アバターモエクスの生放送ラジオ
ベッドに横たわり、半睡眠状態に入りながら操作するPCはダイブ型PCと呼ばれている。
パソコンの処理能力をある程度人間の頭脳に任せることで、機械と人類のハイブリットを実現したそのダイブ型PCではヴァーチャルリアリティ空間にログインすることで、コンピューターは今まで以上に活躍の場所を広げていた。
例えば脳にアクセスしている事で五感を現実と同じように感じさせる。衰えた肉体を現実以上に稼働させることによる高齢者などの体を自由に動かすことの出来なくなった人間のストレス解消。
ヴァーチャルリアリティ、VRならではの独特な建築を可能にした世界は崩壊の恐れのない超高層住居、ローリスク故の安易な出店などにより、混沌とも言える独特の雰囲気をまとっていた。
勿論、今までのパソコンの機能だって備えてある。より手軽になって、だ。
念じるだけでモニターが稼働し、キーボードのようなコンソールが浮かび上がる。当然、表計算ソフトや動画配信サイトなどにも繋がり、職場としても娯楽としてもVR空間は優秀だ。
なにせ、許可された場所であればテレポートして自宅エリアから職場エリアまでを一瞬で行き来する事ができる。通勤にかかる時間、費用はゼロ。強いて言うならば電気代がパソコンを使うのと同程度にかかるだけだ。仕事の休み時間を自宅で過ごす、なんてコマーシャルは非常に社会人に受けが良く、VR世界に設立された会社は増え続ける一方だ。
さて、こうなってくるとVRにおける娯楽の供給がより強く求められてくる。特にゲーム部門は発達著しい。VR空間でいつでも取り出せるトランプやオセロに始まり、TRPG含むRPG部門、FPS、実体化するトレーディングカードゲーム……様々な会社が様々な開発をしていった。そしてついに、大手ゲーム会社であるアンコモンゲームズから業界で初めてのVRMMOの発売が公表され、ベータテスターの募集を始めると宣言があったのだ。
さて、ここにVR空間の職場で動画配信開始の待機をしている一人の女がいた。私である。サボっているわけではない。
「さて始まったわ。アバターモエクスのラジオ、略してアバラジ。パーソナリティは私、汐井レナよ」
ラジオと嘯いているが、実際のところは配信サイトによる2Dの生放送だ。
画面に映る桃色の髪をした、普段はツンとしたロリ巨乳で12歳の設定の彼女が本当はどんな姿なのか、それは分からない。本来VR空間で活動するための体、アバターは現実と同じものが使われる。しかしそこは電脳空間。整形はもちろん、丸ごと身体を別のものに入れ替えることだってできる。当然、それをするだけの技術者が必要になるが……
「この番組は配信者集団アバターモエクスが今週あった出来事をまとめて話しましょうって企画よ。それだけじゃつまらないから週ごとにパーソナリティを持ち回りで交代しながらコメントしていこうって話ね。ちなみに今週はゲストがいるわ。司会者交代制からまんまと逃げおおせた、私と同じ、アバターモエクス所属の倉瀬アズキ」
そう紹介されて画面外からひょっこり顔を出したのは、前髪で目元を隠した紫色の髪をした少女だった。
「どーもー、いやあ、トークみたいなの苦手なんで得意な人に任せたほうがいいと思いまして」
「アズキはゲーム中結構喋ってるでしょ。何が違うわけ?」
「ゲーム以外に関する話って苦手なんですよね」
穏やかな微笑を浮かべながらそう語る彼女は今をときめくアバターモエクスの中でも知名度を持っている方だ。一時期はFPSゲーム配信を熱心にプレイする個人の配信者だったが、グループへのお誘いがあったらしく、今はアバターモエクスの一員として活動している。
「じゃあそんなアズキも安心のゲームの話題よ。『内藤ナインのナインナイン』堂々の完結。……いつ聞いても酷いネーミングセンスね」
「僕達アバターモエクスの内藤ナインさんがプレイする選手を育成する野球ゲームですね。最後は世界一を賭けた試合、一発出れば逆転の状況。満塁からのゲッツーで負けたあたりに彼女の粘りと残念さが伺えます」
そんな話をする二人の間に、ログインして乱入する、短い青髪にウェーブがかかり、スタイル抜群な高身長で大人な雰囲気を醸し出している。服装は露出多めの改造着物だ。
「好き放題言ってくれるのぅ」
「ということで二人目のゲスト、内藤ナインよ。というかぶっちゃけ今日はモエクス全員来るから。特番だからね」
「事前に通知は出してましたけど、冒頭で話しておいてもよかったかもしれませんね」
「まだ冒頭みたいなもんでしょ」
「妾が残念だとしたらレナは適当じゃな」
「私が適当だとしたらアズキはサイコパスよ」
「酷い流れ弾を見ました」
などと軽快なやりとりをしながら配信が進んでいくと、次のゲストが登場した。このあたりで察しがつくかもしれないが、次も女の子だ。アバターモエクスとは五人組の女の子の集団なのだ。
「皆様、毎度お世話しております。村井ライラでございます」
