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35話・メガネ女子はかく語りき

「……俺には何もできないよ」


 頑なに動こうとしない俺を見て、ルミちゃんは小さく息をついた。そして、メガネのブリッジを人差し指でクイッと上げて再び口を開く。


「実は、わたし『寒冷じんましん』なんです。エアコンとかで冷えたりするとダメな体質で」

「何それ」

「急に寒くなると身体が(かゆ)くなるんです」

「ああ、それで長袖着てるんだ」

「この時期のバスは冷房がキツいですから」


 なるほど。真夏の昼間にも関わらず彼女が長袖の上着を羽織っていたのは日焼け対策ではなく寒さ対策か。ちゃんと理由があったんだな。


「そんな体質あるんだね、今まで知らなかった」

「わたしも『色素欠乏症(アルビノ)』は聞いたことありますけど、詳しい症状までは知りませんでした」

「身近にいなきゃ分かんないよね」


 俺の体質も『単に身体の色素が薄いだけ』と思われがちだ。弱視などの症状は言わなきゃ誰も気付かない。

 よほど親しくなければ誰がどんな体質かなんて知る由もない。周囲に隠している人もいる。健康だと思っていた人が実は持病を抱えていたなんてことも珍しくない。


「自分が赤面症だったり身近にわたしみたいなのがいたのに、プーさんの体質に気付けず無神経なことを言ってしまったって、ミノリはずっと後悔してました」

「……ミノリちゃんは優しいなぁ」


 俺はこんな見た目だし、面倒くさがりの無職ニートだと思うのが普通の反応だ。ミノリちゃんのせいじゃない。


「プーさん、ミノリのこと勘違いしてません?」

「え?」

「あの子は基本ドライな性格で、どうでもいい人間に対して関心を持たないんです。それなのに、最近のミノリは貴方のことばかり気に掛けてるんですよ。どういう意味か分かります?」


 ちょっと待って。そんなこと言われたら、自分に都合の良いように受け取っちゃいそうなんだけど。


「優しいだけなら、とっくに須崎君に絆されて付き合ってます。でもミノリは五年も断り続けている。自分に合わない相手を拒否する強さを持ってます」

「た、確かに」

「ただ、須崎君には話が通じないんです。彼は自分に都合の良いように事実を曲げて認識する癖がある。だから、わたしが約束させた内容も曲解されてしまって」


 話が通じない相手ほど怖い存在はない。しかも全国レベルの空手の選手だ。まず腕力では敵わない。


「俺だってそんな奴にミノリちゃんを渡したくねーよ。でも、きちんと段階を踏んで交際を申し込むっていうなら邪魔は出来ない。口を挟む権利なんかないよ」

「……そうですか」


 ルミちゃんはまた溜め息をついた。

 煮え切らない態度の俺に愛想が尽きたんだろう。


「わたしの話はこれだけです。急に訪ねてきてすみませんでした」

「いや、ありがとう」

「ではまた。お大事に」


 日傘をさしてバス停のほうへ歩いていくルミちゃんの背中を見送りながら、自己嫌悪でいたたまれなくなる。彼女は俺の気持ちを知った上で発破をかけにきた。ミノリちゃんを助けるために動けと言いに、夏休みなのにわざわざ隣の市から来てくれたんだ。


 それなのに、俺は怖気付いている。

 須崎の邪魔をして殴られるのが怖いんじゃない。

 自分の気持ちを知られたら彼女にどう思われるか。

 ミノリちゃんの家族に自分がどう見られるかが怖い。

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