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26話

暫く時間を潰そうとやってきた入り口付近のエントランスで過ごしていると、なんだか落ちこんできてしまう。


「はぁ、なんでこんな目に・・・・・・・・・」

「自業自得よ」


 え、柊?


「お前、なんでいんの?」

「もしかしてあなたが人狼化しそうになっちゃったんじゃないかって気になっただけよ」


 旋毛から足の先まで具に眺めると、そのまま隣に腰掛けてきた。ちょん、と肩が触れてしまう距離がなんだかもどかしい。


「それに、少し雰囲気に疲れちゃってね。新鮮な空気が吸いたかったの」

「雰囲気?」

「熱気というかテンションというか。そういうのよ。あなたは慣れていないからわからないわね。別にカラオケ特有の専門用語じゃないから」

「そんな勘違いはしねぇよ」

「そう。ごめんなさい。少し見くびっていたわね」

「お前、皆の前でもそうしてるのか?」

「そうしてるって?」

「毒舌というか馬鹿にしてるっていうか。とにかくそういうかんじだ」

「そんなこと私がいつしているの?」

「自覚無し!?」

「それにそんなことしていたら友達も話しかけてくれる人もいなくなって孤立するじゃない。あなたみたいに」

「それだよ! まさしくそれ!」

「?」

「きょとんとすんな! 腹立つ! わざとやってんのか!?」


 なんだか気が抜けてどっと疲れた。それ以上喋るのも億劫になって背もたれにぐで~~~っと体重を預ける。柊はそれ以上話しかけてこようともしないから、会話らしい会話なんておきず、黙ったまま二人であちこちの部屋から漏れでてきている歌声や楽しげなやりとりが通り過ぎていく。


「戻らなくていいのか?」

「まだ。あなたは?」

「いや。俺も」

「そう」

「・・・・・・・・・お前。なんであいつの告白断ってるんだ?」

「あいつ?」

「部屋にいた。お前にバレたときも告白してた」

「ああ。彼ね。別に恋愛なんて興味ないからよ」

「・・・・・・・・・なんで?」

「好きでもないのに付き合っても時間の無駄でしょう。だったら別のことに使ったほうが有意義だし」


 普通あんなイケメンだったら喜んでとはいかなくても、付き合うことを拒みはしないんじゃないか? 性格に難はあるけど。


「友達と一緒に遊ぶときは楽しいわよ。もちろん。でも、男の人と二人で出掛けようって誘われても告白されても、嬉しくないの。想像してもちっともときめかないし。それに、大抵の人は友達じゃなくって、別の関係を求めているから」

「好みの男性像とかないのか?」

「毛深い人。尻尾がある人。四足歩行で肉球があって――――」

「それ男性じゃなくってオスな? それも人間じゃねぇし」


 本っっっ当・・・・・・・・・・・・こいつは頭の中それだけな。


「けど、例外はあるのよ。二人きりで楽しいとか。その人と過ごすときを想像するだけでワクワクしちゃうとき」

「へぇ。誰だ?」

「あなたよ」

「っ」


 つい横を見ると、恥ずかしげもなさそうな涼しげな顔とバッチリ対面する。瞬間的に体温が上昇しかけるけど、はたと途中でとまった。


「も、モフモフができるからだろ」


 それしかありえない。勝手な勘違いをしてしまいそうになったじゃないか。


「・・・・・・・・・勿論。そのとおりよ」


 ほら見ろやっぱり。


「大上くんにしては上出来ね。百点満点よ。ええ、本当に」


 じゃあなんで不機嫌気味なん?


「俺だったら恋人ほしいけどな。だからこそ体質改善しようとしているわけだし」


 けど、こんなんじゃいつになることやらだ。途方もない時間がかかってしまうんじゃないかってうんざりする。


「ダメよ」

「え?」


 予想外にも否定、というよりも却下されてしまった。


「・・・・・・・・・だって恋人ができてもバレてしまったら大変じゃない」

「それは・・・・・・・・・そうだけど」

「普通の人は人狼であることを受け入れられないし。それに――――」


 どことなく必死さが垣間見える。なんだか頑張って理由を挙げているような焦りがあって。柊らしくない。


「お、お前等なにしてるんだ!?」


 大声がエントランスに響き渡った。さっきのイケメンが空のコップを手に、わなわなと震えてずかずかと大股で近づいてくる。


「二人とも帰ってこなかったからもしかして・・・・・・・・・っておもったけど! こんなところで二人きりでいるなんて!」


 まずい。まださっきのやりとりが尾を引いているのか。


「それになんだその距離感! もう完全に付き合ってるだろお前等!」


 いや、こいつの恋人の定義おかしい。


 ただ隣同士の椅子に座ってるだけじゃないか。それだと至る所のお店で待ってる隣同士の男女全員恋人ってことになるじゃねぇか。


「そんなわけないだろ」

「じゃあなんでこんなとこにいるんだよ!」

「それは・・・・・・・・・ちょっと疲れて外の空気を吸いたかった俺を心配してくれてただけだよ」


 こう説明するしかないだろう。


「嘘つけ! お前みたいな糞陰キャ野郎如きを柊が心配するわけねぇだろ!」

「本当よ藤田くん。大上くんの言う通りだから」

「まぁ柊が言うんならそうなんだろうな・・・・・・・・・」


 早いなおい!?


 柊の言うことならなんでも信じるのかよ! これが惚れた弱みってやつか!? 詐欺を持ちかけられても疑わなそうなあっさりさだぞ!


