31. コロナの時代のライブハウス
【あらすじ】スタンディングで通常のキャパが五百人程度のライブハウスにおける直近のコロナ対策の様子。ライブハウスなんて行ったことのない人、最近は怖いから行ってない人等のご参考に。
九月最初の日曜日のライブのチケット。行こうか行くまいかぎりぎりまで迷ったが、行くことにした。
好きなバンドの、約一年八ヶ月ぶりのライブである。
【事前準備】
まず、事前に、ライブハウスからのお願いに従い新型コロナウイルス感染拡大防止対策のためのWeb登録(氏名、メールアドレス、電話番号、公演日、アーティスト名など)を行う。「お願い」といってもこれはMUSTであり、登録を拒否すると、ライブハウス内に入れてもらえないから、ライブを観たいのであれば、必ず登録すること。登録完了後に送られてくる自動メールを、公演当日の入場時に係員に提示する必要がある。
【ライブ当日】
通常ならば、平日は開場が十八時、開演が十九時、週末はそれが一時間ほど繰り上がるぐらいなのだが、コロナ禍で緊急事態宣言などが出されている場合、営業時間が制限されるため、開場・開演時間も早くなるので注意が必要だ。この日は九月最初の日曜日、開場十六時十五分、開演十七時。早い。
【先行物販】
開場に先立ち、バンドのグッズの先行販売がある場合がある。この日は十五時三十分から。ライブハウス横のガレージのようなスペースでツアーグッズが販売された。中が混雑(密)しないように、スタッフが販売スペース内に入れる人数を制限する。入口に設置された消毒液で手の消毒をするよう促される。この日は通常よりも物販に並ぶ人の数が少なかったように思う。
【入場の列に並ぶ】
開場時間が迫ると、客が集まって来て並ぶ。ライブハウス前の歩道、道路に近い側、通行人の邪魔にならないようコーンで仕切られた位置、ざっくりとチケットの整理番号順(1~、21~、41~)に区切られているので、だいたいこの辺りというところに立つ。入場の際にスタッフが番号を読み上げるから、この時点での並び順はそれほど正確でなくてよい。
事前に実施しておくべきコロナ感染対策のWeb登録をまだ完了していないのであれば、並んでいる間にしておく。スマホを持っていない者は、スタッフに申し出れば紙の登録用紙をくれるはずなので、記入して持っておく(提出は、入場時)。
言うまでもなく、全員マスク着用だ。幸い対ウイルス効果が低いとされるウレタンマスクはほぼいない。不織布率が高いが、布マスクはちらほら。この辺は、不織布の徹底を訴えるようなアナウンスがされていないので仕方ない(アレルギーで不織布が無理な人もいるだろうし)。
【入場開始】
開場時間になると、スタッフがチケットに記載されている整理番号を1から順に呼んでいく。呼ばれた者は、まずチケットを提示、スマホ画面で事前Web登録の完了メールを提示(紙の用紙はここで提出)、少し先に進むと検温所があるので、スタッフに熱を測ってもらう(少し前は額で測っていたように記憶しているが、この時は手首に機器をかざすスタイルだった)。ここで体温が37.5度以上ある者は入場を拒否される。検温をクリアすると、さらに先に進んで、ようやくライブハウスの入口、チケットの半券の回収場所に到着。コロナ前なら半券はスタッフが千切るものだったが、最近はあらゆる接触を避けるため、客自身が半券を千切ってスタッフが持っている箱の中へと入れる。
ライブハウス内に入り、カウンターでドリンク代(六百円)を支払ってドリンクチケットを一枚もらう。その隣に消毒液を持ったスタッフが立っており「両手にお願いします」と言うので慌ててチケットをポケットにねじ込み、両手を差し出すと、スタッフが間違いなく両手にワンプッシュずつ消毒液を吹きかける。
びしゃびしゃになった両手で揉み手しながら、ようやくライブ会場へ足を踏み入れることができる。座先はなく、スタンディング形式である。通常ならば、空いてる場所ならどこに立ってもいいのだが、今回は密を避けるため、床に貼られたT字のテープのところと指定されている。T字は左右の人と肩がぶつからず、すぐ前の列とは互い違いになるように配列されているので視界良好。最前列の位置も、いつもより後方(ステージから二メートル)に下げられている。
