理由
「なんだ、そんな事かよ」
「え? そんな、事?」
スエルは今の一瞬に聞こえた言葉を疑う。
「ああ、もう決めたよ」
その言葉を聞いて、スエルは寂しそうな表情を……
「俺は逃げない」
「……は?」
何を言っているのか理解できないと、そんな表情になる。
「お前が自分の窮地すら知らない能天気な王女だったらこのまま見捨てて逃げようと思ってた」
「だから何を……」
「でも、お前は自分の死期を悟った上でわざわざ俺を助けようとしてくれたんだ」
はあ、つくづくあいつも馬鹿だな。だがそれ以上に、俺も……馬鹿だ。
「ここまでしてくれるんだ、助けないわけにはいかないだろ」
自然と言っていた。
「でも、私は助けられたくなんて……」
「嘘だな」
「——そんなこと貴方に分かるわけが!」
スエルはムキになって叫ぶ。
「手も足も、震えてるぞ。俺には固有魔法なんて大層なものは無いが、その程度の嘘なら分かるさ」
我ながら少しカッコつけてるなとは思いつつも、その場のノリで言い切る。
「っ……そう、ですか」
「ああ、そうだ」
優しく言うと、スエルの頭に手を乗せて撫でる。
「な、何を⁈」
「いや、からかっただけだ。少し借りるぞ」
「え? ちょ、そこは!」
許可を取り終えぬうちに、隠れるためにクローゼットを開ける。
「っどあ!」
するとそれと共にクローゼットの中の下着やら服が溢れ出てくる。
「……そこは、ダメです……」
顔を赤らめながら言うスエルを見て、恥ずかしくなり急いで隣の掃除用具入れに隠れる。
「……はあ」
「え? 今呆れなかった⁈」
「いえ、別に。でも、このくらいのバカじゃないとわざわざ私の事なんて助けませんよね」
そう話すスエルの言葉は、彼が初めて聞く楽しそうな声だった。
「ああ、よっぽどのバカだよ」
「ええ、大バカです」
「一応弁明するが……」
流石にこのままだと下着泥棒と思われかねないので、弁明を挟む。
「分かっています。黒幕を炙り出すために隠れてるんですよね」
……こいつ、存外頭良いな。
「ああ、くれぐれも黙っといてくれよ」
「はい」
「スエル様⁈ 今の音は?」
扉の奥からメイドの声が響く。
さて、ここからは物音一つでも即死だな。
掃除ロッカーの中で大きく深呼吸をし、存在感を消す。
「少し服の片付けをしようと思ったのですが失敗してしまいまして……気にしないで入りなさいな」
ふうん、隠し事してるとは思えないほど、自然だな。
「はい、スエル様。お食事をお持ちしました」
メイドは扉を開けて部屋の中に入る。
「あら、今日はハンバーグですか」
スエルは嬉しそうに話す。
「ええ、スエル様の好物です」
メイドはハンバーグを取り分けてフォークで突き刺して、話しかける。
「どうぞ……」
メイドは取り分けられたハンバーグを口に運ぼうとする。
「さて、そろそろか」
一呼吸入れた後、全力でロッカーの扉を蹴り飛ばす。
「何——」
「悪かったな」
蹴り飛ばした後腰の短剣を抜いて一瞬で駆けると、メイドの首に突きつけた。