黙が支配する。嫌なかんじじゃなくって、なんとなくもじもじしてしまうようなじれったさ。


「…………きっと、私達これからも二人でいる時間があるとおもう。けど、ずっと隠れているのは限界がある」

「おう………」


 ぽつりと、柊が話しはじめてくれて内心ほっとした。


「だから。私達が二人でいてもおかしくない、当たり前だっていう風におもわせればいいんじゃないかって、利用させてもらったの」

「なる…………ほど?」


 考えはわかった。なんとなく、柊らしいって納得もした。もしかして、それを見越してわざわざお弁当を用意したんじゃないかって疑うくらい。


 いや、柊ならしそう。


「けど、それだと周りに誤解されるんじゃないかな」

「誤解?」

「付き合ってるとか」


 自分で言ってて、恥ずかしい。けど、柊はもっと嫌だろう。なんとも想ってない俺と、そういう関係に見られるなんて。


 それによって今後も周りからあんな風に見られたり言われたりするとおもうと………胃が痛くなる。


「別に、どうでもいいじゃない」

「え、」

「周りの人達がどう言おうと」

「…………そうかな」

「そうよ」

「でもなぁ~~~~~…………」

「なに? あなたは私と付き合ってるって誤解されて嫌なわけ?」

「そうじゃないけどさ。柊は嫌じゃないのかよ」

「……………さぁ。時間は有限よ」


 ごまかしたのにはどんな意図があるんだろう。


 いや、もういいか。お腹も減ってきたし。


「どうぞ」


 それに、どんな経緯であっても女の子からお弁当をもらうなんて、初めてのことだからウキウキドキドキしてしまう。


 正直な感想を言えば、見栄えは良いというわけじゃない。


 ミートボールは形が歪で崩れているし卵焼きはボロボロ。きっとタコを模したんだろうウインナーは所々焦げている。かろうじて野菜は普通だけど、他のおかずのイメージに引っ張られて印象はよくない。


 お世辞にも美味しそうだって感想が出てこないお弁当だ。


「いただきます…………」


 あえて感想は伝えず、食べ始めた。


「どうかしら?」

「…………意外と美味しい…………」


 見た目は少し悪いかもしれないけど、味はしっかりしている。


「意外っていうのが引っ掛かるわ。どういう意味があるの?」

「いや、他意はないから」

「…………しょうがないじゃない。初めてなんだから」


 憎々しげに漏らしたけど、言い方が拗ねたみたいでなんだか可愛いっておもっちまった。


「え、柊初めてお弁当作ったの?」

「そうよ………普段は母に作ってもらってるから」

「へぇ~~~」

「でも、大上くんはいつもコンビニとか学校で売ってるパンよね」

「ああ。家だと家事してるから、昼食くらいは手を抜きたいんだ。偶に夕飯の残り詰めるけどな」

「横着ね」

「仕方ないだろ。主婦だってときには手を抜きたいんだ。柊だってお母さんに聞いてみろって」


 量が少なかったからか、会話に夢中というのもあってあっという間に食べ終わってしまった。まだ食べ途中の柊を待ちながら他愛ない話を交わす。


 こんな風に、なんでもない時間を過ごすなんて初めてじゃないだろうか。


「ごちそうさま。弁当箱は洗って返すよ」

「いいわよ。それくらい。お礼なんだから」

「いや、大したことないし」

「でも、そうしたら明日の分のお弁当が―――」

「明日?」

「時間が余ったわね…………」


 なにかをごまかすように、急に話題を変えた。


 いつもなら昼食を食べ終わったあとは柊が存分にモフることに終始していたけど、なんだかそんな雰囲気にならない。


 朝のこともあるので、どうしても違和感を抱かずにはいられない。


「柊。なにかあったのか? マジで」

「なにが?」

「モフろうとしないじゃないか。今日全然」

「…………言ったでしょ。気分じゃないって」

「本当に?」

「なに? 今日はずいぶん食ってかかるじゃない」

「知り合いがおかしかったら気になるだろ」


 いや、とっくに元からおかしいけど。


 おかしくないからおかしいっていうか。おかしいのが普通だからおかしいっていうか。


「あなたにとっては嬉しいんじゃないの? 人狼化しなくて」

「それはそうだけど」

「ならいいじゃない。しつこい男は殺されるわよ」

「誰に?!」


 そこは普通嫌われるじゃないのか!?


「とにかく、なんでもないのよ。本当に」


 違和感を感じながらだからか、なんとなく声に張りがないことにも気づいた。昼食を食べ終わった直後特有の気だるさではなく、張りがある元気がない。


 もしかして。


「なぁ、なにか隠してないか?」


 体調が悪いんじゃないか? だからモフモフする元気もないとか?


「…………」


 サッと顔を背けた仕草に、やっぱりという確信が深まった。


「あなたに心配してもらう必要はないわよ。本当に、なんでもないんだから……」

「心配するだろ。保健室行くか?」

「やめて」


 強い語気。きっぱりとした拒絶。


「どうしてあなたが気遣うの…………これじゃあ逆じゃない………」


 意味がわからない。どうしてそこまで。


 俺に気遣われるのが嫌なのか?


