10話・即答できない時点で負けている
夏休みが始まってからも、ミノリちゃんは週三ペースで俺んちに遊びに来ていた。ストーカー男子の部活がない日に来ているらしい。
「プーさん、これ」
差し出されたビニール袋の中身はナスやピーマン、きゅうり、トマトなどが入っていた。
「夏野菜めっちゃ入ってる!」
「おじいちゃん達が張り切って作ってるの。嫌いなものない? オクラ食べれる?」
「食べる食べるー!」
「良かった」
ナスは輪切りにして両面焼いてポン酢をかけて食べると美味い。前回貰った野菜は僅か二日で全部なくなってしまった。
「今年は特に豊作みたいで、毎日この倍くらい採れるの」
「そりゃすごい」
「一日でも食べるのをサボると消費が追いつかなくって。プーさんが貰ってくれて、ホントに助かってる!」
うちは畑がないから羨ましい限りだけど、野菜を作っているお宅は大変そうだ。
「プーさん、家族は?」
「親父がいるよ。長距離トラックの運転手だから滅多に帰ってこない」
「寂しい?」
「全っ然! 顔合わす度に働けだの外に出ろだのやかましくて」
「心配してくれてるんでしょ」
「まあ、そーだけどさぁ……」
そういや最近親父の顔を見ていない。女子高生連れ込んでるのがバレたら流石に怒られるかな?
今日は漫画を読まず、ミノリちゃんはローテーブルに宿題を広げている。
年上らしく勉強のアドバイスでも……とテキストに目を通したが、高校卒業から僅か二年で俺の脳は全てを忘れ去っていた。現役の学生だったとしても、果たして覚えていたかどうか。
「今度短期のバイトすることになったの」
「へぇ、どこで?」
「宇津美港でイベントがあって、そこの屋台」
宇津美港は隣の市にある港だ。海水浴場があり、近年はマリンレジャーに力を入れているとか。もちろん俺は一度も行ったことがない。
「そっか。……え、売り子? ストーカー野郎に知られたらヤバくない!?」
「大丈夫、リエには内緒にしてるもん」
情報漏洩の前科が有り過ぎて、ミノリちゃんのリエに対する信頼度はほぼゼロに近い。それでもまだ友だち付き合いをやめていないのは、やはり幼馴染みだからだろう。
「だから、来週は来れない」
「ん、分かった」
急に来なくなったら俺が心配すると思ったのだろう。だが、彼女がこの話をした目的は他にもあった。
「それでね、もし良かったら遊びに来る? 結構大きなイベントで、展示もいっぱいあるんだって。休憩時間かバイトが終わった後なら一緒に回れるから」
「えっ……」
バイト先の屋台に客として行くだけでなく、一緒にイベント会場を回る。それは最早デートでは?
ミノリちゃんを見れば、耳まで真っ赤になっていた。相当勇気を出して誘ってくれたのだと分かる。
でも、俺は──
「い、行きたい、けど……」
視線を彷徨わせながら言い淀んだ俺に対し、ミノリちゃんは一瞬寂しそうに眉根を寄せた。その後いつもの笑顔に戻る。
「いいのいいの! 電車とバス乗り継がなきゃ行けない場所だし、外だから暑いもんね」
「ご、ごめん」
「気にしないで、プーさんが倒れたら困るもん」
「うっ……」
迷わず『行く!』と言えたら、彼女ともっと仲良くなれたんだろうか。こんな風に気を使ってもらってばっかで、俺は何も変わってない。
ミノリちゃんが帰った後、貰ったトマトを齧りながら、情けなさで胸が痛くなった。