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第3話 酒場の笑い声

 暑苦しい空気の中で、酒を腹に流し込む。

 周りには黄色い光が満ち溢れ、耳障りな程に笑い声が飛び交い、醤油臭い料理の香りが鼻を突き、男達が唄い、泣き、その日の戦果に酔いしれる。

 客の隙間からチラチラと見えるウェイトレスのシェーンが、辺りに笑顔を振り撒いていた。


 こんな雰囲気で飲む酒は、嫌いじゃない。

 寧ろ好ましいくらいだ。

 そもそも酒場というのはどの街でも共通していて、騒がしくて汚い。

 この雰囲気が嫌なら、もっと高級なバーにでも行けという話になる。


 ところで、俺の今日の収入はマイナス1000ドルだった。

 賭けで負けても、酒を飲む金はある。

 自分で言うのも何だが、全く以って仕方の無い奴だ。


 誰かの唄に耳を傾けながら、酒をもう一口。

 飲み終わり、ジョッキをテーブルに下ろすと、目の前の席に興奮した様子の男が座ってきた。


「あんたぁ、北の森で人が殺されたのは知っているか?」


 男は唐突に聞いてくる。


 北の森には行ったことがあるが、住んでいる人達はとても温厚で、殺人なんて史上初ではないだろうか。

 最近に珍しい興味を引くニュースだ。


「知らねぇな。それがどうかしたのか?」


 俺は更なる情報を求めて、話を煽る。

 男は話を続けた。


「最初は借金取りが絡んでるってぇ聞いたもんだから、ただ借金のカタで殺されただけだと思ったんだがよ、どうも殺されたのは住民だけじゃなく、借金取りの方もらしいんだよ。」


「へー?」


 俺は、可笑しな話だと思った。

 暴力を奮って貸した金を強制的に取り返す連中が、逆に殺されていては世話が無い。


「なんでも、貸した金の金額が半端ねぇらしい。だから遺体の殺され方を聞いても、金を借りた奴は“いじり”の手術を受けたと見て俺は間違いねぇと思う。」


「ハハハ、どんな殺され方だったんだよ。」


「首をスパーンッ!ってか?」


 左右から、後ろから、いつの間にか集まった聴衆が口を出し、豪快に笑う。

 しかし男は首を横に振り、真剣な顔をした。


「いや、首なんてもんじゃねぇ。両腕ブッ千切ってタマをスパーンだ!しかも死因は切断部分からの出血死だってぇから、血の気が引くほど酷でぇ話だ。」


 実際、その話を聞いていた全員が渋い顔をした。


 両腕を千切られて立てなくなったところで、局部切断とは……いやはや恐ろしい。

 ここまで残忍なことが出来るのだから、犯人は相当に図太い神経の持ち主だと思うが……。


「殺された住民ってのは、北の森で医者をやってた男らしい。そいつにゃあ嫁さんと娘がいたんだが、どっちの死体も無かったそうだ。つまり、俺はこう考えるね。」


 そこで一旦間を置き、男は俺のジョッキを掴んでグイッと一口飲んだ。


「医者の男はいじりの手術に興味があった。それで金を借りて、いじりの手術をするための道具を買ったんだが、どんな名医でもさすがに自分に対して手術はできねぇ。んだから、嫁さんに手術を施した。それも強引に、無理矢理にな。」


「DVって奴か。」


 俺がそう言うと、聴衆が微笑する。

 対して、語り手の男は頷いた。


「その通りよ!んでも例え暴力を奮う夫だとして、やっぱり夫婦だ。殺されりゃあそりゃ怒る。嫁さんは夫を殺した借金取りを逆に殺したのさ!自分が考える事のできる、一番苦しい方法でな……。あんたらも気を付けろよ。この街に来てるかも知れないからな。」