「お前、気遣っただろ。山峰さんといるとき」

「…………」

「お前が俺を気遣うのに、俺だけ気遣うのはダメっておかしいだろ」

「私は………」

「せめて理由を説明しろよ。そんな柊、なんからしくないぞ」

「…………私らしいって、なに?」

「え、」

「私は…………」

「柊?」

「私は!!」


 潤んだ瞳。切なげな表情。今にも泣きだしてしまいそうだ。


 けど、その先は訪れなかった。


 きっと無意識だったんだろう。俺の手の甲に自らの掌を重ねてきた。しっとりとした肌触りと仄かな体温。そして距離が近づいたことで柊の体臭、香りをおもいきり吸いこんでしまい、鼻の奥を刺激される。


 色々な条件が重なった結果。

「ぐ!」


 不意打ちな形で、我慢する余裕すらなく。あっさりと人狼化してしまった。


「「……………」」


 急激に柊が距離をとった。


「ほ、ほら見なさい…………口では強いことを言っていてはぁはぁ………自分のことすら満足にくぅぅぅ…………管理できていないような情けない人がじゅるり、う、うううん………人を心配するなんておこがましいにもほどが―――」


 せめて糾弾するか興奮するかどっちかにしろよ!


「く、だ、だめ…………だめよ美音…………自分を取り戻して…………」


 なんかもう一人の自分と戦ってるみたいになってる!?


「う、うう…………だめ、だめ…………」

「柊!? 大丈夫か!?」


 苦しそうな柊を見ていられなくって、つい肩に触れた。


 やっぱりおかしい。いつもなら人狼化した途端、目の色変えて飛び掛かってきてあらんかぎりの筆舌に尽くしがたいスリスリとスゥハァスゥハァとモフモフのペロペロのジュルジュルのペロペロのかぎりを尽くすというのに。


 まるで我慢しているみたいじゃないか…………!


「!?」

「おい、大丈夫か!?」

「あ、あわわわわわわ…………」


 とんでもないことになってる。


 渦巻みたいにぐるぐる目が回っていて口は真四角に大開き。そして沸騰しそうなほど赤い。舌がもつれているのか不明瞭な言葉を発し続けている。


 尋常じゃない反応だ!


「お、大上くん、あばばばばばば…………」

「む、無理すんなって!」


 とはいえ、こっちもパニックだ。なんで柊がこんな風に陥ってしまっているのか不明なんだから!


「と、とりあえずモフっとけ!」


 そうすればもしかしたら落ち着くかもしれない。それで俺にとっては大変な事態になるかもしれないけど、背に腹は代えられん!


「!? う、く、ああ、はぁ、はぁ…………」


 ゾンビみたいにヨロヨロと覚束ない足取りで、フルフル震える手を伸ばしてくる。けど、引っ込んでは伸ばして引っ込めては、ということを繰り返し、


「う、うう…………」

「ほら!」

「ダメ………」

「は!?」

「恥ずかしい…………」

「今更どの口がほざくか!?」

「だ、だって、男の子の体をべたべた触ったりするなんて………はしたないわ………」

「だからどの口がほざくか!」

「それに、私達ただのクラスメイトなのに………」

「まだほざきやがるか!?」


 なんなの!? なんでこの期に及んでそんなこと!


「今まで散々俺をモフってきたり好き勝手してきたじゃないか!」

「う、うう…………~~~~~っ」


 林檎かってくらい真っ赤になりながら両手で顔を覆う。指の隙間からは閉じ切った瞼が垣間見える。


 くそ、可愛い。


 ってそうじゃねぇ!


「そうなのよね…………私、今までそんなことを…………うう、死にたい………」


 死にたいのはこっちだよ! なんで後悔されてんだ! 今まで耐えてきた俺の頑張りはなんだったんだ! 泣くぞ!


「あ―――、もう! なんだよ本当に!」

「え、ちょ、うう………」


 遂には我慢できなくなって、柊に一歩一歩近づいていく。柊は後ろに下がるけど、壁にぶつかって、そのまま横に。咄嗟に手を壁に当てて逃げ道を潰した。


「!? お、大上くん…………」


 ぽ~~~っとしたかんじで立ち尽くしている。まるでこちらを見惚れているようだ。


「~~~~~~~~っ!」

「おい、柊…………」

「ひぅっ」


 荒い息が耳にかかったからか、びくん! と小さく痙攣する。おもわぬ反応をさせてしまったことに躊躇いが生まれた。


「だ、だめ~~~~~!!」

「え!?」


 いきなり突き飛ばされた。


「あ、ご、ごめんなさい………私、私…………ち、違うの…………私………私………」


 柊はそのままぴゅ~~~~~! とあっという間に走り去っていってしまった。


 後に残された俺は追うこともできない。


 人前に出られないっていうのもあるけど、さっきの柊が脳裏にこびりついて離れない。


 予冷が鳴っても、完全に元に戻るまで動けなかった。


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