98. チラシの裏
【あらすじ】昔の新聞には、今では信じられないような大量の折り込み広告が挟まれていたものだった。
子供の頃の話である。
携帯電話は勿論、パソコンも一般には普及していなかった時代、各家庭では当たり前のように紙の新聞を定期購読していた。
景気は今よりはるかに良かったので、各新聞販売店の営業担当が腕時計などのおまけをつけるから三ヶ月でいいから契約してほしいなどと熾烈な勧誘合戦を繰り広げるのが当たり前だったので、私の父などは三ヶ月ごとに購読する新聞を換えていた。
子供の私が興味があったのは、毎日の四コマ漫画と日曜版につくちょっと長めの連載漫画、それから、チラシだけだった。
ネットによる情報配信がない時代では、紙による情報伝達がまだまだ重要で、スーパーの安売り情報から宝石不動産玩具……毎日新聞本体よりもぶ厚い広告の束が挟み込まれていたものだ。
しかし私の目当ては、表側しか印刷されていない、どちらかというと紙もインクもそれほど上質ではないタイプのチラシだ。チラシの山を全て確認しても、見つかるのは数枚、それも、紙が薄すぎて表の宣伝が裏まで透けてしまっている物や、カラー印刷されたつるつるの表面が鉛筆書きには向かない物をより分けて、ほどよい厚みを持ち表の印刷が透けていない裏紙となると、一枚含まれていればラッキーというぐらいだった。
私は漫画家になることを夢見ていたから、チラシの裏には、いつも自作キャラクターの拙い絵を描きつけていた。ケント紙やGペン等を小遣いで買うのはまだ当分先のことで、私は学校の教科書でもノートも、余白さえあればイラストを描いて埋めていた。
夢を諦めてから既に何十年も経つが、私はまた絵を描くようになった。日々のニュースはネットでチェックするので新聞は購読していない。今時は、折り込みチラシを依頼する企業も激減しているのだろうと推測する。今は、チラシの裏ではなく、百均で購入した落書き帳を使っている。自宅で暇があるとその落書き帳を開くか、他の書類の余白に絵を描いている。
昔のことを思い出したのは、ドアポストに放り込まれていた分譲マンションのチラシの裏が白かったからだ。適度な厚みのある紙にはほどよいざらつきがあり、鉛筆で落書きするのに適している、とチラシの裏に落書きなどしなくなってから数十年ぶりに頭をよぎった。
当時描いていた拙いイラストが甦って来て、年取った手が握っている白い裏面を埋め尽くした。
それは、顔、また顔。体は殆ど描かれておらず、同じ角度で少し横を向いた顔、一様に無表情で、僅かに大きさが異なるが、全て同一人物の顔だった。
無数に並んでいるそれらが、一斉にこちらを向いて私を見つめた。




