パラグラントの日常
外に出ると、ちょうど天の刻(16時~18時)の始まりを知らせる鐘が響いた。
この世界の時間単位は日本が昔使っていた十二時辰と同じようで、1日をおよそ2時間ずつ、12の刻に分ける時法を用いている。12の刻は始まりを闇とし、月、空、地、風、陽、光、火、天、水、金、終わりを星と定めている。一刻が2時間、半刻が1時間、四半刻が30分と、具体的な数字はわからないが、大まかな時間はわかるように、その都度鐘を鳴らして時間を伝えているのだ。
まぁ、それは置いておこう。今は遊ぶことに集中するぜ!
「テオ、いつまでわたくしのルーナを抱えているのかしら?風の魔法を使えるからって、抱き上げて独り占めはなしですわ!」
寄越せとばかりに、手を伸ばすベルお姉様。
どうやら、テオお兄様が軽々と私を抱き上げられたのは風の魔法を使ったかららしい。確かに、テオお兄様の腕に乗ってると言うよりは、下から押し上げられてる感じがしたから、多分それかなーと思う。
あの神様が言っていた通り、この世界には魔法と異能が存在するのだ。魔力に関しては差はあれど全ての人が持っているが、異能を保持するものは数少ない。
ちなみに、魔力の属性についてはこんな感じ。
普通:火・水・風・土
レア:炎・氷・音・地(樹)・雷
超レア:光・闇
超超超超レア:時・天
エスパラディエ皇族のみ:防御
異能の方は、種類ありすぎてめんどくさいので省略。
属性は基本的には遺伝で、両親どちらか一方の魔力を継ぐのがパターン的には多い。と言うより、ほとんどがそう。しかし、魔力を高い者、つまりは高位貴族や皇族は2つ3つの属性を持っているタイプが多いらしい。
ちなみに、シリルお兄様は炎と水、ベルお姉様は炎と土、テオお兄様は炎と風の属性を持っている。
これ見てわかる通り、パラグラント家系は炎属性の人が生まれやすい。他の3つの公爵家も属性が違うがレア属性が生まれやすいらしく、それが重要視される理由のひとつでもあるのだ。
「姉上だけのルーナではありません。ルーナは僕の妹でもあるんですから、僕のルーナでもあります。だから嫌です。渡しません」
「テオはお兄様にくっついてればいいわ!男同士だもの。ルーナは女の子なのだから、私がくっつくわ!」
「意味わかりません」
うん。私もわからない。そもそもお兄様2人がくっついてたら、ちょっといけない世界に入っちゃうことになるけど。うん、想像するのはやめよう。
「わたくしは朝ぶりにルーナに会ったのよ!?テオは日中顔を合わせているのだから譲りなさい!」
「そんなこと知りません」
「離しなさい!!」
「嫌です!!」
「姉の言うことが聞けないのかしら?」
「聞けません。関係ありません。絶対に嫌です」
「なんですって!?」
ヒートアップする2人の喧嘩。
おかしいな。私はただ外に出て遊びたかっただけなんだけど。公爵家の子供なだけあって、ふたりとも魔力が高いから、この2人の喧嘩は喧嘩ではなく、軽く戦争。そろそろやめようか。ただ遊びたいのよ、私は。
そんな私の願いが届いたのか、シリルお兄様が待ったをかける。
「いい加減にしろ!誰もいないならともかく、今ここにはルーナがいるんだ。魔法でルーナが怪我でもしたらどうするつもりだ!」
その言葉にハッとする2人。そして、未だテオお兄様の腕の中にいる私を見て、怪我がないか確認してくる。
「ごめんね、ルーナ」
「ごめんなさい、ルーナ!怖かったでしょう?」
『ねーね、にーに、けんかしない?』
「えぇ、もうしないわ」
『ほんと?』
「うん、約束する。だから、許してくれる?」
『あい』
なら良し。さすがシリルお兄様。あの状態の2人を一喝できるのなんて他にお父様とおじい様くらいだろう。なんせ怖い。あの2人の喧嘩が始まったら使用人もビビって、元来た道を戻るレベルで怖い。それを止められるなんて、さすがとしか言いようがございません。
やっぱり頼りになる兄だ。
この後、お兄様たちがそれぞれ魔法を披露してくれた。お姉様は火で鳥を作ってくれて、シリルお兄様は水玉を作って、中に入れてくれた。テオお兄様は私入りの水玉を風で操作して、地上に上げてくれたんだけど、そしたらちょうどお茶してたラブラブ両親に見つかり、そっからは大騒動。
怒られたくないお兄様たちVS何としてでも捕まえたいお父様&使用人の追いかけっこが勃発。両者とも、用いる全ての魔法&異能を使って、あの手この手で逃げ、追いかける。
私はというと、初めから終わりまで水玉の中に閉じ込められ続けていた。
テオお兄様と同じ風魔法を使えるお父様が私入りの水玉を引き寄せようとすると、テオお兄様が全力で引き戻す。暴風で。なので、右に行ったり、左に行ったり、また右、と思ったら上に行ったりとひっちゃかめっちゃか。おかげで目が回りまくって、酔っ払って訳わかんなくなってるオヤジみたいになってた。おぇ.......
