44話・解けた誤解と二人きりの時間
翌日の昼下がり、リエがミノリちゃんを連れて俺んちに来た。
「──というワケでぇ、プーさんには『彼氏のフリ』をしてもらってたの。ねっ?」
「そ、そう。実はそうなんだ」
リエの筋書きはこうだ。
しつこく言い寄ってくる男から逃げるために俺の家を隠れ家代わりにした。その結果、無事その男を諦めさせることに成功した、と。
こんな嘘で誤魔化せるのか?
「そうだったんだ。大変だったんだねリエ……!」
しかし、ミノリちゃんはリエの嘘の説明をすんなり信じた。五年に及ぶストーカー被害に苦しんでいた経験からリエに心底同情している。悪友に甘過ぎるんじゃねーの。まあ、そういうところがいいんだけどさ。
「今日はプーさんにお礼を言いに来たの♡」
「はは、どういたしまして」
「んじゃ私は今から新しい彼氏とデートだから。まったね〜!」
言うだけ言って、リエはすぐ帰っていった。
無理やり連れて来られた上に置いていかれたミノリちゃんは呆然とした表情でリエの後ろ姿を見送っている。
玄関先で、しばらく黙ったまま立ち尽くす。
「……あの、久しぶり、ですね」
「……うん。久しぶり」
会うのは二週間ぶりくらいだろうか。
ストーカー野郎に殴られた翌日にお見舞いに来てくれた日以来だ。あの時はリエが居て、ミノリちゃんは家に上がらずそのまま帰ってしまった。
「良かったら上がってく?」
「え、でも」
「お願い、少しだけ。ね?」
「は、はい。じゃあ、少しだけ」
間が空いてしまったからか、やや他人行儀になっている。ようやく少し砕けた感じで話せるようになったのに、また振り出しに戻ったみたいで寂しい。
家に上がったミノリちゃんはキョロキョロと周りを見回している。廊下から階段に至るまで彼女は何度も通っているが、今までと違うことに気付いたようだ。
「何だか片付いてる?」
「大掃除したんだ。さっぱりしたでしょ」
片付けたのは一階だけじゃない。元々物が少なかった俺の部屋は更に殺風景になっている。壁際に置かれた本棚にあった要らない本も処分した。今は『マジカルロマンサー』全巻だけが並んでいる状態だ。ミノリちゃんに見られて困るようなものはもう何も無い。
「あの、もうどこも痛くない?」
「全然。三日くらいで治ったよ」
須崎に殴られた腹に痛みはない。内出血の跡がまだ残ってるくらいだ。
「良かった、それだけが心配で」
「気にしなくていいのに」
「だって、私のせいだから。……時々リエにプーさんの体調はどうかメールしたんだけど、リエは『大丈夫』としか言ってくれないし」
リエが俺んちに居たのは最初の数日だけだからな。教えたくても知らなかったんだろう。ホントにアイツは引っ掻き回すだけ引っ掻き回しといて忘れてるとか……まあ、こうしてミノリちゃんを連れてきてくれたからいいか。それより、会えない間も気に掛けてくれていたんだと分かって嬉しい。
ローテーブルを挟んで座っていると視線を感じた。今までこんなにジロジロ見られることなんかなかったから、なんだか恥ずかしい。
「プーさん、顔付きが変わった」
「えっ?」
「なんかこう、しっかりした、みたいな」
「ええ〜、そうかな」
ウォーキングや筋トレの効果が出たのかな?
いや、色々と気持ちの整理が付いたからだろう。
「家の中も片付いてるし、なんだか……」
俺の変化に気付き、ミノリちゃんは不安げな表情を浮かべた。
そうだ。このまま何も言わずに居なくなったら彼女は逃げ場を失ってしまう。俺にはまだミノリちゃんのために出来ることがあるはずだ。
でも、彼女から頼って貰わなければ動けない。
「……実は俺、もうすぐ家を出るんだ」