47話・味方はおばあちゃん
八月二十九日、夏休み最後の日曜。
ストーカー野郎こと須崎は約束の時間十分前にミノリちゃんの家の前に到着した。服装は高校の夏服である白のカッターシャツとスラックス。学生の正装だ。手には茶封筒と大きな花束を抱えている。
道路に面した門は昼間は開け放たれている。
そこを意気揚々とくぐった須崎は、庭先で猫と戯れる俺たちの姿に気付いて足を止めた。そして、苦々しい表情を浮かべて睨みつけてくる。
「……おまえら、なんでここに」
「わたしはミノリの家に遊びに来ただけだから」
「そーそー。夏休みの宿題最後の追い込みぃ♡」
「そりゃオマエだけだろ」
ルミちゃんは須崎の睨みに怯むことなく、真っ直ぐ目を見て応えた。その隣にいるのは、ずっしりと重そうな手提げカバンを持ったリエだ。コイツ、ほんとに宿題やってないんじゃないか?
リエに突っ込みを入れるのはUVカットのパーカーとサングラスを身に付けた色白金髪の俺。見た目だけはヤンキーだが、ケンカも出来ないただの無職ニートである。
「たまたま予定が被っちゃったみたいね。気にしないで、さっさと用事を済ませてきたら? 須崎君」
「フン、言われずとも!」
目の前を通り過ぎ、玄関のインターホンを鳴らして家の中に入っていく須崎を見送る。
「さて、この先は須崎君の出方次第なんだけど」
「アイツが妙なことをしない限り手出しはしない、でいいんだよな?」
「そうね。でも、もしまたミノリに無理強いするようならコレを使うわ」
そう言いながら、ルミちゃんは懐からスマホを取り出した。この中には須崎の暴行現場の動画が収められている。リエのスマホにもだ。これをミノリちゃんの両親に見せるだけでも効果はあるだろう。
しかし、須崎が心を入れ替えて交際を申し込むだけなら何もしない。ミノリちゃんが自分で断ると決意したんだ。俺たちはただ見守るのみ。
そこに、ひとりのおばあちゃんが現れた。俺の姿を見つけると、抱えていたカゴを放り投げて笑顔で駆け寄ってくる。
「プーちゃん、よう来たねぇ!」
「ミツさんこんにちは、お邪魔してます」
「昼間に会うのは初めてだわ。まあ、明るいとこで見るとキラキラして綺麗な髪ねぇ」
「ありがとう、嬉しいよ」
俺は今日、ミノリちゃんの客として来たわけではない。ウォーキング仲間のおばあちゃんたちに頼んで、ミノリちゃんのおばあちゃんを紹介してもらったのだ。
ここの家はいつものウォーキングコースから外れているから、ミツさんは普段一緒に歩いていない。でも、田舎町だから同年代はみんな顔見知りなんだよね。ここ数日コースを変更してもらって、ミツさんと一緒に歩いて親睦を深めたのだ。
「プーさんたら、おばあちゃんにはモテるのね〜」
「うるせー」
リエがニヤニヤしながら小突いてきた。
俺のチャラい見た目で『ミノリちゃんの友人』として能登家にお邪魔するには無理がある。だから、ミツさんには隠れ蓑になってもらった。もちろん先に事情を話してある。ぜんぶ知った上で協力してくれたんだ。まあ、六十過ぎのおばあちゃんの友だちとしても大概おかしいんだけどな俺は。
俺とルミちゃん、リエは居間に通された。
襖を挟んだ客間に須崎がいる。ここで話し合いの様子を窺い、必要があれば飛び出す。そういう手はずになっている。
「プーちゃん、スイカお食べ。ほれ、ルミちゃんもリエちゃんもおあがり」
「はーい、いただきまーす」
「ミツさんありがと。スイカ大好き」
「おかわりあるからねぇ、いっぱい食べな」
ミツさんにもてなしを受けながら、俺たちは隣の部屋の話し合いが始まるのを待った。