珍しくシリルお兄様も本気で逃げてる今回の追いかけっこ。捕まりかけても、そこは無駄に能力魔力共に高いパラグラントの血を引いてるだけあって、上手いこと掻い潜るお兄様たち。捕まりかけては逃げてを繰り返し、開始から1時間後。
へべれけの私は、それをお母様の腕の中から眺めていた。
「いいか!ルーナはまだ2歳なんだ!もし、水玉が割れてルーナが落ちたらどうする気だ!しかも、そのまま連れ去るなんて!ルーナをみろ!ぐったりしてるじゃないか!」
いや、半分はあなた達のせいですよ。お父様。
「あんな暴風でそこら中移動させるだなんて酷だと思わなかったのか!!」
だから、半分はあなたのせいだってば。
「首や手の骨が折れたらどうするんだ!あんなにか弱いのに!」
そんな簡単に骨は折れません.......たぶん。
「ルーナが死んだらどうする!!」
死なないから。少しは落ち着こうか、お父様。
「久々にルチアとゆっくりお茶していたというのに!!」
いや、気持ちはわかるけどそれ関係ないからね?確かにお父様、チート過ぎてめちゃくちゃ忙しいけど、それとこれとは話が別だから。
「これからはあんなことするな!わかったか!」
「「「ごめんなさい!!」」」
えー、現在、目の前でお兄ちゃん達がお父様に〝正座〟で叱られております。正座ですよ、正座。こんな西洋貴族的なファンタジー世界で正座って。せめて立たせようよ。正座はないわ。
「まぁまぁ、あなた。この子達も反省しているようですし、そのくらいにして差し上げては?」
「ルチア。しかし……」
渋るお父様に微笑むこの女性。この人が私の母のルチアーナだ。ラネージュ王国の元王女である母は王家特有の美しい青玉の瞳と瑠璃色の髪を持ち、その美しさは最も美しい青玉である『シャルムサファイア』に例えられたほど。しかし、性格は極めてのほほーんとしており、ドがつくほどの天然である。
美しい母には、噂を聞いた国内外の貴族から数々の縁談が寄せられたそうだ。そんな母がなぜ、父に嫁いだのかはおじい様たち並みに長くなるのでまた今度。
それより今はこっち。
「確かに、この子達のとった行動は貴族の子としては相応しくなかったかもしれません。ですが、それはルーナを喜ばせようとしてやったことですもの。兄や姉として、妹の面倒を見ることは悪いことではありませんよ」
「それはそうだが」
「それに、ルーナがこんな風になったのは、半分はあなたにも責任があるのでは?」
その言葉にバツの悪そうな顔をするお父様。
まさにその通りよ。目が回って周り認識できてなかったけど、お父様の風もなかなかの暴風だったからね?幼児はもう少しソフトに扱いましょう。
「確かにそうだが.......」
「でしょう?だから、この子達だけを責めるのは間違ってますわ」
「う.......っ」
「今日はこれでお終い。ルーナももう眠いようですし、この子達も疲れたでしょうから」
「ね?」と首を傾げて微笑むお母様に、「わかった.....」とため息をつくお父様。お母様強し!ベタ惚れなだけあるね!
疲れたようにもう一度ため息をつくお父様に「ぱぱ、だっこ」とねだると、一変させてデレっとした表情で私を抱き上げた。
「私のルーナは本当に可愛いな!」
「お父様のではありません!!わたくしのルーナですわ!」
「いや、私の愛娘だ!」
「わたくしの世界一可愛い妹です!返してくださいませ!!」
「嫌だ!」
「つべこべ言わずにとっとと返してください!!」
私はお父様の娘だし、ベルお姉様の妹ですよ?それ以前に物じゃないんだから、挟んで喧嘩するのはやめれ!ただでさえ、2人ともすごい魔力持ちなんだから!!
というか、父親と娘の喧嘩の内容じゃないよね、これ。誰かっ、ヘルプミー!!
さすがにぐずりだすと、見かねたお母様がお父様から私を取り上げてくれた。あー、やっぱり落ち着くわー。お母様サイコー。
解放されたことで機嫌よくお母様にすり寄ると、それを見たお父様とお姉様がショックを隠せないように崩れた。
「やっぱり母親にはかなわないのか?いや、父親だって#@&☆¥*.......」
「うぅぅ、わたくしのルーナが……っ!」
いや、そこまで落ち込むこと?ショックで崩れ落ちる人とか初めて見たんだけど。まるでお手本みたいな崩れ方だったよ!
「しょうがないお父様とお姉様ですね~」
「ルーナ、大丈夫か?」
『うぅ』
「父上と姉上のルーナ好きには困ったものだね」
にこにこと笑ってるけどね、テオお兄様。あなたも大概じゃないからね?自分で言うのもあれだけど、あなたもなかなかのシスコンだからね?理解してる?うなづいてるシリルお兄様、あなたもよ。嬉しいけどね?嬉しいけど、あんまり可愛がりすぎると図に乗るからやめようね。ろくな子に育たないから。
いや、それより。
父と姉は地面にショックを隠しきれないように崩れ落ち、兄ふたりはにこにこしながらシスコンぶりを発揮。お母様は微笑ましそうにそれを眺め、私は腕の中でそれを見下ろし、使用人たちは後ろで笑いを必死にこらえる……何だ、このカオス。
今日もなかなか濃い1日だった。