この会場での前回(約二年前)は、コロナが始まる前のことで、最大五百人のキャパでソールドアウトだったが、今回はその半分に人数を制限し、その分チケット代が高くなっているが完売。早めの整理番号で入場すると、開演までが長くて閉口する。立ち位置を決めたら、あとはひたすら待つ。換気に気を使っているため、コロナ禍のライブハウス内は、涼しいを通り越して寒い。残暑が厳しいからと半袖一枚だと開演までに体が冷え切ってしまう。緊急事態宣言中でアルコールの販売は禁止であるから、アルコールで暖を取ることもできない(下戸でだいたい車移動の自分には大した問題ではない)。
コロナが猛威を振るう今は、黙って待つのが理想的である。多くはスマホを眺めて過ごすのだが、私語に興じる者も、残念ながらいる。いるにはいるが、平時よりは少ない気がした。大勢の音楽ファンの中には、一定数の身勝手な馬鹿がいる。それは否定できないが、多くはコロナが蔓延し始めた初期にライブハウスでクラスターが発生したニュースに怒りと悲しみを感じた常識人だ。自分の好きなライブハウスやアーティストが苦境に立たされるどころか、命の危険に晒されるようなことは望まない人々の集まりだ。
【開演】
コロナ禍ということで、開演前に事前アナウンスがあった。「マスクは必ず着用のうえ、声を出すことは禁止。立ち位置を守ること。最前列に引かれた赤いラインから前には絶対出ないこと」等々。
そしてとうとうSE(そのバンドがステージに登場する際の曲)が流れ始め、ライトが落ち、手拍子が始まる。メンバーが姿を現しても、自分も含めて、皆声を出さないよう気をつけている。ただ一心に手を打ち鳴らすだけ。
ライブ中は、いつもの押し合いへし合いがないため、非常に快適であった。うっかりMCで笑い声を漏らしてしまう以外は、誰も声をあげない。先に述べたように、多くは自分の好きなライブハウスやアーティストが苦境に立たされるどころか、命の危険に晒されるようなことは望まない人々の集まりだからだ。メンバーは勿論、スタッフ、客の誰一人として感染者が出ないことを、心から願っている。
ギタリストとベーシストが使用済みのピックを客に投げるのも、ドラマーが最後にスティックを放ることもなかった。
【終演後】
通常ならばドリンクを求める長い行列に長時間並ばなければいけないのだが、今回は最大収容人数の半分であるうえに、ドリンク類は全てボトルか缶入りのソフトドリンクのみ。すいすいと行列がはけて、あっという間に水のペットボトルをゲット。汗をかいて喉が渇いていたが、その場では飲まずに箱の外に出た。ライブハウスを出る時にも、手指の消毒を忘れない。
すぐ隣の物販スペースでは、なんと並ばずにツアーTシャツを購入できた。物販の売り上げがライブハウスをツアーするバンドの重要な収入源になっていると聞いたことがあり、こんな有様で大丈夫なのかと不安になって、つい買う気のなかった方のTシャツまで買ってしまう。
【帰路】
コインパーキングの料金所で支払いを済ませ、家路につく。開演が早かったので、まだ十九時半である。押し合いへし合いがない行儀のいいライブは、自分のようにモッシュやダイブなど好まない、ただバンドの演奏を楽しみたい客にとっては理想的であったが、チケット代を少々値上げしたとはいえ、バンドの利益は確実にコロナ前より減っていると思われる。潰れてしまったライブハウスも多数ある。
今回は、自分の住んでいる県が緊急事態宣言下にあるということで、他県へのツアー遠征を全て諦めた。こんな状況は一刻も早く終わってもらいたいと切に願う。自分の整理番号が呼ばれるのを待つ間、最前列も狙えるようなとてもよい整番(一桁や二十番台)が呼ばれても名乗り出る者がなく、次の番号へ進むことが何度もあった。情勢が不安定で先が読めない中、とりあえずチケットを入手してみたものの、直近の事情と照らし合わせて今回のライブを諦めた者も多かったのであろう。同居の家族に大反対された、年老いた親が心配だから、ワクチン接種できない子供がいるから、職業柄、万が一にも感染できないから、ワクチンの一回目接種もまだ済んでいないから等々、泣く泣く今回は見送る、というファンの嘆きをSNSで多数見かけた。
時間が早いので、久しぶりに外食をしようかと、レストランに入ると
「テイクアウトでよろしかったでしょうか」
「ここでは食べられないんですか?」
「店内でのお食事は二十時までとなっております」
時計を見ると、二十時を少し過ぎていた。結局テイクアウトになって、空腹のまま車に乗り込む。車内には揚げ物のいい匂いが漂っている。自宅まであと十五分ぐらい。




