37. 9.11
【あれすじ】「あの時どこにいたか」と尋ねられる出来事の一つ9.11。私は貧乏留学生で、ロンドンにいた。
バイト先のレストランの厨房に居た。切れっ端みたいな具材が浮かぶミソスープ一杯で、当時の為替レートで千円近くぼったくるロンドンの高級和食レストランの地下一階だ。TVはないが、ラジオはあり、既に数年ロンドンで過ごしていたので、ニュース速報の内容が聞き取れてしまうのは不幸なことだ、とこの時は思った。ただし、耳にした内容は到底リアルとは思えず、タチの悪い現代版H・G・ウェルズ『宇宙戦争』なのではないかと痺れた脳の一部ではずっと思っていたが、残念ながらフェイク・ニュースではなかった。
地下鉄に乗ると、車内の人々が広げている新聞のことごとくに、その写真があった。黒煙を上げるワールドトレードセンター。これがハリウッド映画のスチール写真ではないなど、にわかには信じ難い光景で、その後何度もTVのニュースでその映像を目にするのだが、現実感の乏しさは一向に変わらなかった。
その時の労働党の首相が「我々はアメリカと肩を並べていく」などと余計なことを口走ったがために、次の標的は英国ロンドンに決定、と私達は冗談めかして笑い飛ばし、テロリストが飛行機を激突させそうな場所を予測する悪趣味な遊びに興じ、恐怖を紛らわせたものだった。
Buckingham Palace
The City(金融街)
St Paul's Cathedral
London Eye(テムズ川沿いの大観覧車)
Big Ben
Abbey Road
どうもロンドンというのは、観光名所には事欠かないものの、テロリストの標的になりそうな超高層の建築物は、あまりなかった。
それでなくとも、IRAの爆弾に吹き飛ばされるとか、同性愛者やアジア人差別主義者がクラブやスーパーに仕掛けた釘爆弾でハリネズミみたいにされるとか、「爆死」の確率がロンドンでは異様に高かったというのに、ここに来て更にテロリストが操縦する飛行機まで新たに加わったのだった。
ロンドンでは、爆弾は割と身近な脅威だった。頻繁に緊急停止する電車内でその理由が放送されるのに耳を傾けていると「XX駅で不審な荷物が発見され、全員避難したため」なんてことをさらりと言っている。私自身、人気のない地下鉄の駅で、無人のホームにぽつりとアタッシュケースが置かれているのを見て、恐怖で身がすくんで動けなくなり、死を覚悟したことがあった。テロリストが置いていった爆弾だと本気で信じたのだ。金縛りにあったかのように動けず、ただアタッシュケースを凝視しながら爆発するのを今か今かと待つ永遠とも思える数十秒間が流れ、スーツ姿のビジネスマンがひょっこり現れ何食わぬ顔でそのアタッシュケースを手にした時は、丁度プラットフォームに滑り込んできた電車の前に蹴り入れてやろうかと思った。「荷物から離れないように」とあれほどしつこく構内アナウンスがあるのに、どこの田舎者か、と罵ってやりたかった。私に駅員に通報するだけの勇気があれば、安全が確認されるまで駅は封鎖されていただろう。だから電車が頻繁に停まるのだ。
留学生の中には社会情勢への不安から帰国に踏み切る者もいたが、私も含めた貧乏留学生にそのような選択肢はなかった。帰国すれば、二度と戻って来られないことはわかっていた。テロリストの脅威に実際に晒された場合でも、悲鳴を上げて逃げ出すことさえできないチキンなのだと早くに悟っていたこともあり、9.11後の新たなテロの脅威も、割とすんなり受け入れられたように思う。アメリカばりの無差別銃乱射事件などに遭遇したら、突っ立ったまま撃たれるしかない。諦めよう。
それから二年ほどして、私は爆死のリスクを生き延び、日本に帰国した。あともう何年か滞在したいと思っていたが、それ以上はビザを出さないとホームオフィスから通達を受けたからだ。ロンドンには当時も多くのイスラム教徒が暮らしていたが、私自身は彼らから特に何か酷い目に遭わされた、ということはない。彼らの多くは、その先何年も見た目だけでテロリスト扱いを受けることになる、むしろ甚大な被害をこうむった気の毒な人々だと思っている。




