序章~日常~
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
「あー、やっと終わった。」
6時間目が終わりホームルームも終わり生徒たちは帰宅する者、部活に行く者などそれぞれに別れて放課後を過ごす。
稲葉馨は例に漏れず、部室へと向かう。
向かった先はチェス部。その名のとおり、チェスをする部活だ。
1年前までは囲碁・将棋部とくっついていたが、今年は単独の部活として認められる事となった。
ガラガラガラガラ。
「おーっす。」
薫の前に1人部員が来ていたようだ。
「あ、部長早いですね!」
薫も声をかける。薫が声をかけたのは3年生の佐藤直哉だ。彼はチェス部の部長だ。
「今日はちょっと早めに終わったからな。早速やるか?」
「いいですよ。時間無しでいいですよね?」
「よし、決まりだな。」
「でも、部長ぼくに勝てます?」
「...。勝てるはずだ...」
ガラガラ。
「おー。やってるねえ。今日もお前らが最初か。まぁ頑張れ。棋譜は俺が取ってやるよ。」
彼はこの部の顧問の桜井芳春だ。生徒からは尊敬や憧れのまなざしを向けられてるとても人気な先生だ。チェスが好きで顧問をしてるが、自称、下手の横好きらしい。
「ありがとうございます。」
「じゃあ部長からどうぞ。」
「俺が白番でいいのか?」
「どうぞ、部長は白番の方が得意でしょ?」
「じゃあ、遠慮なく貰おう。」
佐藤が初手e4と指し、薫はe5で返す。その後、2.Nf3 Nc6 3.Bc4となりイタリアンゲームになった。
「やっぱりイタリアンゲームですよね。部長はそれしか指さないから。」
「うるせえ。得意な定跡を持つ事も大事なんだぞ。」
ガラガラ。
「遅くなりました。」
「おぉー。おつかれー」
入ってきたのは、新入部員の市川和樹だ。
「いつも早いですね。おふた方は。」
それに桜井が応える。
「こいつらはチェスの鬼だからな。」と言いながら笑う。
それから、ガラガラと扉が開き、さらに2、3人入ってくる。
ゲームは、3...Nf6 4.Ng5 d5 5.exd5 Nxd5 6.Nf7と続き、ツーナイトディフェンスからフライドリバーアタックになり、攻撃的なオープニングになった。
しかし、攻撃的なゲームが始まったものの部室はのんびりとした雰囲気だ。もう部員は薫と佐藤を含め、6人いるが未だにゲームをしているのは2人だけだ。
「それにしても神宮寺さん遅いっすねぇ。」
「まぁ、彼女は生徒会もしてるから。」
「え?神宮寺さんって生徒会役員なんですか?」
「え?お前知らなかったのか。」
市川が2年生の斎藤大和に聞く。
「そうか。市川は入ってきたばっかりだからな。知らなくてもおかしくはないか。」
さっきから話題になってるのは2年生の神宮寺美月だ。彼女は生徒会の副会長であり、チェスは県内一の実力を持っている。さらに言えば、国内でも上位クラスの実力をもっている。この潮見高校で彼女に勝てたのは薫と3年生の高橋彩葉ぐらいだ。高橋は五回に一回ぐらい勝つが、薫は一回しか勝ったことがない。
「カズ、チェスやろうぜ。」
声をかけたのは、宿題をしていた佐々木悠馬だ。ちなみに、佐々木と市川は幼稚園来の大親友である。
「お、悠馬やっと宿題おわったか。」
「いや...まだ終わってない。チェスでもやって息抜きしないと宿題なんかやってられねえ。」
「要するに、俺は息抜き要員なんだな?」
「......、まぁチェスしようぜ。どっちからにする?俺はどっちでもいいけど。」
「おい、待て。質問に応えろ、と言いたいところだけど、じゃあ白持つわ。」
そうこうしてるうちに、薫と佐藤の勝負が決まったようだ。
「ほら。やっぱり勝っちゃいましたよ。」
「途中まではよかったんだけどなぁ。あの悪手がなければなぁ。」
佐藤がフライドリバーアタックを選択した後は佐藤が有利に進んでいたが、悪手が出たとき薫は逃さず攻め込み、薫がチェックメイトしたのだ。
「部長は悪手が多いですからそこを気をつけた方がいいんじゃないですか?」
「もっと練習するよ。」
「薫も中盤危なかったぞ。」
棋譜を見ていた桜井が口にした。
「え?そうでしたか?」
「ああ。ここだよ。ここでナイトを攻撃の拠点にしたから、ポーン取られてクイーンが落ちそうだったぞ。佐藤が見逃したのはラッキーだったな。」
「あ、ほんとだ。危なかった。部長のお陰です!」
「うるせえ。これが俺の実力だよ...」
ガラガラガラガラ。
「生徒会終わりました。」
入ってきたのは神宮寺美月だ。
「おー。遅かったなあ。」
桜井が声をかける。
「いつもこんな感じだったような気がするのは私だけでしょうか?」
「みづきぃー。遅かったね。今日もチェスしよ?」
「いいよー。やっぱり、彩葉とのチェスがいちばん楽しい。」
そんな会話をしてる傍で、
「いいよなぁ。俺も薫とか高橋さんみたいに勝ってみたいなぁ。」
「僕は一回しか勝った事ないけど嬉しかったよ。大和もエンドゲーム頑張ったら勝てるよ。」
「エンドゲームか...苦手なんだよなぁ...」
「神宮寺さんのゲームは参考になるよ。一緒に見よう。」
「じゃあ見てみるわ。」
美月と彩葉のゲームに盛り上がってるなか、佐々木と市川のゲームはシシリアンディフェンスのナイドルフバリエーションというやや黒が能動的なゲームに移った。しかし、最も人気な定跡であり、黒の勝つ確率が高い定跡と言われている。
しかし、観客はみんな、美月と彩葉のゲームを観戦している。
「ちぇっ。誰も見てないじゃん。」
佐々木がつぶやいた。
「そりゃ、神宮寺さんのゲームだからね。僕も見に行きたいよ。」
「なんだよ。お前まで。」
美月と彩葉のゲームは、彩葉が白を持ち、クイーンズギャンビットディクラインドになった。
「彩葉さんがd4かぁ珍しいな。いつもはc4でイングリッシュオープニングかNf3のレティオープニングぐらいしか指さないのに。」
薫がつぶやくように桜井に話しかける。
「まぁそうだな。だがな、高橋は1年の時からd4が得意だったんだぞ。」
「え?そうなんですか。でも、d4なんか指してましたっけ?僕は見た記憶がないんですが。」
「得意だからあえて指さずに違うのを勉強してるんだろうな。」
彩葉は3.Nc3と展開し、美月も3...Nf7とナイトを展開する。そのあとは、4.cxd5 exd5 5.Bg5 c6 6.Nf3 Bf5 7.e3 Bd6 8.Bd3 Bxd3 9.Qxd3 O-O 10.O-O Nbd7 11.h3 b6 12.Bf4 Qc7 13.Bxd6 Qxd6 14.Rfe1 c5 15.dxc5 Nxc5 16.Qd4 Rfd8 17.Rad1と互いに拮抗した流れとなった。
「おーい。そろそろ時間だぞ。」
桜井が時間を告げた。
「どうしよう。時間だから引き分けにする?」
「そうする。」
彩葉が引き分けを提案し、美月がそれを承諾する形になった。
「感想戦はまた明日な。帰り気をつけろよ。」
こうしてチェス部の一日が終わるのである。