メイド服に身を包んだ、長身のスレンダーな女性。金髪に赤眼とわりとシンプルでありながら目立つ容姿をしている。
「僕がサイコパスだとしたらライラさんはロリコンですよね」
「アンタ、まだ引っ張るのね……」
「そもそも全員レズでは?」
そのライラの指摘に一同沈黙。正論が過ぎたのだ。
アバターモエクス、それは少女五人の配信者集団であるのだがその最大の特徴は全員が女の子でありながら女好きなのである。ゆえにファンの間ではカップリング論争が白熱しているとかなんとか。
「停滞した空気の中、私登場。アバターモエクスのリーダー、松葉チユリよ」
ゆったりとした服装の上からでも分かる巨乳が目に毒だ。腰まである赤髪も特徴的。
「リーダー、流石ここぞというときに頼りになるわ」
「リーダー、この空気を壊すような最大なニュースを紹介してください」
「りぃだぁ、やっぱりお主は頼りになるのぅ」
「リーダー、貴女には期待しています」
「しつこいわ。あなた達、普段私の事リーダーとか呼ばないでしょ。ま、ニュースに関しては期待してくれていいけど」
多分だが、そのニュースというのが今回私がアバターモエクスの配信を見るきっかけになったものだ。
「アンコモンゲームズ社が発表したVRMMO、バトル・デュエル・オンライン。そのベータテストに私達アバターモエクスが招待されたわ。この五人でパーティを組んで、しばらくの間はコラボ配信よ」
そう、それだ。その報告を確認するために今日は配信を見ていたのだ。なにせ私の職業はアンコモンゲームズの広報である。
うちの社長が百合とかレズとかそういうものが好きなのもあってアバターモエクスの大ファンである。というのが今回の案件を依頼した第一の理由である。公私混同もいいところだ。
と、言いたいがこのアバターモエクスは活動からもうすぐ一年になるが、その中で視聴者数を大幅に伸ばしていっている。言ってみれば金の卵なのだ。
ライブ配信にコメントはつきものだが、その中で気になるものが一つあった。
『だからナイナイナイ終わらせたのか。ガチでやりこむ気だな』
ナイナイナイとは内藤ナインのナインナインの略称で、先程もラジオ中に完結が紹介されていた。
このコメントが大正解で、今回の依頼は単発実況ではなくベータテストが終わるまで続く長期の企画になる。評判が良ければ正式サービス開始以降も続けてプレイしてもらってもいい。なんならアンコモンゲームズ公式プレイヤーとして身内に引き入れる事さえ社内では検討されているくらいだ。
「さらにもう一つ。アバターモエクスも一周年を迎えようとしているわ。そこで新しい風として新人を迎え入れたいと思っているの。人数は三人から五人くらいを予定していて、見た目に関しては、きちんと女の子であること。これが第一条件。男の娘なんて許さないわ。絶対に駄目。実際に引ん剥いて隅から隅まで見るからね」
女の子がレズに服脱がされるのとてもハードルが高いのでは? と思わなくもないが、彼女たちの仲間になるということはそういうことなんだろう。
「さて、アバターを改造する技術が無いからモエクスに入りにくい、という方もいらっしゃると思うのですが、ご安心ください。VRMMO、バトル・デュエル・オンラインに付属しているキャラクターエディットシステムは、そのままアバターとしても扱える仕組みとなっています。魔物種族を含めた五十の種族をベースに、貴方好みのカスタマイズを加え、お手軽にアバターの作成や改造を行いましょう」
メイド服の少女がそう告げた。つまり、容姿に自信が無く、アバターをいじる技術も無いならばバトル・デュエル・オンラインに参加してアバターを改造してしまえばいいというのだ。そうして、自分の好みの見た目でアバターモエクスの新人募集に参加できるという。いい宣伝だ。
「ちなみに、ベータテストの応募に漏れても、予約購入するとキャラメイクとチュートリアルまではプレイできます。バトル・デュエル・オンラインを購入して僕達の仲間になれるか挑戦してみませんか?」
メカクレ少女がそう補足する。これは売上に貢献してくれる事だろう。プレイ前からこれだけ協力的にやってくれるのは感謝しかない。ファンになりそう。
しかしそれはそれとしてうちの開発は優秀だ。ゲームにアバター生成ソフトがついてくるのだから、売り上げはかなりのものを期待できる。アバターの生成はまだ敷居の高い技術として社会に浸透しているとはいえない。そこに黒船のように来航する圧倒的クオリティでありながら手軽に作成できるアバター生成ソフト。もうそれだけでも売れるのに長時間プレイできるMMORPG付き。
ゲーム部分だって色んな要素の組み合わさった超大型ゲームになっている。売れないはずがない。我がアンコモンゲームズ社が技術の粋を集めて全力で開発しているバトル・デュエル・オンライン、その先行きは明るい。
あとは広報の私にかかっているといっても過言ではない。アバターモエクスの放送終了の挨拶を聞きながら、私は決意を新たにするのだった。