兄弟
「ラティ」
しばらくおばあ様と守役2匹とあそんでいると、歳にしてはガタイのいい、まさに軍人と言うにふさわしい男性が部屋に入ってきた。
「あら、ラール。どうなさったの?」
「なに。姿が見えなかったのでな。おそらくルーナの所だろうと思って」
「やっぱりな」と苦笑しながら扉を閉めたこの人は、お察しの通り、おばあ様の夫で、私のおじい様のジェラール・パラグラント。前公爵で、「エスパラディエの聖剣」の異名を持つ元騎士団長であり、現在はフェラール軍の軍師をしている。帝国きっての愛妻家としても知られているとか。
「ルーナ、じいじの所においで」
『じーじ!』
「あっ、ルーナちゃん!」
残念そうなおばあ様から離れ、よちよちとおじい様の元へ歩く。大人からすればたった数歩の距離だが、2歳児にはかなりの距離があるので大変なのだ。ようやくおじい様の元へとたどり着くと、グイッと抱き上げられた。
「よしよしっ!よく出来たな。さすが儂の孫だ!偉いぞ!そして可愛いぞ!」
『あい!』
実はこの人。最近では重度の孫バカとしても有名になってきたらしい。
おそらく当時の騎士団が見たら目玉落ちるんじゃないかってくらい驚くであろう溺愛っぷりに、もはや家族も使用人たちも苦笑すらもらさなくなった。
これに関しては仕方ないらしい。なにせ、出会いから結婚までが何十冊の本にできちゃうような大恋愛の上に結婚した2人だ。おばあ様が大好きなおじい様からしたら、おばあ様にそっくりな私は可愛くて仕方ないのだろう。
『じーじ』
「ん?なんだ?」
『おなかしゅいた。おかち』
「そうかそうか。すぐに用意させよう」
デレデレした顔でそう言うと、後ろに控えていたルーファスに指示を出す。しばらくして用意されたおやつは、小さくて柔らかいクッキーと蒸しケーキ。我が家の料理はどれも絶品なので、ついつい食べすぎてしまう。
「ルーナちゃん。はい、あーん」
食べやすいように小さくした蒸しケーキをおばあ様が食べさせてくれる。
「あーぅ」
うまー。
「ルーナ、こっちはクッキーだぞ」
対抗するようにおじい様が半分に割ったクッキーを差し出してくるので、それも胃の中へと収める。
こっちもうまー。
いやー、ほんとこの家に生まれてきてよかった。料理が美味しくない家なんて絶対に嫌だからね!ただでさえ、食い意地はってるの自覚してるんだし。
「ルーナお嬢様、口周りが汚れてますわ」
『リャリャ』
そっとハンカチで口周りを拭いてくれるララは私の専属侍女だ。まだ18歳だが、優秀で、私のことをよくわかってくれている。ちなみに他にも、侍女のナディアと従僕のシモンが私専属でいる。まだ2歳児なのにそんなにいらなくね?と思ったのは内緒。
それより上手く喋れない。まったく舌が回ってくれないのだ。もう少し言葉の練習でもしようかとクッキー片手に考えていた瞬間、
「ルーナ!!」
バタバタと足音がしたと思ったら、その声とともに扉がバンッ!!と開いた。
うぉ!!びっくりした。
『ねーね、にーに!』
満面の笑みで扉を開けたのはベルお姉様。その後ろからシリルお兄様とテオお兄様がついてきている。
「おばあ様とおじい様ずるい!!わたくしもルーナとお茶したいわ!」
ぷぅと不満だと言わんばかりに頬を膨らますベルお姉様。名前をベルトリアといい、ベルの愛称で呼ばれている。お父様譲りのダークブラウンの髪と両親の目の色が混ざった瑠璃の目をしている8歳上の姉で、美人で明るい性格の持ち主だ。
ベルお姉様は今年から中等魔法学校に入学したから、日中はいない。祖父母同様私を溺愛している姉からしたら、自分のいない間に祖父母が私を独占しているのが羨ましくて仕方ないらしい。
「ベル、ルーナに早く会いたかったのは分かるが、もう少し静かに扉を開けろ。ルーナが驚く」
「無理ですわ!」
間髪入れずに言うベルお姉様に頭を抱えているのが長男のシリルお兄様。9歳年が離れているシリルお兄様はパラグラント特有の水宝玉の目とお母様譲りの瑠璃色の髪をしている大人っぽい美少年。眉目秀麗、文武両道、成績優秀、博識多才と四字熟語の塊のような兄は、常に冷静で、頼りになる人だ。
「ルーナ、美味しい?」
『あい!』
そんな2人を横目に「よかったね」と優しく微笑む彼が5歳年上の兄で、次男のテオドール。みんなからはテオの愛称で呼ばれている。お母様譲りの青玉の目とお父様譲りのダークブラウンの髪をもつテオお兄様はとにかく穏和で優しい。
テオお兄様はまだ学校へは通ってないけど、家庭教師がついてお勉強しているから、昼間はほとんど遊んでもらえないのだ。つまらん。
せっかくお兄様達がみんないるし、腹ごしらえもしたし、遊ぶか!
『にーに』
「どうしたの、ルーナ」
『おしょと、あしょぶの』
「外で遊びたいの?」
『あい!』
「いいよ。行こうか」
きらきらスマイルで快諾してくれるテオお兄様。
よっしゃあっ!外で遊べるぜ!まだ2歳だから、なかなか外で遊ばせてもらえないんだよね。でも、今ならお兄様たちがいるから大丈夫でしょ。
そうウキウキしていると、テオお兄様は軽々と私を抱き上げた。
え、抱き上げた?テオお兄様、7歳だよね?2歳とはいえ、なかなかの重さがある私を〝軽々と〟抱き上げることってできるの?
驚いて目を白黒させる私を他所に、テオお兄様は嬉しそうに1人でスタスタと部屋から出ていく。
「あっ、テオ待ちなさい!わたくしも行くわ!」
「2人とも待て!」
「あぁ……っ、儂の可愛いルーナが!」
「ラール……」
おじい様が何か言ってたようだけど、驚いて固まってた私には聞こえなかった。