49話・ストーカー野郎と彼女の出会い
「波間中高等学校二年一組、須崎タツヤ、十七歳です。よろしくお願いします!」
襖の向こうから聞こえてきたのは、面接か?と言わんばかりの須崎の大きな声だった。居間からは様子は見えないが話し声だけは聞こえる。
俺とルミちゃんは耳を済ませて隣の客間の様子を窺うが、リエは持参したプリント類をテーブルに並べて格闘中だ。時折ルミちゃんを手招きして分からない箇所を質問している。コイツほんとに何しに来たんだ?
「そうか、君が須崎君か。高校総体で上位入賞したんだろう? おめでとう」
「ありがとうございますッ!」
ミノリちゃんのお父さんは何故か須崎の活躍を知っていた。そんなに有名なのか?
「町役場に大きな垂れ幕が掛かってるんだよ。この町の人が全国大会で結果を残すなんて滅多にないことだからねぇ」
「た、垂れ幕……?」
俺の疑問に答えてくれたのはミツさんだ。
昼間町役場の前を通りかかることなんかないから知らなかった。隣の市在住のルミちゃんも知らなかったようで、ちょっと焦りを見せている。
町役場はミノリちゃんのお父さんの職場だ。毎日見ていれば嫌でも名前と功績を覚えてしまうだろう。
「これ、須崎君に有利な状況なんじゃない?」
「そうかも」
客間に聞こえないように声をひそめて話す。
ミノリちゃんのお父さんも体育会系の人間だ。須崎を気に入る可能性が高い。事と次第によっては、須崎の味方になってミノリちゃんを説得する側に回るかもしれない。
そうならないでくれ、と祈りながら聞き耳を立てる。
「それで、君は長いことミノリに言い寄っているようだが、何故そこまでうちの娘にこだわるんだね?」
おっ。出だしの和やかな雰囲気から一転、お父さんがやや厳しい口調で問い質してきた。これはミノリちゃんが五年も付きまとわれてきたことを事前に相談しておいたからだ。
臆することなく、須崎は彼女との出会いを滔々と語り始める。
「中学に上がって間もない時にミノリさんに助けてもらったからです。あの頃の僕は身体が小さくて、ブカブカの学ランを同級生たちにからかわれていて……そんな時『すぐその制服が似合うようになるから大丈夫』と、泣いてる僕を励ましてくれたんです」
なんだその良い話は。
ミノリちゃんは昔から優しい子だったんだな。そりゃ惚れるわ。弱ってる時にこんな風に言われたらイチコロだもん。
しかし、当の本人はすっかり忘れていた。
「そ、そんなことあったっけ……」
「ミノリ、あなた覚えてないの?」
「うん」
戸惑うミノリちゃんと呆れるお母さん。
彼女自身が忘れてしまうような何気ない一言でも、須崎にとっては特別な言葉だったに違いない。
「僕はその言葉だけを心の支えに苦手な牛乳を飲み、食生活を見直し、心身を鍛えるために空手を習い始めたんです。今の僕があるのは全てミノリさんのおかげですッ!」
「なるほど、そうだったのか」
ミノリちゃんの言葉で努力して人生を変えた。
今まさに彼女の言葉をきっかけに変わろうとしている俺からすると、須崎の気持ちはよく分かる。
だが、好きだからって何でも許されるわけじゃない。