「……なるほどな、そいつぁおっかねぇ話だ。」


 俺は足下に置いてある酒ビンを取り出そうと、テーブルの下に手を伸ばす。

 と、後ろの方で怒鳴り声が挙がった。

 それを境に、酒場の騒がしさが段々と野次に変わっていく。


「ん?」


 ここは酒場であると同時に、国の発足、募集、国同士の交渉などをする場所だ。

 故に、毎日の言い争いや喧嘩が絶えない。


 ところで、“国”とは何なのか。

 “国”とは居場所であり、土地であり、仲間である。

 要するに、一般常識的な“国”と何も変わらない。

 今、俺が立っているこの街、この大きな国と、何も変わらないのだ。


 違うところがあるとすれば、他の国に戦いを申し込めるところと、自分たちで建国が出来るというところだろう。

 国同士の戦いは法律でルールなどが決まっていて、申し込むときはこちらが何を賭けるのか、相手の何が欲しいのかを明確にしなければならない。

 当然、戦いの拒否も出来る。

 また、戦い以外で暴力を行使してはならない。

 もしもこの法を破れば、この国の騎士が殺しに来る。

 この国がまだ小さな頃から戦っている、ベテラン中のベテラン、強者中の強者だ。

 この国がここまで発展したのは、彼等のお陰だと言ってもいい。

 だからこの街は騒がしく汚いが、堂々と法を侵す者はいないのだ。


 それなのに、先程の怒鳴り声。

 明らかに闘争の雰囲気が店内に立ち込めている。


「なんかあったのかぁ?」


 語り手の男も、頭を掻きながら人の集まっている場所を見ていた。

 俺は足下から酒ビンを取り出し、男に差し出す。


「面白ぇ話を聞かせてくれた礼だ、受け取れよ。」


 男はそれを見ると、嬉しそうにビンを受け取った。


「おう、おう!悪ぃなぁ。」


 金はどんどん減るが、気にしないことにしよう。

 そんなことより、今は怒鳴り声の方が気になるのだ。


 席を立ち、人だかりへと歩いていく。

 酒臭い息が充満しているその人だかりは、思わず顔をしかめさせた。


「ちょいと、すみませんねー。」


 俺は周りの人に声を掛けながら、その中を掻き分けていく。

 そして人の頭の間から覗くように中央を見てみると、思わず目を疑った。


 怒鳴り声と野次の中心にいるのは、なんと少女だ。

 顔立ちから見て、10代前半だろう。

 シルバーブロンドの髪が肩まで伸びており、整った顔立ちで、白いワンピースの上にブラウンのガウンを羽織っていた。

 しかし明らかに不安そうな……と言うより、無表情のまま下を向いていて、美しさが損なわれている。

 しかしそれでも、酒場にいる男たちのゴツゴツした顔の中で、少女の顔だけは輝いて見えた。


 中央にいるのは少女だけではなく、少女を挟んでスキンヘッドの男と金髪の男が対峙している。


「しつけぇな、この子は俺の国に来るんだよ!」


 スキンヘッドの男が叫ぶ。

 その男の顔を見てみると、嫌気が差した。

 いやはや、何とも意地の悪そうな顔をしている。


「この子は嫌がってるじゃないか!僕の国に来た方が良いに決まってる!」


 そう言っているのは、金髪の美男子だ。

 スキンヘッドの男に比べれば良い印象を受けるが、恐らく外見だけだろう。

 酒場に来る連中の経歴など、生臭いものばかりだからだ。


「……てめぇ、いい加減にしやがれ。俺はな、ブルザエ国のギランだぞ。」


 スキンヘッドの男の言葉を聞き、思わず自分の口から“ほう……”という感嘆の声が漏れる。

 ブルザエ国とは、底々強い中堅クラスの国だ。

 この男と同じような雰囲気の連中が集まって構成されていると聞く。

 そしてこの男は、“タイガー・ギラン”の異名を持つ、ブルザエ国のエースらしい。

