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70. 支配的な母親の死

【あらすじ】母親が亡くなり、息子は一人でモーテルの経営を始める。

 母親が亡くなった時、彼は本当に途方に暮れてしまった。子供の頃からヒステリーと暴力で彼を縛りつけ、意のままに操って来た母。誰か相談できる友達や知人でもいれば、「ようやく自由になれたんだ。これからはお前の好きにいきることができるんだ」とでも言って励ましてくれたことだろうが、生憎彼にはそんな人間はいなかった。

 彼には恋人もいなかった。「色気づいた」彼に対し母親は特に厳しく接し、理不尽に早い門限(夜七時以降は外出禁止)と、彼が異性と一緒にいる所を見つけようものなら誰彼構わず罵倒し「あんな子と付き合ったら承知しない」と激しく折檻することで彼を孤立させたからだ。

 彼は現在二十歳で、高校卒業後は進学せず、モーテルを経営する母親の手伝いをしてきた。今まであれやこれやと常に指図してきた親に先立たれた時どうすればよいのかはまったく見当もつかなかったが、モーテルの経営については一通り学んでいた。彼はとりあえず母親の死体を彼女のベッドに寝かせたまま、生活のために仕事を続けた。モーテルは人里離れた場所にあり、母と息子は可能な限り孤立して暮らしていたから、彼女がある日唐突に金切声で罵倒することをやめても、彼以外気にする者はなかった。


 母親の死から十年、モーテルは口コミの評判が大変よいこともあって、なかなか繁盛していた。レビュー曰く

「受付の人、雰囲気暗いし無口だし、サイコなんじゃないかと友達と笑ってたけど、夜中に友達が発熱した時、温かいスープや解熱剤をくれて、お陰で朝には回復して、元気に旅が続けられました。管理人さんに感謝」

「部屋は清潔で、値段が手ごろなので文句なしです。暖かいスープのサービスがあり、噂通りとてもおいしかったです。帰りもまた利用したいと思います」

「女一人旅で不安だったけど、嵐の真夜中にこのモーテルを見つけて、寝ているところを叩き起こしたのに嫌な顔一つせず、『残り物だけど』と暖かいスープでもてなしてくださった管理人さん、本当にありがとうございました!」

 スープは、かつては彼の母親が金目のものをせしめられそうな客に対してのみ睡眠薬を投入して提供していたものだが、彼は希望する客全員にサービスで振る舞っていた。中身は、趣味のハンティングで仕留めた鳥や兎の肉と、自家栽培の野菜やハーブ。彼は銃で仕留めた獲物の肉を切り裂くことに喜びを覚え、血の色に興奮したが、それを人間で試してみたいとは思わなかった。人間の死体を処分するのは、とても手間がかかり面倒なことだ。だから客は、ただおいしいだけで全く無害なスープで腹を満たし、ハッピーな気持で旅立っていく。リピーターも多い。

 口下手で陰気な印象だが、ひとたび問題が発生すれば親身になって対応してくれるというので、管理人としての彼の評判も上々だった。女性客の中には、あからさまに彼に好意を示す者までいた。しかし彼は、「厳しい母親がいて目を光らせているから」と言って相手が若い美人だったとしても、常に逃げ腰だった。

「ねえ、あなたはもう大人なんだし、いつまでもお母さんに束縛されているのはどうかと思うわ」と彼に好意を寄せる女客の一人などは小声で次のような提案をしたりもした。

「もう結構なお年なんでしょう。だから、アクシデントだったってことにしてしまえば、わからないわよ」

 しかし彼は、そんな物騒な誘いもやんわりと断った。

「人が悪いなあ、お客さん。そんな冗談を言われると、つい本気にしてしまいそうですよ」

 ベッドでミイラ化した母親を、そろそろどうにかするべきだと彼は思う。リピーターが増えれば、嫌でも「とんでもないビッチらしいが、ちっとも姿を見せない母親」について疑問を持つ者が出てくる。困ったことに、彼に好意を抱く女性の中には、彼の自宅に乗り込んで母親と対決しようとしかねない血の気の多い無謀な女性もいる。どうにかするとは、裏の湖に捨てるとか、裏山に埋めるとか。

 しかし彼は、例え母親を処分したとしても、いかなる女性とも交際をするつもりはなかった。長く高圧的かつ暴力的な母親に支配されてきたせいで、彼は女性を愛する気にはどうしてもなれなかった。といって男性が好きなわけでもなく、要するに彼は、一人暮らしにすっかり満足していた。

 母親の死を届けず放置してきたことはまずかった、と今になって思うが、彼女は病死であった。罪に問われたとしても、大したことにはならないだろう。だが、今更彼女のために、この満ち足りたささやかな暮らしを乱されたくなかった。できればこのまま自由な一人暮らしを続けたいと彼は願っている。人里離れたモーテルを経営しながら、たまに狩りをして、夜は静かに古い映画を観たり本を読んだり、そんな平和な生活を。

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