「そりゃそうだよな! 柊がこんな奴となにかあるわけないよな! はははは! 俺ならまだしも!」


 けど、これでなんとかなったな。これでイケメンも部屋に戻って――――


「なら、柊好きだ。付き合ってくれ」


 なんでだ!?


 なんでこの流れで告白!? なにがなら、なんだよ!?


「無理よ」


 ほら見ろ! やっぱりフラれたじゃねぇか! 俺でもなんとなくわかってたよ!


「り、理由を説明してくれ! 俺と付き合ったら絶対幸せにするから! それにスポーツも万能だし! こんな奴と二人で話したりするよりずっとそっちのほうが楽しいから! 保証する!」


 なんで俺を急に引き合いに出した?


「そいつと二人で話せるのに俺と付き合えない理由を教えてくれ!」


 え、なに? 俺と話すのってそんなに難しいこと? ハードル低いの? それとも高いの? どっちにしろショックだけど。


「藤田勝くん」


 あいつ、藤田勝っていう名前なのか。


「・・・・・・・・・この際だからはっきり伝えておこうかしら。理由はまず、ついでみたいに告白されたのが不快だし」

「ぐ、」

「スポーツが得意だなんて誇らしげに胸を張れる幼稚さが嫌だし。女性が皆スポーツマンを好きだなんて思い込みが恥ずかしいし」

「ぐ、」

「よく知りもしない人を馬鹿にするようにして自分をよく見せようという底の浅さが嫌」

「ぐ、うう・・・・・・・・・」

「そういう風に世間知らずで痛々しいまでの自意識過剰なところを好きな人を探してちょうだい。私はそれほど愚かで暇ではないから」

「ぐおあああっ!」


 オーバーキル。藤田は膝をついて涙に塗れている。


「行きましょうか」

「あ、ああ・・・・・・・・・」

「待ってくれ!」

「い、た」

「!」


 乱暴に手首を掴んで、そのまま壁にまで圧していく。


「頼む! 一回だけチャンスをくれ!」


 流石にやりすぎだ。そういえば前にもこんなときがあった。あのときも断られてこんな風に。


「おい、やめろよ・・・・・・」


 放っておけなかった。


「うるせぇ! 引っ込んでろ!」



 バキッ!



「あ、」


 振り払おうとしたのか、固く握りしめられた拳が頬を直撃し、滑るように口を掠めた。


 頭がグワンと揺れる心地がして、鈍い痛みがズキズキと広がっていく。



 ガツン、ゴキ!



 痛みがはしるたびに、口の中に血の味がする。


 きっと今のこいつは冷静じゃないんだろう。告白を断られたショックで、それしか考えられなくて。どうしても認められない。


 けど、俺にはしっかりと見えている。


 苦痛に歪み、身動きできない。どこか怯えているような柊の横顔が。


 痛覚なんて気にならいくらい頭に血が上っていく。


「だから・・・・・・・・・・・・」


 きっと、俺は今怒っているんだ。猛烈に。


「やめろって!!」


 強引に羽交い締めにして引き剥がし、そのまま拘束するように襟を掴む。


「なんだよ! 邪魔するとただじゃ――――――あ!?」

「嫌がってるのがわかんないのか!」

「ぐ、げ、え・・・・・・・・・」


 ありったけの力を込めると、藤田は息が詰まったように苦しげになっていく。怒りがドンドン高まっていって、同時に自分の力も強まっていくのも感じて。



 ドクン。


「っ・・・・・・・・・・・・がぁ」



 人狼化しそうな前兆が。


「ぐ、う・・・・・・・・・」


 手を離してしまうと、そのまま足が縺れてよろよろとふらつく。


「大上くん・・・・・・・・・・・・もしかして!?」

「こ、この野郎・・・・・・・・・げほ、げほ・・・・・・・・・!」


 怒りっていう最も激しい感情の昂ぶり。それに伴う、変貌しそうな自分を抑えるのは尋常じゃなく苦しい。ここまで激しいのは初めてだ。


 収まりつつあるけど、まだ前兆は消えない。気を抜いてしまえば、この場ですぐに人狼化してしまいそうなくらい。


 汗がじんわりと浮かんできて、ガンガンと頭が割れそうになる。視界がぼやけて、神経の一本一本、全身余すところなく一切が爆発しかけているような痛みが不規則に脈動している。


 駆け寄ってくる柊を手で制することも、藤田を睨む余裕なんて、本当だったら残っていない。


「お、お前・・・・・・・・・」

「――――――な」

「っ」

「こ、これ以上・・・・・・・・・柊に、近寄るな!!!」

「っ」

「ひ!?」


 すぐ隣で息を飲む気配がした。ガタガタと怯えている藤田に対して、この身におこっているすべての衝動をぶつけている。それくらいの意気で、ただ見下ろし続ける。


「ああ? この・・・・・・・・・」

「あれ? 三人とも。どった・・・・・・・・・の?」

「! 山峰・・・・・・・・・・・・」


 急に現れた山峰さんは、ただならぬ雰囲気を察したのかそれから一言も発しない。藤田も自分が不利になることを悟ったのか黙りこんでいる。


「・・・・・・・・・」

「藤田くん。最後にもう一つだけ理由を教えてあげる」


 静寂を破ったのは柊だった。


庇うようにして前に立った彼女の声が、鼓膜を震わせる。


「・・・・・・・・・・・・自分の目的のために平気で乱暴したり暴力を振う人なんて嫌い・・・・・・・・・大っ嫌い・・・・・・・・・!」


 泣くのを堪えるように、震えていた。


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