 初めて見たが、確かに周りとは違う威圧感がある。


「“タイガー・ギラン”……?」


 そう呟くと、金髪男は目の前にいる醜い男を下から上まで眺め回した。


「……ふん、君がそうなのか。もう少し強そうな奴かと思ったが。」


 おっと、強気な発言。


「あぁ?おい、舐めてんのか。」


 ギランが唸り声を上げる。


 確かに、ここまで来て引き下がることは出来ない。

 しかし、相手が強者だと知りながら立ち向かうのは、些か無謀に感じられる。

 それともこの金髪男にも、何か強みがあるのだろうか。

 ……あるのだろうな。


 金髪男はフフッ、と軽く笑うと、口を開いた。


「ああ、じゃあ僕も名乗ってあげるよ。僕はハルベルト国の切り込み隊長、ウェスタだ。」


 これはこれは、再び感嘆の声が漏れそうになる。


 敵陣に鋭く切り込み、そこに入った亀裂からジワジワと侵略していくのがハルベルト国の戦い方だ。

 そして鋭く切り込むための、ハルベルト国の戦いに置いて最も重要な役割である“切り込み隊長”を担うのがこの金髪男、ウェスタ。

 又の名を、“そよ風のウェスタ”と呼ばれている。 弱々しい異名だが、その意味は恐ろしい。

 東方由来の剣、折れ易い代わりに凄まじい鋭さを持つ“刀”を使い、いつの間にか敵陣の中央にいる事からこの名が付いたと言われている。

 あまりの鋭さで、斬られたことに気付けないらしい。


 ギランはフンッ、と鼻を鳴らした。


「ヒョロヒョロのウェスタかよ。仲間がいないとなーんにも出来ねぇっつう。」


 野次馬が笑いと怒号で沸く。

 ウェスタも、さすがに顔を歪ませた。


「仲間を大切にしていると言ってもらいたいね。僕の仲間は君みたいに、酒場にも着いてきてくれないような薄情者じゃないんだよ。」


 これを聞いて、ギランも顔を歪ませる。


「“薄情者”だと……?」


「おや、何か間違った事を言ったかい?」


 野次馬の盛り上がりがピークに達した。

 誰もが“やれ!やれ!”と叫び、少女は相変わらず無表情でいる。


 そもそも、この少女を国に連れていく訳がわからない。

 どう見ても戦えはしないだろうし、恐らくは雑用をやらせるか、もしくは性欲処理でもさせるか、そのどちらかだろう。

 俺の意見としては性欲処理の方が可能性が高いと思うが、趣味が悪い。

 こいつらは有名だが、そんな事実を覆い隠してしまう程、アレだ。


「ロリコンかよ……。」


 その瞬間、店内にいる全ての客がこちらを向いた。

 少女も例外ではなく、暗い瞳をこちらに向けている。


 ――失敗した。

 今日は金が無いくせに、飲み過ぎたか。

 自分では小声で呟いたつもりだったが、実際はそうでなかったらしい。

 “ロリコン”という言葉が、店内に響く程の音量で繰り出されていた。


 ギランが声を掛けてくる。


「ちょっとこっちに来いよ。」


 その声は笑っていたが、静かな怒りが滲み出ていた。


 両脇にいる野次馬が俺の腕を掴み、後退しようとした俺をしっかりと留める。

 その野次馬の顔を苛立ちながら見ると、楽しそうに笑っていた。


 脳内で“面倒”という言葉が過ぎていく。

 適当に暴れて逃げるのは簡単だが、それでは罪を犯した事になり、騎士に殺されてしまう。

 つまり、この場から離れる方法は二つ。

 交渉で上手く事態を収めるか、逆に挑発して場を混乱させている隙に逃げるか。

 とにかく、今は退くことが出来ない。


 俺は野次馬の手を振りほどき、コートのポケットに手を突っ込みながら、ギランとウェスタ、それと少女の元へと歩いていった。

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