69. 分かれ道
【あらすじ】正体がバレかけた潜入捜査官は、身の潔白を証明するために殺しを命じられる。
トニは潜入捜査官だ。町を長年牛耳っている組織のボスの殺人の証拠を掴むために、もう二年もギャングの一員として生活している。ボスはずる賢い男で、自分の手を汚すなんてことは勿論しないが、手下にやらせたという証拠も容易に残さなかった。トニはギャング生活が長引くにつれ、自分は本当に根っからの悪党なのではないかと、正義を守る側の人間としての自信が揺らぐのを感じている。
正体がバレないよう、トニは暴力的で残酷な男になりきっていた。上からの命令には何の疑問も示さず従い、強盗や麻薬の密売、売春組織の運営まで何でもこなした。その甲斐あって、彼は短期間で幹部になり、ボスの信頼も厚い。
しかし、その日トニがボスに呼ばれて事務所に赴くと、一目で不味い状況になったことがわかった。あちら側との連絡係のニコが縛り上げられて床に転がっていた。酷く殴られたとみえ顔の形が随分変わっていたが、ニコに間違いなかった。さるぐつわを噛まされ、大きく見開いた目でトニを見つめてきた。瞳孔が開いた瞳は既に死人のそれだった。
デスクに足をのせ、葉巻をくゆらせているボスが言った。
「こいつの話では、お前は警察の犬だっていうんだが、本当か?」
口を開きかけたトニを手で制して、ボスは次のような提案をした。
これから、弾を一発だけ込めた銃をお前に渡す。警察の犬ではないと誓うのなら、今すぐそいつを撃ち殺せ。俺はずっとお前に目をかけてやってきた。自分の目が節穴だとは思いたくない。お前がそいつを躊躇いなく殺すなら、俺はお前を信用しよう。
ボスの目配せで、手下の一人がトニの見ている前で弾を一発だけ装填した拳銃を手渡した。他の手下達は、トニに狙いをつけ拳銃を構えている。
トニは躊躇なくニコに向けて銃を発射した。血まみれで傷だらけのニコの顔に恐怖の色が浮かんだのは一瞬で、頭部を打ち抜かれすぐに絶命した。トニは顔色一つ変えなかった。
お前を信じていいんだろうな、とボスが尋ねた。勿論です、とトニは答えた。俺にはこの世界が性に合っている。そう言いながらトニは奥歯に隠していた即効性の毒物を噛み砕いた。彼の背後に立っていた手下の一人が銃のグリップで彼の後頭部を殴りつけるよりほんの少し早かった。
ニコはトニが特に可愛がっていた後輩だった。しかし、しくじって捕まり、仲間の正体を明かしたニコを殺すことに何の迷いもなかった。どの道、ニコは死ぬしかなかった。自ら手を下したことに、良心の痛みも何も感じない程、彼はこちら側の世界の人間になりきっていた。しかし、一度裏切り者の疑いを持たれた彼を、ボスが生かしておくはずがなかった。
俺はこちら側でならナンバーツーぐらいにはなれたのに、と床に崩れ落ちながらトニは思った。




