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15話・カレーライスとトラウマ

 料理しているミノリちゃんを後ろから抱きしめた。


 汗ばんだ首筋に張り付く長い黒髪、俺んちとは違うシャンプーの匂い。すっぽりと腕の中に収まる小さくて柔らかな身体。まるで街灯の明かりに吸い寄せられた虫みたいに、衝動的に抱き付いてしまった。


 その瞬間、今の今まで心の奥底に閉じ込めていた記憶が蘇り、ミノリちゃんにくっついたまま動けなくなる。


「プーさん、何やってんの」

「ぐふぅっ!!?」


 固まっていたら、ミノリちゃんが思いっきり肘で俺の腹を攻撃してきた。否応無しに後方に吹っ飛ばされる。

 そうだ、この子は俺くらいの相手なら楽勝で撃退できるんだった。


「ご、ごめん。つまづいちゃって」

「危ないでしょ、包丁使ってるんだから」

「ホントごめん! 上の棚からフライパン出そうとしただけだから」


 弁解しながら手を伸ばし、フライパンを取り出すと、ミノリちゃんは呆れたように笑った。苦しい言い訳だが信じてもらえたみたいだ。


 それから小一時間ほどしてカレーが完成した。炊飯器のごはんも炊き上がり、味見がてら二人で食べることにした。


「んー、ちょっと水が多かったかも」

「ちょうどいいよ。んまい」

「良かった」


 ダイニングテーブルで向かい合わせに座り、カレーライスを食べる。久々の手料理、嬉し過ぎて泣きそう。


「トマトとかナス入れたらもっと美味しいよ」

「そうなんだ〜、じゃあまた作ってよ」

「自分で作りなよ。野菜はまた持ってくるから」

「ええ〜ミノリちゃんが作ったほうが美味いよ」


 そんな話をしていたら、皿はすぐに空になった。


「ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした」


 流しで食器を洗っていると、後ろからミノリちゃんが抱きついてきた。持っていた泡だらけのカレー皿が手から滑り、シンクにゴトッと落ちた。


「な、なに?」

「さっきの仕返し」

「……皿割るかと思った」


 好きな女の子から抱きつかれたというのに、俺は青ざめ、身体は小刻みに震えている。

 彼女はすぐに身体を離した。


「つまづいたとか嘘でしょ。プーさん、あの後から様子がおかしいもん。ホントはなに考えてるの」

「それ、は……」


 普段通りを装っていたことを見抜かれた。

 嘘をついて抱きついたことを咎めるワケじゃない。

 腹を割って秘密を話し合った仲なのに、まだ隠し事をしていることを責められているのだ。


「……あんまり楽しい話じゃないよ」


 皿洗いを終えてから、再びテーブルを挟んで向かい合って座る。俺はさっき思い出した過去の出来事をミノリちゃんに話した。


「俺、見た目がこんなじゃん? 外に出て身体動かせないからヒョロくて色も白いし、女みたいってよくからかわれてさ。それで、友達に襲われそうになった。……さっき俺がやったみたいに後ろから抱きつかれて」


 あの時も、俺は台所に立っててアイツに背を向けていた。はじめは遊びの延長で、じゃれついてるだけだと思った。でも違った。慌てて突き飛ばそうとしたが腕力では敵わなかった。


「服の中に手ぇ入れられた時にブチ切れて、股間蹴り上げて叩き出した。その日以来ソイツは家に入れてない。二人きりで会うのも出来るだけ避けてる。……親友だと思ってたからさ、やっぱショックで」


 過ぎた話だ。笑って話せばいいのに、口に出せば情けなくなるばかりで、どんどん声が小さくなっていく。


「自分がされてイヤだったのに、ミノリちゃんにやってごめん。もう何回か殴っていいよ」

「さっきの肘鉄で気は済んでるからいい」


 ミノリちゃんは優しい。そして強い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん 深い。深い。 2人のこれからがとても興味深いなぁ 若い頃の衝動ってやられた方が傷に残るばかりよなぁ と思いました。
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