20. 学校の恐ろしい話
【あらすじ】小学校でも英語を教えることになり、私は臨時の英語指導補助員として小学校に赴任したのだが。
学校の怪談。うーん。私、霊感とかないからねえ。それに学校というものを卒業してから何年も経つし。
ああでも、そういえば、何年か前に小学校の英語指導補助員というのをやったことがあって。ほら、突然小学校でも英語の授業をやることになって、現場の先生たち大パニックだったでしょう。自分はろくに英語を喋れない英語コンプレックスの政治家が、国際的な人材を育てるとか言って、そんな訓練はまったく積んでいない小学校の先生に英語教えろって。そんなド素人でも教えられるほど簡単なものならば、頭の悪い政治家でも誰でも簡単に英語を話せるようになるでしょうよ。でも、ならないの。なるわけないんだから。何かを誰かに教えるのって、大変なの。なんでそれがわかんないのかなあ。バカだから?
だいたい、外国語が話せるってだけじゃ意味ないのに。日本人なら、どんなに頭が悪くても日本語が話せるっていうのと一緒で、習得した言語で何をするのかっていう、そういうビジョンも何もなく、とりあえず英語を話せるようにしろっていう。バカだから、政治家。
それはともかく、こっちは一応イギリスへの留学経験もあるし、むこうで英語教師の資格もとった。語学留学生に英語学校で教えられる資格。実際に教えたことはないペーパー英語教師だけど。それでもまあ、半年間の短期の仕事だっていうし、小学校の英語指導補助員、応募してみたら採用されちゃって。
配属先は市内の小学校。で、行ってみたら、四年生、五年生、六年生に、週一で英語の授業があるんだけど、悲惨だったわ。
小学校の先生って大変なんだよね。国語算数理科社会体育美術家庭科音楽全教科教えて、児童の人格形成に大きな役割を担う重責を負ってる人達だよ。部活の指導までさせられてね。それなのに英語まで一方的に追加されちゃって。心から同情するわ。
そうはいっても、こっちは英語指導の補助をするために雇われたので、普通に考えたら事前に打ち合わせとかしないといけないんだけど、先生たちには通常の授業があるから、そんな時間はなくて。休み時間にちょろっと職員室に戻って来るけど、バタバタ次の授業の準備をして、すぐいなくなっちゃう。
現場へ行ってみてわかったけど、英語の指導補助員なるものは、現場からの要望があって生まれたものではなくて。先生たちからすると、ただでさえ慣れない英語指導でアワアワしてるところへ、教育委員会がこれまたいきなり「英語指導補助員」なるものを送り込んできたわけ。多分、有難迷惑だったんだろうと思う。何をどう相談したらいいのか、指導補助員に何をさせたらいいのか、そんなことまで新たに考えなきゃいけなくなったんだから。
そんな状況だから、もうぶっつけ本番で英語の授業に参加させられちゃって。最初は五年三組だった。「とりあえず見ていてください」と若い男性の担任に言われたので、せめて邪魔にならないように教室の後ろから眺めることにしたの。で、その授業っていうのが
“It is a shoes.”
“Is it a shoes?”
“Yes, it is a shoes.”
と、先生が片っぽだけの靴のイラストを掲げながら子供たちに一文一文復唱させてて。色々問題があるんだけど、どこから突っ込んだらいいのかわからなくて顔に微笑をはりつけたままフリーズしてたら、先生が私の方を見て片っぽだけの靴のイラストを指さしながら
“Is it a shoes?”
て訊いてきたの。パニくったわ。靴のイラストを手に持ってる先生の立ち位置からならitじゃなくてthisだし、shoesって複数形なのね、ペアで一組になるようなものって英語では複数形なの。だから、複数形のshoesを使うならthis isじゃなくてthey areなの。で、shoesの面倒くさいところは、複数形なのに単数形の前につけるaをつけるの。a pair of shoesって、「一組(一足)の靴」っていう扱いになって、正しくはThey are a pair of shoes。疑問形にするならAre they a pair of shoes?でもこれはイギリス英語。アメリカ英語ならIt is a pair of shoes.でもいい。その辺統一してほしいんだけど、世界中あっちこっちで英語は好き勝手な進化を遂げているので、これは仕方がない。
でも先生の準備したイラストは片っぽだけの靴なわけで。だったら、単数形shoeを使ってIs this a shoe?と訊いてほしい。そうすると、先生から離れた位置、教室の後ろにいる私は、Yes, it is (a shoe).と答えるかな。いやこの距離なら、itじゃなくてthatだな。話者のポジションによって変化するthis/it/thatなんて、五年三組のみんなは当然教わってないだろう。
ほらね、たかが靴でこれだけ面倒なことになるの。わかったか、アホな政治家。私は内心毒づいたけど、それで状況が改善されるわけがなく、相変わらず私は、三十五人の五年生の前で、満面の笑みを浮かべた担任の先生から
“Is it a shoes?”
という文法が崩壊したクエスチョンを突き付けられ、脂汗をかいていた。子供たちの視線が食い込む。
失礼ながら先生、あなたが英語の指導をするのは、到底無理です。
それが正しい答えなんだけど、三十五人の五年三組のみんなに、あなたたちの先生は今まで間違ったことを教えていたんですよ、なんて言えなかった。元はといえば頭の悪い政治家が悪いんだから。先生に大恥をかかせないために、答えたよ、私は。満面の笑みを浮かべて、ブリティッシュ・アクセントで。
“Yes, it is a shoes!”
もうね、私も子供たちに英語を教える資格ないと思ったわ。




