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96. パンダ

【あらすじ】役場に出かけて行くと、なんだか様子がおかしい。中に居たはずの人々が皆外に出て、建物内の様子を窺っている。

 用事があって、午後から役場へでかけた。小さな町役場だが、日中はそれなりに混雑しているのだろうと覚悟して行ったのだが、到着してみると、どうも様子がおかしい。

 平屋建ての役場の側面に位置する駐車場に、いかにも役場の事務職員然とした人々と共に、たまたま用事でやってきたらしい一般市民たちが寄り集まって何やら深刻そうな顔をしている。総勢二十名程もいるだろうか。中には制服警官の姿まであった。

「何事ですか?」

 職員と思しき一人に声をかけてみた。頭髪がかなり白くなった気真面目そうな男性だ。

「あれですよ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、男性は役場の建物の方を指さした。

 横一列に並んだ大きな窓越しに、職員のデスクが並んでいるのが見えた。開いたまま机上に置かれたファイル、つけっぱなしのPCのディスプレイ、客の応対をするカウンターの上には、書類が散乱していた。だが人影はない。どうやら建物の中に居合わせた人々全員が、この駐車場へ避難してきたらしい。

「一体全体」何が起きたのかと再度問おうとしたとき、それがデスクの下からむくりと起き上がった。

 大きさは、小柄ではない大人の男性ぐらいはありそうで、全身を覆う剛毛が白と黒とにくっきり分かれた模様を浮き出させている。一見愛敬のある柔和な顔立ちだが、黒い毛で縁取られた目はよく見ると意外に小さく吊り上がっており、抜け目のない印象を受ける。竹のような堅い物質をバリバリ噛み砕くことのできる頑丈な顎は、草食動物だからと油断することなかれ。実は雑食のため家畜や人を襲うことがあると聞いている。体重は百キロを超えていそうだった。熊と同様に、山中でも町中でも、偶然出くわすことがあったら、身の危険を覚えずにはいられない巨漢だ。

 その白黒の奴は、明らかに苛ついた様子で、役場のデスクの間をうろつき回っていた。竹を掴むために進化したという手で器用にデスクの上の物をつまみあげたり、引き出しを開け、中身を放り投げたりしていたが、やがて飽きたのだろうか、デスクの上に腹を見せてご寝転がり、その勢いで回転しながら反対側に落下し、起き上がってまたデスクの上に乗っかると、連なったデスクの上をごろごろと転がったり――どうも、遊んでいるらしい。

 サイズが十分の一ほどだったら、愛くるしい仕草と思えたかもしれないが、デスクの上は巨漢の太い腕になぎ倒され背中に押し潰された物がそこいら中に散乱し、自分が声をかけた真面目そうな壮年職員などは、露骨に顔をしかめているし、女性職員の中からは、悲鳴や非難の声が上がっていた。

「意外と小汚いんですねえ」

 彼らが気の毒になった私は、慰めにもならないと思いつつ言う。野次馬の数が増えてきていた。

 白い毛皮の部分は、よく見ると汚れてかなり黒ずんでいた。当然、白い部分ほど目立たないというだけで黒い部分も同様に汚れているのだろうと想像でき、なんだか獣臭がここまで漂って来そうだった。

「まったく、あんなものを『可愛い』とか『人間の都合で駆除するのは可哀想』なんて言う輩の気がしれませんよ。呑気なことを言っていられるのは、あれに襲われる心配もなく、あれのしでかした後始末をする必要もない身分だからでしょう」

 男性職員は吐き出すようにそう言った。

 役場の中では、暴れ疲れたらしい白黒の巨漢が、デスクの上で無防備に腹を上に向けて大股を開いた状態で、居眠りを始めたところだった。

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